「いったたぁ……」
慌ただしくレガリアの城から退避したレイラ達は鬱蒼とした森の中に来ていた。尻もちをついたレイラが顔をあげると、そこには見覚えのある建築物が見えた。
「ここは……魔縁の神殿じゃないですか!!」
「懐かしいね。今じゃもう、お役御免だけど」
ヴィオレット付近と言ったとき、頭の中に過ったのは魔縁の神殿だった。ここはレイラにとっての始まりの場所だった。ここから物語が始まったのだ。
「運命というものを信じてしまいそうでーとか言わないよなー?」
どさくさに紛れてユラギもついて来ていたようだった。ルーンは面倒くさくなると言わんばかりに、ユラギを追い払おうとする。
「うわ、いたんだ。君は引っ込んでた方が良いよ。余計な火種になりかねな――」
「……話は大雑把に聞いたけどルネの件――お前のせいらしいじゃない」
ルーンが追い払う前に、ヴェーダはユラギに詰め寄っていた。レガリアはユラギに力をもらっていた。そもそも、ユラギがレガリアに力を与えなければヴェーダは封印されることも無かったのではないか――ヴェーダがそう思うのも無理はなかった。
「前を見続けるのはいいことだけど、前だけしか見ないのは、どうかと思うんだよね。強者に弱者の気持ちが分からないように、思いは踏みにじられてしまう傾向にある。道に生えてる花は誰も見ないだろうし、仕方ないことなんだけどさ」
「何が言いたいのよ」
「君がレガリアと和解していたらどうなっていたんだろうなぁ、って思うよ――ヴェーダ。別に君が悪いって言いたいわけじゃない。君は君なりに苦悩していたのは知ってるから。何なら、レガリアに巻き込まれた被害者でもあるわけだし」
「…………」
ヴェーダはユラギから視線を少し逸らす。ヴェーダは黙り込んでしまった。ヴェーダもレガリアに対して、様々な思いがあるのだろう。
「レガリアは消えてしまったわけだし、彼女の願いが叶うことはなくなった。世界にとってはそれが大正解なんだろうけどさ。だからこそ、僕は零れた思いも大事にしたいんだよね。後悔は誰にでも起こり得ることなんだから」
一瞬だけ、ユラギはレガリアに情が湧いたのかと思ったが、そういう話ではないのだろう。単純に報われなかった者も忘れたくはない、ということなのかもしれない。いちいち気にしていたら、キリがない――それで終わりに出来たら楽だろうが、思考停止は望んでいないように見える。何とも、難しい話である。
「……貴方と話していると、頭が痛くなるわ。さっさと消えて」
「はっはーとりあえず、頭の片隅に置いてくれると嬉しいねぇ」
ユラギはヴェーダを揶揄うようにしてすっ、と消えていった。ヴェーダはユラギがいなくなった後を見つめながら、しばらく沈黙を保っていたがやがて前を見据える。
ヴェーダはユラギの影を振り払うように、ルーンへ声をかけた。
「契約魔法解いてちょうだい」
「いいの?」
「……レガリアを殺したら、私も死ぬ――元よりそういうつもりだった。そして、私の目的は果たされた。そろそろ眠りたいのよ。好きで長生きしてたわけじゃないんだから」
ルーンはヴェーダにかけた魔法を解いた。すると、ヴェーダの体は透き通っていく。レイラの身体に憑くことによって魂を維持していたので、状態を解除をすれば当然ヴェーダは消える。改めて、レイラは別れの時を感じたのだった。
ヴェーダはレイラへ笑いながら語りかける。
「今だから言えるけれど、私の目的はレガリア――ルネを殺すことだった。昔はそれなりに認め合ってたし、私は仲が良かったと思ってるんだけど。どうしてああなったのかは……私にも分からない。けれども、私を陥れたことは絶対に許せなかった。気の遠くなるような長い時、ひたすら待ち続けた――魂が消えそうになりながらも、耐え続けてきた。貴方が封印に堕ちてきたとき、私は貴方の秘めている力に気づいた。私の願いが叶う――そう思ったのよ。きっと、貴方はこの場所を抜け出そうとするだろうから、利用させてもらおうと思ったのよ。悪かったわね」
「いえ、私の方もヴェーダがいてくれて心強かったです。レガリアに関しては、グラスの記憶であなたとレガリアの姿を見たあたりから、何かあるんだろうなとは、思ってました。それでも、ヴェーダが話してくれるまでは待とうって思ったんです」
ヴェーダは封印されていた時からずっと考えていたという。ヴェーダのレガリアに対する憎しみはきっと、レイラには理解出来ない。ヴェーダも簡単に分かる――とは言って欲しくないだろう。レイラはレインに封印されたとき、少なからず憎しみを抱いたがヴェーダほどの執念を持って、レインを殺そうとまでは思わなかったのだから。
「グラスの力って嫌ね。そういうこともあるだろうとは思ってたから、あえて言わなかったのだけれど」
「ホントかなー適当言ってない?」
「うっさいわね。あんたには最初から敵対心むき出して接してたんだから分かってたでしょ。そもそも、あんたはルネの部下だったんわけだし、私のこと知っていてもおかしくないでしょ! 黙ってたのは同罪じゃない!」
「いや、僕は別に君のこと知らないよ?」
「疑わしいわねぇ。って……どっちにしろ、反りが合わないわ。ルネを抜きにしてもムカつくもの。誰に似たのかしらねー」
「それに関しては……うん。どうしようもないので」
レイラは何となくユラギの言葉を思い出していた。レガリアとユラギの影響を受けていると言っていたか――レイラからすると、ユラギの影響が強い気がした。レガリアの性格が何とも言えないが、きっとどこか受け継いで入るのかもしれない。ルーンは果たしてどう思っているのか――聞かないでおくことにした。
それにしても、ルーンが突っかかってきた途端、言い争いが始まるのはもはや恒例行事だった。最初から最後まで変わらない関係を見ながら、レイラは思わずため息を吐く。
「最後の最後にあなた達は何やってるんですか……」
「というわけで、レイラにアドバイスするなら、後悔するくらいなら自分の思った道に進むといいわ。誰がどうとかじゃなくて、貴方の思いを大事にしなさい」
「ヴェーダ……」
「思ったよりも真面目だったからびっくりしたよ」
ルーンがヴェーダを茶化すが、ヴェーダは怒りもしなかった。それどころか、真面目な表情でルーンへ告げる。
「貴方もよ。ルネはもういない――今一度、己について考えるといいわ」
言われたルーンはどうしたらいいか分からず、ヴェーダから視線を逸らした。
「さようなら。貴方達との旅……それなりに、楽しかったわよ」
ヴェーダは心から笑っているようであった。厳しいところもあったが、何だかんだで最後まで付き合ってくれた。魔法に関する知識が疎いレイラに対して、色んな事を教えてくれた教師みたいなものだ。これまでのことを思い出しながら、レイラはヴェーダを見送った。
「どうせ死ぬっていうのに、どうしろっていうのさ……」
横にいたルーンはヴェーダの言葉が残り続けているようで、頭を悩ませているようであった。死ぬというのに何を考える必要があるのか――きっとそう思っているのだろう。せっかく自由になったというのに、これではあまりにも虚しすぎる。かと言って、レイラがどうにか出来るものではない。ルーンが生きたいと思うのなら、その願いを叶えたいがその為にはこの世界の監視者となるしかない。そのまま、消えたいというのなら放って置く方がいい――果たして、本当にそれでいいのか。レイラは何も言えなかった。ヴェーダがいなくなり、ずっしりと重たい空気が流れていた。
「死にたくないって!? なら、僕にお任せあれー」
ヴェーダと入れ替わりに、何とも気の抜けた声がレイラ達の耳に入ってくるのであった。