「あぁぁアあぁあアあぁああ゛ああアあぁああ゛!!」

 ヴェーダは呆然としていた。レガリアの体は悲鳴を上げていた。体からは、黒い影と光と血が混じったようなものが、漏れ出している。ユラギは止めることなく、レガリアへ力を送り続けていた。そうしないと彼女は満足しない。ユラギはただレガリアの願いを叶えようとしていた。

「いやぁ、すごいものを見たねぇ。許容を超えたグラスを受けると、やはり身体が持たないのか」

 力を送りながらユラギは暢気そうに、レガリアの状態を分析していた。ヴェーダはその様子を見て、少し引いていた。

「……貴方、ルネに付き添ってた割には冷たいわよねぇ」
「冷たいなんて心外だよ。これはレガリアの立派な願い――輝きだよ。彼女、最期に自分の思いを受け入れたんだ。君をこの世から消し去りたい――ってね。どう足掻いても追いつけない君をこの世から消すことによってでしか、彼女の心は満たされない」
「本音を言うと、私はこれでもルネのことは認めていたのよ。でなきゃ、親しくする理由ないもの」

 ヴェーダはレガリアのことを認めていた。少なくとも、封印される前は良きライバルだと思っていた。それくらいには、レガリアの力を評価していたのだ。直接言うことは無かったが、レガリアなら理解してくれていると心のどこかで思っていた。だが、突き付けられた答えは無慈悲な裏切りだった。そして、ヴェーダもまたレガリアを憎むようになった。当然の摂理のごとく感情は目まぐるしく変化していった。

「思いが伝っていなかったってことだね。すれ違いってことだ」
「気色悪いこと言わないでよ。私は今でも、どうしてルネが私に拘っていたのか分からないし、何なら憎まれる理由すら分からない」
「本当に?」

 ユラギが試すような視線でヴェーダに問いかける。ヴェーダとしては、レガリアの気持ちなど微塵も分からないし、理解するつもりはなかった。はっきりと言い捨てる。

「えぇ。何かおかしいの?」
「……いやおかしくはないさ。君の反応は真理であり、道理に適ったものだ。それでもね、人には様々な思いがあるんだよ。真っすぐなものもあれば、屈折したものもある。どんな理屈を用いても説明出来ない、心の揺らぎがね」
「その果てがアレならいっそのこと、心が無い方がマシかもしれないわね」
「なーんだ。君もレガリアみたいなこと言うんだね。似た者同士だな!」
「……そう言われると無性に腹が立つわね」
 
 ユラギは変貌していくレガリアを眺めていた。これ以上、ユラギが介入することはなかった。レガリアは見る影もなく、ただの力の塊と化していた。人の形を保つことすら困難のようで、ヴェーダ達の言葉を聞いているのかすらもはや分からない状態であった。辺りを構わず攻撃し続け、壁がボロボロになっていく。城はかなり大きく揺れており、天井ももいつの間にか吹き飛ばされていたようだ。

「つーか! ルーン起きないとあんた死ぬわよ!」
「もう、いっそこのまま死んでもいいかなぁ、って思い始めたよ。なので早くどうにかして」

 ルーンはどうやら、ヴェーダに全て任せるようだった。投げやりのような態度にヴェーダは苛立ちを覚える。

「他力本願にもほどがあるっての……一発かまさなくていいの? もうアレはレガリアじゃないし、縛りも何もないでしょう」
「君が終わらせてやって。あの人が生きている以上は、手を出せないんでね……」
「あぁ、そういうこと」

 怪物になったとしても、レガリアの魂が残っている以上、命令系統は残っているようだ。今の状態だろうが、ルーンではとどめを刺せない。
 ヴェーダは見る影もなくなったレガリアと対峙する。ユラギの力を授けようが、器が耐えられなければ意味は無い。どんなに強化したところで、力は漏れていだけ。レガリアは穴のあいた風船のような状態だった。強い力を受ければ破裂するような脆さである。
 ヴェーダは渾身の力で魔法を放つ。レガリアを眠らせるように――

「さようなら、ルネ。貴方の旅はここで終わりよ。眠りなさい」

 ヴェーダの魔法は包むように展開され、レガリアを燃やし尽くした。跡形もなく消えてしまったレガリアを見ながら、ヴェーダは静かに目を瞑った。

「いやぁ。良い輝きを見せてもらったよレガリア。君の願いの果て――見届けさせてもらったよ」
「あれで良かったのか……僕には分からないけど、終わったのならそれでいいか」

 ユラギは満足そうで、ルーンはどこか納得がいっていないように見えた。ルーンにはきっと、レガリアの気持ちが最後まで理解出来なかったのだろう。かく言う、ヴェーダも実はレガリアの心を理解しているわけではなかった。理屈では分かっていても、今でも納得はしていない。互いに相容れないのは変わらないままである。

「やりきったわー……って、そういえばレイラ! 魔法陣のとこに放置したまんまじゃない!? 起きてる!?」
「あの人が来る前に、防御魔法はかけておいたけど大丈夫なんじゃないかな」

 ルーンがさりげなく、防御魔法をかけていたようでレイラはとくにケガしている様子はなかった。ヴェーダが慌てて駆け寄ると、レイラはちょうど目を覚ましたようだった。辺りを見渡しつつも、何が起きているのかまでは頭が回っていないようである。

「うぅ……頭が痛い。何か、ぐらぐらしてる……」
「レイラ!! 大丈夫!?」
「なんとか……って、城が……! 起きてるんですか!?」
「とりあえずここから脱出しようか。この城はあの人の攻撃で限界が来てるから、崩れそうなんだよね」
「風が……って、えぇ!? 空が見える……本当に何があったの!?」

 レイラが顔をあげた先には、澄み渡る空が広がっている。レイラはぽかんと口を開けていた。自分のいない間に何があったのか――気になるのは仕方ないが説明している暇はない。

「細かいことはいいんだよ! ほらほら君には決めなきゃいけないことあるんだし~」
「あっ! ユラギ。どうして、あなたが――」

 どさくさに紛れてユラギがレイラの近くに寄っていた。別に害があるわけではないので、ヴェーダは構わずにスルーした。

「話は後よ! さっさと、転移魔法かけて!」
「はいはい。行先は――とりあえずヴィオレット付近でいいかな――」

 ルーンは呟きながら転移魔法を展開する。
 きっと、そこが最期になるだろう――最初からそのつもりだった。その為にここまで生きながらえてきたのだ。終わってしまえばあっという間だった。いつになく晴れやかな気持ちで、ヴェーダは崩れていく城を後にしたのだった。