「っうぅ……何よ……何なのよ、これは……何か、の間違、いよ……」

 レガリアは術式から追い出されるように倒れこんだ。レイラに負けた以上、ユラギはもはや見限っているのだろう。体はそこまで傷ついていないものの、心はかなり疲弊していた。どんなに取り繕おうとも、ごまかせないほど揺らいでいる。グラスの力を取ろうとした代償は大きかった。
 それどころか、ただ代償を受けただけという有様だ。認められるはずがない。このような醜態をさらしたまま死ぬなどあってはならない――奴をこの世界から消滅するまでは。

「あら、ご機嫌用ルネ。お早いお帰りじゃない。それで……お望みの力は手に入ったのかしら?」

 レガリアが顔をあげると、そこにはヴェーダがいた。ヴェーダは全てを見抜いているようであった。レガリアが何をしようとしていたのか、分かっていながら憎たらしい笑みを浮かべながら問いかける。
 ルーンは何をしているのか――這いつくばりながら見渡したが横たわっていた。勝敗は明らかだった。ヴェーダの強さは衰えていないようで、忌々しそうにヴェーダを睨みつける。

「ヴェー……だッ……」
「あっちは、まだ取り込み中なのかしらぁ。貴方だけ追い出されちゃったのねぇ」

 術はもう崩壊していた。あの場所で何が行われているかレガリアは知らない。そんなことはどうでも良かった。目の前にいる魔女を叩き潰さねば――レガリアは立ち上がろうと試みる。

「今の貴方からは禍々しい力を感じない。どうやら、見捨てられたのね。哀れねぇ」
「ユラギの力なんかなくとも……ッ!!」

 レガリアは自力で立ち上がり、ヴェーダに刃を向ける。立っているのもやっとな状態でどう戦うというのか。ヴェーダはただ愉快そうに笑っている。あぁ、今でも思い出す。全てを狂わせたもの――

「そのまま死ねば楽だったでしょうにねぇ!」
「……私はまだ強くなれる。限界など無い!」
「向上心があるのは悪くは無いけれど、情熱を向ける方向が違うのよ。人を見たって変わりはしない」

 ヴェーダの冷めた瞳はさらにレガリアを激昂させる。歯止めの効かない、憎悪が次から次へと溢れてくる。

「魔物の血を引くくせに! 私を見下して満足? 一生追いつけないと分かっていながら、見下していたくせに。笑っていたのでしょう!」
「調べたんだぁ。必死ね。だから何? 使えるものは使う――貴方もやっていることじゃない」
「うるさい、うるさい。喋るなァぁあああっ!!」

 憧れ、羨望、嫉妬、憎悪――何に例えればいいのか。この湧き上がる感情に名前を付けるなど出来やしなかった。陳腐な言葉で片づけたくはなかった。レガリアはヴェーダに向かって魔法を放つが、レイラとの戦いで消耗しているせいか、まともに発動も出来なかった。全てをかなぐり捨てて、突撃するもあっさりとヴェーダに防がれる。魔法を使うまでもない、と言いたげである。

「せめて万全な状態の貴方と戦いたかったのだけれど、これもレイラの計らいなのかしらねぇ。別に消し炭にしてくれちゃっても良かったのだけれど。せっかくだし全力で相手してあげるわ。手を抜いたら失礼だものねぇ」
「黙れ。薄汚いドブネズミが!!」

 レガリアは満身創痍であったが、決して倒れなかった。ヴェーダをこの世界から消す――レガリアの真の願いだった。ヴェーダが“いた”という事実を消し去りたかった。この世の歴史から葬りたかったのだ。新しい世界を創るというのは、ヴェーダを消す為の手段に過ぎない。自分の作った世界からヴェーダを排除するのが手っ取り早いと思ったのだ。グラスを受けられる力があれば、願いが叶うとユラギは言っていた。ユラギと手を組み己の願いをを成就させようと走り続けた。手始めにヴェーダをこの世界で“災厄”と呼ばれるモノと共に封印した。これはグラスの力を試す実験だった。ここでヴェーダが死ぬのならそれで良かった。どうせ、願いが叶えば消えてしまうのだから――と。
 そして、レガリアが次に遂行しようとしたのは、グラスを受け入れられる器の確保だった。自分にはグラスを全て受け入れられるほどの魔力は無い。そこでレガリアは、長い年月をかけて膨大な魔力を持つ人間を探した。この世界を裏から支配しながら、くまなく探し続けた。そして、ついにレイラ・ヴィオレットという素晴らしい器が生まれたのだった。レガリアはレイラを監視する為に、ルーンを派遣した。ルーンは良い働きをしてくれた。レイラをあえて、魔法から遠ざけ魔力を高めるようにしたのだ。その結果、災厄をため込める最高の器に仕上がった。この点に関してはルーンを最大限に評価していた。

「あら、そんなんじゃ当たらないわよ。もうお終いなの? つまらないわぁ」
「……貴女こそ、ルーンに結構やられたようで。動きが鈍いではありませんか!」

 力と力のぶつかり合いだった。どちらも消耗しているが、度合いはレガリアの方が重かった。それでも、レガリアは決して足を止めることはしない。止めてしまったら、全てが無駄になる。引き返すなど、これまでを否定することになる。絶対に譲れなかった。
 だが、現実は残酷である。どんなに思いが強くとも、成し遂げられないことはある。レガリアも理解していた。魔法が思いの力で強くなるものだとしても、必ず願いが叶うわけではない。
 ヴェーダの放った光の軌跡がレガリアの身体を貫く――

「あっ――」
「決まったわね。隙だらけよ」

 何が起きたのか分からない。身体が勝手に倒れていく。そんなことを許した覚えはないのに。これで終わってしまうというのか――そう思った時、レガリアの目にはユラギの姿が映る。そして、悪魔が囁く声が聞こえた気がした。
 まだ、終わりたくないだろう――と。可能性が残っているのなら最後まで足掻き続ける。ヴェーダがこの世から消えるというのなら、己の命ですら惜しくない。レガリアはゆらゆらと、立ち上がり、ユラギの下へ近づいていく。

「諦めが悪いわね。潔く引くのも強さだと思うのだけれど」

 ヴェーダの声が聞こえてくるが、構っている暇など無い。回復魔法をかけても追いつかないぐらい負傷していたが、全く気にも留めていなかった。

「……ユラギ。力を寄こしなさい」
「あーそうなるよねぇ。そうしたいけど、そんなことしたら、本当に死んじゃうよ?」
「ヴェーダに殺されるぐらいなら、私は――!! どうなろうと構わないわッ!! あいつを殺せるのなら、魂を売ったって……構わない」

 ユラギはうーん、と悩んでいる様子であった。レガリアはユラギの肩を掴む。

「今更、何を考える必要がある!? お前は私を選んだのでしょう!? 最後まで……願いを聞き届けなさいよッ!」
「……なるほどねぇ。確かに選んだ責任はある。君が望むなら力を与えよう。ただし、これまでとは比にならないけれど、何があっても文句だけは言わないでくれよ」

 ため息を吐きながら、ユラギはレガリアへ力を流していく。これまではレガリアが許容出来る範囲までの力しか受け取らなかった。どうなるのかは、レガリアもユラギも分からない。レガリアは自分がどうなろうが構わなかった。ヴェーダさえ消すことが出来ればそれでよかった。
 

 レガリアの最期の希望であり、願いだった。