気を失って、復活して――そんなことの繰り返しだった。気づいたらまた、知らない場所に来ていたうえ、ルーンに抱きかかえられていた。顔が近くて、気まずいと思いつつ顔を少しだけあげて目線を変えると厳かな空間が広がっていた。ヴィオレットの城を思い出させるもので、その中でも王の謁見の間に近い。際煌びやかに装飾が施された華やかな席は玉座ということになるのか。そんなことを考えているうちに、レイラは部屋の中心まで来ており、そっと降ろされた。
「連れてきたよ」
「ご苦労様」
ルーンはレガリアにレイラの身を淡々と引き渡した。そこには何の感慨も無さそうである。それもそうだろう。これまでの旅はすべて仕組まれていたのだから。最初から最後まで決められた茶番。シナリオは良く分からない存在によって紡がれていた――きっと、仕事の一つでしかないのかもしれない。それでも、レイラはまだルーンの真実を探し続けていた。ここまできて、諦めたくなかった。だが、このままでは生贄にされてしまう。
レガリアの手によってレイラは儀式場の中心に添えられる。拘束されているレイラの真下には魔法陣が描かれていた。さすがのレイラも嫌な予感どころか、危険信号を発していた。
「……本当にやるんだ」
「何をとぼけたことを言っているのですか。その為にお前に散々動いてもらったのでしょう。忘れたのかしら」
レガリアの目は揺るぎない狂気に彩られていた。彼女はこの時の為に生きてきたのだ。ここでやめるような人間だったらそもそもこんなことをしないだろう。ルーンが何を言おうがお構いなしで、どんな言葉も彼女には届かないようだった。
「あなたは何をしようとしているんですか。兄様にあんな思いをさせてまで、何を願っているんですか!?」
「貴女には関係の無いことです。どうせ、器として消えるのだから、知ったところで無駄でしょう」
レガリアはばっさりとレイラの質問を切り捨てる。時間の無駄だと言わんばかりの態度であった。見かねたルーンがため息を吐いて、横から助言をする。
「……何も知らないまま放り込んで、暴走でもしたら危ない気もするけど」
「そうならないように貴方が拘束しているのでしょう」
「この世に確実なことなんてないでしょ。貴女以外に……」
その言葉にレガリアは薄く微笑む。どうやら、ルーンはそれなりにレガリアの扱いを心得ているようである。ルーンが敬語でもないあたり、そこそこ対等には見える。部下と言うよりは身内と話すような感覚に近いものがあった。
気をよくしたのかレガリアはさっきとは打って変わって、レイラの真正面に立つ。
「……それもそうね。せっかくここまでお越しになってもらったのだから、お礼はしないといけませんね。さて、貴方は何が知りたいのですか」
「あなたは一体、何者なんですか?」
「そういえば、封印の間で簡易的な挨拶をした程度でしたか。改めて、名乗りましょう。私はレガリア――ある人は魔女王と呼ぶこともあるようですが。私の立ち位置は今も昔も変わりません。魔法を追求し続け、頂点に立ち続ける探究者。それが私という存在です」
「その為に色々なものを踏みにじってきたんですか」
「私のやっていることは、この世界の為なのです。理解しない愚か者が悪いのです。むしろ、名誉なことだと思って欲しいくらいですわ。ヴィオレットの民もただ犠牲になったわけではないのですよ。ちゃんと私の糧となっていますから」
「犠牲……? 何を言って……」
「あら、そういえば貴女は知らないのですね。レインが守ろうとしたヴィオレットの民は全て灰燼にしてあげました。あのときのレインの表情はとても痛快でしたわ。私に楯突くから報いを受けるのです」
レガリアの言葉が上手く呑み込めなかった。ヴィオレットの民全て――それでは、何もかもが消えてしまったということなのか。そんなこと出来るわけがない――目の前にいる魔女ならやってのけてしまうとでもいうのか。レイラは体の震えが止まらなかった。
「それって、それじゃあ……お父様やお母様は、街のみんなは――」
「封印の間にいた者以外全て消えてしまった。ヴィオレットはもはや国としての機能がなくなって、残骸でしかない」
レガリアの言葉を補足するようにルーンが淡々と事実を告げる。きっと、ルーンも知っていたのだろう。レインがレガリアに牙をむいた時点で、ヴィオレットに未来は無かったのだ。だったら、レインのしてきたことは全て無駄ということになってしまう。自分だけならまだしも、まさか国民が消えるなど思いもしなかった。くだらない嘘を吐くような人間ではないのは、少し会話をしただけでわかる。レガリアに冗談は一切通用しない。やると決めたら、絶対に遂行する――そこに罪のない人々がいようが関係ない。現にレイラはレガリアの策略で、地獄に堕とされたのだから。レイラは愕然とするしかなかった。
「そもそも、貴女は国を捨て世界を滅ぼそうとしていたはずです。自らを地獄に堕としてた国へまだ、そんなに情があるというのですか。レインは国を守ろうとして、貴女を地獄に堕としたというのに、その国民は灰になってしまったのですよ。腹の底から笑った方がいいのでは?」
「それは、あなたが――!!」
「私は望む答えしか認めませんが、行いを選択するのは他ならぬその者自身です。私の意思など関係ありません」
レインが勝手にやったことだとでも言うのか。そんなわけがない。レインの思いはヴィオレットの封印を解いたときに垣間見た。限られた選択肢の中で、悩みに悩んで選んだ答えだ。そうだ――それで、レイラを生贄にする道を選んだのだ。紛れもないレイン自身の意思で選んだ。その結果が今のあり様だ。レガリアの言っていることは間違いではない。
だが、到底認めるべき答えでもなかった。
「ヴェーダが見限るのも仕方ないのかもしれませんね……」
そういった瞬間、恐ろしく冷たい空気が流れ込んできたような気がした。レガリアは無表情だった。やはり、レガリアとヴェーダの間には切っても切れない縁があるのだろう。レガリアはしばしの間沈黙を保っていたが、ようやく口を開いた。
「……ヴィオレットの民は愚か者しかいないようね。ルーン、お前にはまだやってもらうことがあります。分かっているわね?」
レガリアは冷たくルーンへ言い放つ。それが合図だったのか、黙ったままルーンは杖を天井へ向け、魔法を放った。魔法がぶつかった先は煙が立ち込める。そこからは何も出てこなかったが、地上には新しい人影が生まれていた。影の正体を見たレイラは驚きを隠せなかった。
「あら、バレちゃった。久しいわね……ルネ。いや、今はレガリアと呼んだ方が良いのかしら。相変わらずバカなことしてるのねぇ~」
「ヴェーダ!! ここまで来ていたんですね」
「当たり前よ。あんな場所にとどまっていたら。ルネに会えないし。封印の間でどさくさに紛れて、細工してバレないように入り込んだけれど追い出されなくて良かったわ」
どうやら、いつの間にかレイラの中に入り込んでいたようだ。恐らく、ルーンに感づかれないように細工していたのだろう。その結果、ここまでたどり着いたというわけだ。長年生きてきた魔女はかなり機転が利くようである。
楽しそうなヴェーダとは反対に、忌々しそうにヴェーダを見るレガリア――互いに相容れない関係のように見えた。
「……ヴェーダ久しぶりですね。私が用意したスイートルームの居心地はどうでした?」
「貴方がくれたプレゼントの中でも一番のサプライズだったわ。センスの無さも相まって魂抜けちゃったじゃない。どう落とし前をつけてくれるのかしら」
再会した二人の空気は最悪以外に言いようがなかった。二人が会話をしている姿を初めて見たレイラでさえ、感じ取れるくらい相性が悪い。
「お前の戯言に付き合う暇はありません。まもなく、私の為の世界が完成するのです。貴様という汚点を消して、私は美しい、最高の世界を創ります」
そう言って、レガリアはレイラの方へ手を突きつけた。レイラの体はがくんと倒れこみ、魔法陣が淡い光を放ち始める。
「っ……何が……」
「私は儀式に移りますわ。ヴェーダ、貴女の相手はそこの人形がやってくれますわ。存分に楽しんでくださいな。あははははははははははははっ!」
レガリアの高笑いが響き渡る。頭が割れそうになるくらいの、邪悪な笑い声だった。レイラの意識はレガリアの笑い声と共に、失われていった。