「というわけで、お相手させてもらうよ」

 レガリアを守るようにルーンが立ちはだかる。儀式が始まってしまえば、基本的に止めることは出来ない。だが、ヴェーダはそこまで心配していなかった。何故なら、レイラを信じているからだ。彼女なら、レガリアの悪意に打ち勝つことが出来るだろうと思っている。グラスに認められた輝きなのだから。それよりも、目の前のことに集中しなくてはいけない。

「気味の悪い人形は焼却処分してあげる」
「ひっどいなぁ。そんなことを言うと呪うよ」

 ルーンには良い感情を抱いていなかったヴェーダとしては問答無用で殺してもよかったが、レイラの事もある為むやみに攻撃はしなかった。声のトーンを一段下げ、ルーンに告げる。

「どこぞの女のように最悪な魔女ではないので、忠告してあげるわ。そこをどきなさい。さもなければ殺す……まではいかないけど痛い目見るわよ?」
「僕としてはその要求呑みたいところなんですけど。こっちも仕事なんでねー」

 ルーンはそう言いながら、不意打ちのように星の魔法を放った。星の弾がヴェーダを追尾していく。ヴェーダは交渉が決裂した瞬間、火の魔法を向けた。火柱が上がり、周囲を飲み込んでいく。試しにレガリアのいる方にも放ってみたが、結界が張られているようで跳ね返され、ルーンが放った星弾は跡形もなく消え去っていった。
 レガリアは見向きもしなかったことから、こちらの様子など気にも留めていないようだ。

(ここでこいつを殺したら、レイラは永遠にルーンと話せなくなるのよね。それがどうしたっていう話だけど……)

 ヴェーダは少しだけ考えた。ヴェーダは絶対に殺したいが、目の前のルーンに対してはそこまでの感情は無かった。良い感情を抱いていないしても、積極的に殺したいとは思っていない。それにレイラのこともある。ここで殺してしまったら、何が起こるか分からない。普段ならそこまで気にしないが、レイラにはここまで連れてきてもらった恩義がある。返そうとしても、返せないくらいの量だ。元々、ヴェーダはそこまで他人のことを気にしてこなかったが、人が良すぎるレイラを見て少しだけ、ほんの気まぐれにらしくないことをしてみようと思ったのだった。

「こんな時に聞くのも何だけど、貴方とレガリアってどういう関係なのよ」
「…………」

 ルーンは露骨に眉をひそめた。明らかに地雷を踏んだようだったが、気にしない。このことに関しては、前々から気になっていたのだ。最初にレガリアと繋がっていると感じたのは、魔力が似ていたからだ。そこから先はちょくちょくカマをかけてみたら、あっさりと認めるようなセリフを吐いたのだった。隠すことでもないことかと思ったが、ルーンと接するうちにヴェーダは感じていた。まるで、気付いて欲しいと言っているような――あまりにも矛盾した態度だが、ヴェーダにはそう感じられた。

「ルネの前だと言いにくいほどの関係なの? てっきり、ルネは聞いてないと思ったから聞いたのだけれど、言いにくいことなのかしら」
「あの状態なら聞こえていないし、見えてもいないよ。ただ、君に話す理由は無い」

 どうやらヴェーダの読みは当たったようで、レガリアに会話は聞かれていないようだった。だが、肝心のルーンはあまり話したくないようであった。勝手に推測して、反応を見るのがベストだろう。ルーンは恐らく本人が思っている以上に、表情が出やすいタイプだ。わざとそうしているのかもしれないが、ヴェーダとしては好都合である。

「説明、ねぇ。見るからに恋人でもなさそうだし、恩人みたいなもの?」
「君なら分かっていると思ってたんだけど……そうでもないのか。知らなくてもいいことなんだけどさ。どうでもいいだろ」
「よくないわよ。尋問されたくなかったら吐きなさいよ!」

 強硬手段に等しかった。ルーンは逆にそんなヴェーダの態度を見て呆れていた。そこまでして知りたいものなのか――そういった気持ちもあるのかもしれない。
 やがて、諦めたルーンは答えを告げた。

「恋人、恩人でもないって言えば、限られてくるでしょ。例えば、身内とか……子どもとか、そういうの」
「…………あ、え?」

 思わず間抜けな声が漏れる。ヴェーダの思考が一瞬止まる。ルーンの『子ども』という言葉に引っ掛かりを覚えたが、自分に都合の良い世界を創ろうとしている魔女なのだ。それくらいやっていてもおかしくはない。
 しかし、あのレガリアにそういった感情があるとは思えない。ましてや、自分が上でないと済まない人間なのだ。レガリアのお目に敵う存在がいたとは到底思えない。

「本当にレガリアの子どもっていうなら、私が嫌悪するのも仕方ないかもしれないけれど」
「きっとあの人のほうがそう思ってるさ。僕は別に関係ないのにその感情に引っ張られるんだから」
「ん……? 引っ張られる? どういうこと」

 レガリアが疑問に思っていると、今度はルーンが驚いた様子だった。

「おいおいまさか、とんでもない勘違いしてるんじゃないだろうね。あの人が愛を育んで僕を作ったとか、身の毛がよだつようなおぞましいこと思ってないよねー?」
「え、違うの?」
「……おかしいと思わないの? あり得ないと思わないの? あの人とは僕よりも長い付き合いなのに……」
「いやいや、別に長い付き合いだからって仲がいいわけじゃないし。よく分からないまま破綻したのだけれど!!」

 ヴェーダはルーンの言っていることを改めて整理していた。難しいことではないはずだ――心の奥底で出来ないことだと思っているから出てこなかったのだ。単純な話である。レガリアにそこまで力があるとは思えないと思っていたからこそ、思考から外していた。

(まさか、いや……今のルネならもしかすると――)

 今のレガリアはヴェーダが良くっているレガリアではない。ヴェーダが封印されたとき、彼女からは凄まじい力を感じた。あの時は訳が分からなかったが、その力がどこから来たのか――今なら分かる。その成果が目の前にいるルーンということなのか。ヴェーダは笑いが堪えられなかった。

「ふふっ。あはは……ははっ。五百年も生きたぐらいで、神にでもなったつもりなのかしら。あの子ってば、本当に自分を何だと思っているのかしらね! 貴方もそう思わない?」
「……何を」

 ころころと変わっていくヴェーダの態度に、ルーンは身構える。ヴェーダは涙が出そうになるくらい笑っていた。目をこすり、ルーンを見据える。

「ルネのことは大体わかったわ。それで、話は変わるけれども……貴方、本当はレイラを救いたかったんじゃないの? それか救いを求めている……違う?」

 ルーンの表情が一瞬だけ揺らぐ。ヴェーダはその一瞬を逃さなかった。

「貴方も本当は気付いているのでしょう。レガリアに――ルネに世界を変える力はない。私の見立てだと、恐らく彼女の力では不十分」
「…………」
「今やろうとしている儀式は恐らく、レイラを乗っ取る為でしょう。ルネ自身で完結出来ていたのなら、こんな手間かけない。レイラを器にしているのも、本人に力が足りないから――大量のグラスを保有出来るほどの魔力……器が無いから。もしもルネがあの檻の中に入ったら、私のように五百年も持たないでしょうね」

 断片的にしか聞いていなかったが、レガリアの目当てがレイラの力だとすれば、すんなりと納得いく。レイラが世界を変えられる可能性を持つというのは、グラスを大量に保有出来るからだろう。
 しかし、ヴェーダの知るレガリアは普通の人間と変わらないと記憶している。彼女は優れてはいるが、ずば抜けた力を持っていたわけではない。ましてや、世界を変えるなど論外である。五百年前、最後に出会ったレガリアの力はこの世のものとは思えない何かだった。形容出来ない力を彼女から感じたのだ。そして、それはレガリアにとっては度の過ぎた力だということ――ヴェーダはこの短時間で見抜いたのだった。

「言われなくとも、そんなのとっくに知ってるさ。けど、あの人は認めたくないんだ。誰よりも――特に君よりも上に立っていないと気が済まないんだ」

 ルーンはどうやらレガリア性格や力を十分に理解しているようだった。そして、レガリアはルーンの言うことなど意に介すはずがないことも分かっていた。誰も止める人間がいないと、こうも暴走し続けるのか――あまりにも滑稽である。だが、単純にレガリア自身のせいというわけでもないようだった。

「その様を面白がっている奴もいるから、たちが悪いんだ。グラス……の片割れ――元をたどれば同じようなものだけどね。あの人が『ユラギ』って呼んでいる存在なんだけどさ」

 グラスはレイラにあるものだけでは無いようだ。さすがのヴェーダもそこまでは知らなかった。ルーンの言い方からすると『ユラギ』という存在がレガリアを唆している可能性がある。だからといって、レガリアに同情するつもりは無かった。

「片割れ、ねぇ。レイラの中にいるグラスの核と、そいつを吸収すればすごい力が手に入るってことかしら」
「理論的にはね」
「よくもまぁ、身の丈に合わない力を取り込んだものね。その力があったからこそ、災厄を封じたのでしょうけれど。その程度に留めておくべきだったわね」

 ヴェーダは感心半分馬鹿を見るような目で、レガリアの方を見る。恐らく、レガリアはユラギと呼ばれる者と結託し、災厄と共にヴェーダを封印した。あの時のレガリアは化け物じみた強さだった。周りの魔法使いや魔術師は彼女に逆らえず、言うことを聞いていた。圧倒的な力でねじ伏せていると言っても過言ではなかった。ユラギが何を思ってレガリアに力を貸したのかは不明だが、レガリアの心に惹かれたのかもしれない。ヴェーダからすると、災厄よりも最悪な存在だ。

「力に踊らされるなんて、昔から私に憧れていただけあるわね。それでも、グラスの力を制御出来たのは努力の結果かしら」

 グラスを許容できるほどの器ではなかったが、それでもユラギの目には留まった。並々ならぬ思いがあったのは事実だろう。だが、グラスの力を手に入れただけで、ヴェーダに勝ったと思っているレガリアには少しだけ失望していた。自分が直接手にかける必要も無いくらいだ。

「それで、君は一体いつまでお喋りを続けるつもり?」

 先程から口数が少なかった、ルーンは痺れを切らして攻撃を仕掛けてきた。ルーンはヴェーダと敵対し続けることを選んだようだ。それなら、ヴェーダも相応の対応をするまでだった。

「貴方達そろいも揃って、自分の欲望に潔癖すぎるわ」
「……何が言いたい」
「もっと素直になればいいのに、って話よ。単純でしょう」

 ルーンは宙を舞いながら、星型弾を撃ち出す。辺りに鏤められた星は連鎖的に爆発して、ヴェーダに襲い掛かる。だが、ヴェーダもタダではやられない。自身から円周状に炎を描き、先に爆発させた。

「出来たら……苦労しないさ」
「まるで、出来ないような言い方じゃない」
「そうだよ。出来ないんだよ。あの人の命令には逆らえないし、逆らおうとしても結果的にはあの人の利にしかならない……! 良かれと思ったことはすべて裏目に出る。そんな行き止まりの人生で何が出来るっていうのさ。今だってそうだ。別に君のことなんかどうでもいいのに、苛立ちが止まらない!」
「やっと本音が見えてきた」

 ヴェーダはにやりと笑う。自分でどうにも出来なくても、言葉では伝えることが出来る。叫びたいことがあるはずだ。レガリアはそこまで規制はしていなかったが、それだけで十分だ。

「このまま踊り続けましょう。音楽が終わるころには全て終わる。そういうことでしょう?」
「……あの人との因縁が無くても、君のことはやっぱり苦手だよ。全て見透かすような相手って嫌だな。関わり合いになりたくないよ」

 ルーンが困ったように笑う。どちらかというと、反応に困っている様子にも見える。適度に攻撃をしながら、ヴェーダとの距離を保ち続ける。律儀な人形だとヴェーダは思った。

「私は全て知ってるわけじゃない。人の心ってのは、人と関わっていくことによって変わっていく。突貫で取得出来るような魔法じゃないんだから」
「自分のことしか考えてないくせによく言うよ」
「他人を見る前に自分を省みるのは普通のことよ。そもそもねぇ、この場を切り抜ける為に貴方への理解に思考を割いてやってるんだから、感謝しなさいよ」
「押しつけがましいねーあの人そっくり」

 ヴェーダは少しだけ、火力を上げた。ルーンは軽く魔法でいなすが、少しだけ掠っていた。だが、傷はすぐに治っていく。これも、グラスの力なのだろう。まともに戦ったら、正直ヴェーダのほうが不利だった。だが、隙を見せたら一気にやられるだろう。ルーンは――レガリアはそういう人間である。

「……それだけ言えるなら、まだまだ大丈夫そうね」
「どうかな。何が起こるか分からないのが現実だ。油断は出来ないよ」

 ルーンはちらりとレガリアの方を見た。未だにレガリアとレイラに大きな変化は無さそうだった。レイラが抵抗し続けているのだろう。レガリアが乗っ取ることに失敗すれば、あっと言う間に崩れてしまう計画だ。代替案があるとは思えない。

「賭けをしようじゃない。貴方の主が勝つか、レイラが勝つか。どちらにベットする?」
「何を賭けるっていうのさ」
「私は……私の魂を賭けて、レイラに賭ける。貴方は?」

 答えを聞くまでも無いが敢えて問いかけた。ルーンの願い――レイラが知りたがっていたこと。ルーン自ら言った方がいいだろう。彼女が戻ってきたときに、思い切り吐き出せばいい。どうせ、ヴェーダには叶えられないことなのだ。ヴェーダに出来るのは精々時間稼ぎぐらいだ。
 眼前のルーンは高らかに笑っていた。馬鹿らしい賭けだと思ったのだろう。

「笑ってないで答えなさいよ」
「だって……言ったら、認めるようなものじゃん。分かってて聞いてるでしょ?」
「今更じゃない。ルネのこと……本人に聞こえてないからって、とんでもないこと言ってたわよ。忘れたのかしら」
「あー……そういやそうだった。仕方ない、ここは君の提案に乗ってやるよ。僕は――」

 言葉をかき消すように、ルーンは最大限の力で攻撃魔法をヴェーダに向けて放ったのだった。