Dabit deus his quoque finem.

「あーあ。何もかも中途半端で終わっちゃったし最悪……このまま世界滅ばないかな。だる~い」

 帰る場所も目的もなくなったクロエとアルノはメジアに渡り、世界で一番高い建物――魔道協会の屋根に腰を掛けていた。平べったい屋根なので、景色を見るにはちょうどいい場所であった。だが、どこへ行ったとしても結果に変わりはない。世界がどのように変わっていくか――もはや興味が無かった。レガリアの下でこき使われていたときよりも気分はマシだが、マシと言う程度で劇的に変わる程ではなかった。

「なんだか燃え尽きちゃった感じね。始末されないだけラッキーだと思わないと」

 座り込んでいたクロエの前に現れたのは星の魔術師――ミリィ・メルだった。ミリィは晴れ晴れとした笑顔で、クロエに話しかける。その顔を見るなりクロエのテンションはさらに下がっていった。

「……ミリィ。なんでここにアンタがいるの」
「一応これでも心配はしてたんだよ? 数少ない私の親友だもの」
「質問答えてなし、なった覚えないし。寒気がするわ」

 ミリィとはクロエが学校をやめて、しばらくしてから出会った。クロエが学校で起こした出来事はあっという間にニュースとなって世界中に知れ渡ることとなった。
 しかし、誰がやったかまでは特定出来ないようにしていたはずであった。それでも、見抜いてきたのがミリィだった。弱みを握るつもりだったのかと思い最初は警戒したが、そうでもなくただ友達になりたい――彼女は何の脈絡もなく学校で言うようなセリフを口にしてきたのだった。
 それから、クロエは呆れながらもミリィのもつ独自の情報網に目をつけそれなりに付き合ってきた。なんなら、レガリアの情報を渡したこともあった。万が一消されないように入念に作った世界などで取引していた。

「働き損って嫌だよねぇ。報酬欲しいよね。私もそう思うよ」
「わざわざ嫌味を言う為に来たの? 良い性格してるよね~」
「クロエ程じゃないって」
「……で、ホントに何しに来たのよ」

 わざわざ気持ちが軽くなる場所を選んだというのに、気が重くなるばかりである。
 ミリィはクロエの気持ちなど、一切考えず屋根の上で跳ね回っていた。

「メジアで一番高い場所って言ったら、ここだろうと思って。世界を見上げるのも、見下ろすのも一番高い場所が最適でしょ」
「アンタもここで見物するっての? 最悪じゃない。そんで、本当に変わると思ってんの?」
「ここがいいなら、きっとこの場所に留まることも出来るんじゃないのかなぁ。それくらい融通利かせてくれないと」
「そんな下々の言うことを聞いてくれるなら、切り捨てられてないっての」

 レガリアがそんな配慮をするわけがなかった。人を体のいい駒としか思っていないような人間だ。クロエ自身もそういうところがあるので、レガリアの気持ちは分からなくもなかった。だが、実際切り捨てられる側になると無性に腹が立ってくる。一矢報いたい気持ちもあるが、出来ることは精々巻き込まれないよう、遠巻きに眺めるくらいだった。
 ミリィはというと、アルノをつついている。アルノは無反応だった。

「アルノ、まったく喋らないね。息してんの?」
「してる」
「ちょっと!急に喋んないでよ。びっくりしたじゃない。いたの忘れてたんだから」
「落ちて死んだら後世にまで語り継ぎたいよね。あははっ」
「クロエが死んだら困る」

 勝手に殺すな――クロエは無言でアルノを肘でどついた。アルノはバランスを崩して落ちそうになったが、知ったことではなかった。

「でさでさ、ずっと気になってたんだけど、クロエってアルノのことどう思ってんの?」
「道具にしか思ってないわよ。何言ってんの? ふざけたこと言うと突き落とすわよ」
「だって、あまりにも予想通り過ぎて面白くないし。嘘でも『アルノ。大好き♡』ぐらい言ってよ」

 ミリィはクロエの声色を真似しているようだったが、まったく似ていなかった。反吐が出る。魔法で攻撃したくなったが、労力すらも惜しい。心底嫌そうな顔をミリィに向けた。

「……気色悪いっての」
「そうはいっても、アルノだって言ってもらえたら嬉しいんでしょ~」
「…………」
「無言キモい」
「……嬉しい」

 少し間をおいて、アルノは照れくさそうに答える。クロエはげんなりしていた。何を言っているんだろうコイツは――真面目に答えるところじゃないだろうと突っ込みたかった。

「だよねー! 正直な子、大好き!」

 言葉でのツッコミの代わりに、クロエは無言でアルノの頭をひっぱたいて、足を蹴り飛ばした。屋根の上なので、バランスを崩しかけたが落ちることはなかった。その様子を見た後、今度はミリィの方を見た。ミリィは座らず、屋根の上に立っていた。本調子であれば今すぐにでも突き落としたい気持ちがだったが、それすらも今は面倒だった。代わりに聞こえるように嫌味ったらしく問いかける。

「ホント……何なんだっての」

 構ってられないクロエは、静かに空を見上げていた。空は晴れ渡っているが不気味なくらい静かだった。普通の人間ならばいつも通りの日常が続くと信じて疑わないだろう。

「……占いによれば、世界は混沌に飲み込まれる――光も差さない、狂った世界が生まれるってさ」

 ミリィは独り言のように語る。彼女の占いはよく当たる。クロエも何回か占っていたが、その力は本物だ。クロエは思わず目を見開いていた。

「それって――」
「現時点の話だけどね。けど、世界は目まぐるしく変わっていくモノ。誰も完全に先を見ることは出来ないし、去った時間も戻らない。果たしてこれから先どうなるやら」

 ミリィは肩をすくめる。

「アンタは……世界が終わると思うの」
「どうかなぁ。案外、新世界開いちゃうかもね。私としては世界が終わろうが、どうでもいいの。レガリアが何をしようが、私には関係ないもの。私は私――ありきたりなトートロジーだけど、好なんだよね」

 クロエは黙ってミリィの話を聞いていた。ここまで喋るのは珍しい。かといって、ミリィのイメージが変わるわけではない。
 それよりもレガリアが一体、何を望んでいたのかクロエは気になっていた。終ぞ、クロエ達に明かすことはなかった。クロエからすれば、彼女はただ世界を手中に収めようとしているようにしか見えなかった。他に何らかの力が、願った世界が本当に創れるというのなら――クロエは目を瞑る。どうせ、自分には届かない力だ。

「もしも私に次があるなら――真面目に向き合ってみようかなって思ってさーそれだけ。最期に話せてよかったよ。また来世があったらよろしくねー」

 ミリィは曖昧な予言だけを残して、クロエ達の目の前から飛び立っていった。本当に、これを伝える為だけだったのか――相変わらず読めない相手だった。

「二度と顔見せないでよー!」

 クロエは立ち上がって大きな声で叫ぶ。魔よけの意味を込めて、ひと際大きな声で叫んだ。叫んだあと、クロエはようやく一安心して屋根の上に座った。今日一日でかなり働いたので、疲れが溜まっていた。それに加えて、ツイていない一日でもあった。

「あーあ。運が尽きたにも程があるっての。しくじるわ、呪われるわ……アタシなんか悪いことしたかしら」
「してない」
「そうよねぇ。してないのに酷いわよねぇ~世界ってただの舞台装置のくせに生意気よねぇ~」

 世界はあくまでも土台でしかないのに、世界は大きく人生を狂わせる。そこに付随する運命と言うものが、人を自由にはさせない。

「なーんて言ったって……何の意味もないのよね。無意味な言葉。本当は分かってるのよ。アタシの行動には何の意味も無いって。特に信念も何もない」

 世界を変えるのではなく、自分自身を変えるしかないのだ。クロエはそれなりに自分のやりたいことを貫き通してきたはずだった。だが、何も残らなかった。最終的にはレガリアのいいなりになるばかりで、自由から遠ざかっていった。因果応報――嫌いな言葉だがそう思わざるを得なかった。

「やりたいことだけやって、要らない苦痛を味わいたくない……楽しいことだけをして生きていたい。その為には他人のことなんて知ったことじゃない。兄さんも姉さんも、みんな好き勝手やってたからね」

 クロエは有名な魔法使い一家の家系に生まれた。比較的裕福な家庭だったが、あまりにも家は自由過ぎた。両親は基本的に放任主義で、好き勝手生きているタイプだった。年の離れた兄や姉もいたが、魔法の実験台にされたことは一度や二度ではなかった。性格が良くないと自覚しているクロエでさえ、見劣りするくらい二人とも性格が最悪だった。だが、二人とも魔法の才能だけは秀でていた。他にも外面だけは良かった。
 しかし、クロエにはやたら厳しかった。だが、特殊な魔法を教えてくれたこともあったのでクロエはそこまで憎んでいるわけではなかった。
 ともかく自由が行き過ぎた結果、クロエが魔法を学ぶ場所へ行っても、窮屈で退屈でしかなかった。ここには家を爆発させる人間もいないし、実権と称し人に向けて攻撃魔法を放つ人間もいなかった。今思えば当たり前のことである。いてもたってもいられなくなったクロエは自分で行動を起こすことにした。そこから彼女は問題児となっていった。可愛い悪戯から、取り返しのつかない悪戯まで幅広く行ってきた。教師から出席するように口を酸っぱくして言われることもあったが、クロエからすれば学校の授業は周回遅れで、聞く意味はなかった。
 それでも満たされない日々を過ごしていた時、クロエはアルノと出会った。同じような目をしていると思った。最初はサボりなのかと思ったが、あまりにも優秀すぎて自習でもいいという話であった。魔術科に天才がいる――といった噂を聞いていたがコイツのことだろうか、とクロエは半信半疑だった。
 独自に調べて、アルノが魔術に秀でた名家の出身であることを知った。将来が約束されている、有望な魔術師の卵――だというのに、どこか世界を見下しているような、現実がつまらなさそうな顔をしていたのだった。その横顔がどうにもクロエの心を騒がせた。まるで、自分を見ているような気分になったとでもいうべきか。無性に鏡をたたき割りたくなったクロエはアルノへ悪戯を仕掛けるようになっていった。
 最初はクロエが話しかけても、魔法で攻撃してもほとんど喋らなかった。魔法だと防がれる為、意表をついて直接ステッキで殴ったときに、ようやくまともな反応が返ってきて感動したのは覚えている。
 それから、なんだかんだあってアルノはクロエについてきた。どんなにぞんざいな扱いをしても、逃げ出すことはなかった。クロエからしてみれば、ただの奴隷か道具にしか見えなかった。自分に一生ついてくるほど、影響を与えたつもりはなかったのだが、アルノの様子を見る限り影響を与えたのだろう。そう思わざるを得なかった。自分のついてきてもいい、と言った以上ひっくり返すことはしなかった。自分の言動に関する責任は、自身で取るべきだとクロエは思っていた。妙なところで誠実なものだから、レガリアのいいなりになりつづけていたのかもしれない。

「嫌なことばっか重なるせいで、アンタと初めて会ったときのことを思い出しちゃったじゃない。どうしてくれるの」
「何か不都合なことでも?」
「不都合っていうか、気が滅入る。アンタの態度を思い出すとイライラしてくるのよね」
「どうしようもない」
「分かってるわよ! いちいち言わなくてもいいっての!」

 クロエはいつものようにアルノをどついた。アルノはされるがままだった。自分も兄や姉と似たようなことをしている自覚はあった。それでも、クロエはその都度反撃していた。ほとんど返り討ちに会うのがオチだったが、やらなかったときはない。
 けれどもアルノは同じような目にあっても一切反撃してこない。クロエはアルノの思いに気づいているが、それだけでは説明出来ない気がした。正直、いつ見限られてもおかしくないと思っていたくらいだ。変態か何かとしか思えなかった。だからこそ、クロエは知りたかった。世界が終わってしまう前にアルノが何を思っているのかを――どうしてこのような気持ちになるのかは分からないが、自分の知らないことがあるのはもやもやするからだろうと思っていた。

「アタシついてこなければ、人生狂うことも無かったんじゃない?」
「それじゃ、つまらない」
「だよね~キャハハハ!」

 アルノはまともそうに見えて、クロエと同じかそれ以上に狂っていた。クロエですら、最初の頃は気持ち悪いと思っていたぐらいだ。とはいっても、今でもそう変わらないが。

「物好きよねぇ~頭良いのになんでそんなに馬鹿みたい」
「クロエのせい」
「人のせいにしないでよ。アタシが悪いみたいじゃない。バーカ」

 本当に嫌ならとっくに殺している。クロエはレガリアと同じように容赦なく切り捨てる人間だ。それでも、殺さないのは利用価値があるからだ。

「アンタは所詮道具。使えなくなったら捨てる。でも――替えの利かない道具。しっかりしなさいよ」
「クロエ…」

 きっと、アルノがいなければ今以上に刺激的な人生を過ごすこともなかっただろう。ただの魔法使いとして終わっていたかもしれない。アルノには直接言わないが、これでもクロエは大事な相棒だと思っている。

「色々あったけどさ。アタシこの世界結構悪くはないと思ってる……今更だけど。アンタは?」
「俺は――」

 アルノが答えようとしたが、クロエは遮るようにアルノの口元に指をあてた。

「……やっぱ言わなくてもいいわ。アンタの考えとかどうでもいいし」

 決められた答えはつまらないが、この答えだけは決まっているべきであった。クロエが決めた答え以外は許さない。

「死ぬまで……いや、世界が終わってもアタシを置いていかないでよ。じゃないと、次に会ったら殺してやるんだから」

 クロエは思いっきり笑う。これまでやってきたことが全て無駄になったとしても、変わらないものもある。それさえあれば十分だった。
 蒼く澄み渡っていた空は、やがて緋色に染まっていく。
 世界に底知れぬ影が落ちようとしていた――