「おいおい。運命の輪から外されちまったぜ」
「不満なら加わればいいだろう」
「動けないんだろ。しゃーねぇから、援護してやる。けど、あいつみたいに抱えて移動とかダイナミックなことは出来ねぇからな?」
自由に動きたがるフォルテでも、さすがに今の状況でレインを見放すという選択肢は取らなかった。というのも、ラパンが事前にレインを死なせない――とフォルテに告げ、フォルテは同意したからである。フォルテはこれでも義理堅い性格だった。性格や行動に難はあるものの、一度交わした約束は反故にしない。
「すまないがよろしく頼む。痛みは落ち着いてきたからある程度は動ける」
「そうでなきゃ困るぜ。けど、今は様子見だ」
今はターゲットがラパンに切り替わった以上、余計な真似をすることは得策ではないと判断した。それに、先ほどのクロエの表情を見て嫌な予感がしていた。あれは絶対に何かを企んでいる顔だ。まだまだ、奥の手が残っているはずである。その為には俯瞰的に見られる状況が欲しかった――と、色々考えてはいるものの、ただじっとしているのは性に合わなかった。
「よし、この戦いが終わったらオレは自由だ!」
「何を言っている。お前の処遇は今でも保留中だ」
「融通利かないにも程があるだろうが。自由を肯定してくれよ!」
「それよりも戦闘中だ。集中しろ」
「……へいへい。それにしても、いまいちパッとしねぇな」
クロエはラパンの動きに翻弄されているようだった。そしてラパンは決定打を与えられない状態が続いている。膠着状態が崩れたとき、どうなるか。
「鬱陶しいわね! 潰れろ!」
「……うるさい」
クロエは宙に浮かび、造形魔法で作った物体で押しつぶそうとしたが、その前にラパンが素早くクロエを下へ蹴落とした。強い魔法を発動する間にはどうしても隙が生まれる。ラパンは少しの隙も見逃さなかったようだ。クロエは叩きつけられたかと思ったが、寸前のところで自身の作り出したケーキのクッションにより事なきを得ていた。それでもかなりの衝撃だったのだろう。クロエはすぐに起き上がらなかった。
「ちょーっと舐めてた。失敗失敗~」
ベロを出しながら自分の頭を軽く小突いた。そのまま、ケーキのクッションから立ち上がることはしなかった。ラパンの態度を見て楽しんでいる様子である。
「そのままふんぞり返ってればいいよ」
ラパンは勢いよく、クロエへ向かっていく。このままいけばクロエは吹っ飛ばされるしかなかったのだが――
「言っとくけど、そんな不用意に近づかない方がいいよ。そんなに落ち着きがないと……沼に堕ちちゃうからさぁ」
「……!?」
クロエの声が下と思ったら、目の前にクロエはおらずいつの間にか、彼女が先ほどまでいた場所には黒い穴のようなものが出来ていた。ラパンは急に止まれず、それを踏んでしまった。すると、黒い穴は棒状のようになり天へ伸びていったと思ったら、いきなり折れ曲がりラパンに襲い掛かる。怯んだ
「あ……あ……ぁ?」
黒い穴だったものは、ラパンの内面へ入り込でいく。ラパンはふらふらしながらその場に倒れこんだ。外傷はないが苦しそうに呻き声を上げていた。その様子を見たクロエは、結果に満足しているようだった。
「ただの黒じゃなくて、黒魔法の黒。禁忌の力……その身でしっかりと味わうといいわ~」
「……黒魔法か」
「あれ、放っておくとどうなるんだ?」
フォルテは蹲っているラパンに視線を向けた。ラパンは悪い夢でも見ているかのように苦しそうにしている。顔は青ざめており、頭を両手で押さえていた。何かに苛まれているのは一目瞭然だった。
「……かけられたのは黒魔法の中でも、精神汚染系統だろう。放っておけば闇に呑まれて廃人化する可能性が高い。自分で打ち破るか使用者を倒すしか解く方法はない」
「なーんだ簡単じゃねぇか」
「それがそうでもないのよねぇ~精神魔法ってそう簡単に解けるモノじゃないの。強者でなければすぐに屈服しちゃうんだよ。だから禁忌の魔法。メジアじゃこれを利用した犯罪が多発していたからかなり愉快なことになっていたわね~」
精神魔法は相手のトラウマを抉ることが多い。終わらない悪夢を見ているようなもので、その中で正気を保って相手に向かっていくことはまず不可能に近い。この魔法の恐ろしさは一対一の時である。心が強くなければ突破出来ず、そのまま黒に飲み込まれて死を待つのみである。
「ちょっとしたお遊びよ。そのままじわじわ苦しんで死ねばいいわ!」
クロエは呻きもがくラパンを見下ろしながら、容赦なく頭を踏みつけた。外界から受ける痛みと、内側から来る痛みにラパンはさらに苦しそうに呻く。助けてやりたいところだが、自身が黒魔法の餌食になってはどうしようもない。フォルテは冷静にクロエの様子を観察していた。
「こーんな素敵な魔法が禁止されているとか、信じられないわよね~」
「オレの趣味とは合わねぇな。やっぱ魔法はパワーだろ」
「自分も相手も楽しめる素敵な魔法だと思うんだけどなぁ」
「……レガリアには効かなかったがな」
クロエはレインの言葉に若干、眉をひそめたがすぐに元通りになった。どうやら気にしている事のようだった。
「そ。だからアタシはそんな人間に喧嘩売ろうなんて思わない。身の程くらい弁えているの。アンタと違ってね」
クロエはレインを馬鹿にしていたが、フォルテは逆にクロエの気持ちが分からないようで何気なく呟く。
「ぐだぐだ言ってるけど、要はオメーが弱いだけだろ」
「……はぁ?」
「何もかも弱いから、レガリアとかいう奴のいいなりになっているんだろ。別に強い奴についたって、お前が強くなったわけじゃねェのに随分と偉そうじゃねぇか」
「だからって、何も考えなしに反抗するヤツのどこか強いのよ。ただのバカじゃない」
「例え間違っていたとしても、意志を貫き通した人間を馬鹿にするほど性根は腐ってないからな。何にイラついてるのかさっぱりだぜ」
フォルテは魔法をクロエに向かって放つ。炎はあっという間に燃え上がり、クロエを飲み込もうとしていた。魔法が自由に使えるようになって、勘を取り戻してきたようだ。
(……多少の美学はあっても、そこまで固執してるわけじゃねぇ。好き勝手出来る方がいいに決まってるさ)
メロディアが術をかけていたのは知っていた。本気で反抗すれば脱走は出来たと思っている。
それでも実行しなかったのは、単純に退屈しなかったからだ。メロディアはフォルテの様子を定期的に見に来て、会話をした。セゾンから聞いた話によれば特にそういった義務は無いらしい。自分のところで預かる以上、小さな異変は見逃さないようにしたいのだろう、とセゾンは語っていた。
(責任感が強い奴は大変だな。とか、心にもないこと思ってたな)
囚人だったとはいえ、思えば破格の待遇だったと思う。メロディアの部下のセゾンはかなりお喋りで退屈はしなかった。まともなコミュニケーションを祖母としか取ってこなかったフォルテにとっては新鮮だったのだ。メロディアもセゾンも会ったことのないタイプで、話していて楽しかった。
だからこそ、借りを返す意味でもフォルテは本気だった。自分を捕まえたレインに対しては特に恨みも抱いていなかった。犯罪者を捕まえるのは当然のことである。捕まったのは自分が悪いので八つ当たりをする必要がない。もっとうまく逃げていれば――そう思うことはあっても。
「あーあーどいつもこいつも……どうしてアタシの周りには不愉快にさせるような人間しかいないのかしら!?」
クロエも負け時と応戦していた。なりふり構わずハート型の弾を打ち出してくる。どうやら、黒魔法の使用は控えているようだった。もしかすると、思っているよりも消耗が激しいのかもしれない。ラパンの魔法が持続している限り、魔力は消費され続けるはずだ。だとすれば、いつかは燃料切れになるはずだ。それを待てばいいだけのことだ――しかし、フォルテはそこまで待つほど我慢強くはなかった。
「待ってるだけとかオレの性に合わねぇ。消し炭にした方が早いよなァ!」
待っているだけでは得られないモノもある――フォルテの爆発魔法により、辺りは煙に包まれていく。二人の姿は全く見えなくなった。