クロエの魔法はヴェーダが使うような魔法とは少し毛色が違っていた。ラパンは魔法には疎いものの、特殊な魔法であることは何となく直感していた。

「頭も魔法も花畑な奴だな」
「え~そう? 可愛いものは癒されるでしょ? 人って好きなものに囲まれている方が幸せっていうじゃない」

 クロエはぴょんぴょん跳ねながら、フォルテの魔法をかわしていく。追撃を重ねるものの、彼女の為に最適された空間なのか魔法が障害物に遮られる。手当たり次第に攻撃は燃やしていてもキリが無さそうである。ぽんぽんとお菓子を生みだすクロエの魔法を見て、ラパンは不思議そうに眺めていた。

「結構実物に近い気がするけど……造形魔法ってやつ?」
「それに黒魔法の効果も兼ねたものだ。黒魔法は受けると、死ぬか死ぬより酷い目に合う魔法が多い。精神汚染や最悪廃人と化すこともある。それらを組み合わせたものだから、あの菓子類は殺傷能力の高い爆弾に近い。見た目に惑わされたら一気にやられる」

 レインによれば、造形魔法と黒魔法を駆使した独自の魔法を使っているらしい。造形魔法はその名の通り、物を形作る魔法だ。黒魔法の方は人に使ったら、死をもたらすほどの危険な魔法が含まれているという。そういった魔法を好む当たり、かなり悪趣味だと言える。だが、魔法の実力はかなりのものであることは分かる。油断ならない相手だ。

「……待って、封印の間にはレガリアとクロエともう一人いた気が」
「今はいない。そいつは――」

 レインが言いかけた瞬間、魔法がラパン達の元へ飛んできそうになったので、慌ててレインを抱えて回避した。間一髪といったところである。

「……すまない」
「構わない。守るって自分で決めたことだし」

 ラパンはそう言いながら、クロエへ視線を定めた。クロエの周りには誰もいない。フォルテとクロエが一対一で戦っている。だとすれば、もう一人いた人間はどこへ行ってしまったのだろう。

「……ねぇ。クロエとレガリア以外にいたあの人間はどこ?」
「アルノか。二人で一つみたいなところがあるから、どこかしらにいるはずだ。もしかすると、今ここにいないお前の仲間とメロディアがアルノと戦っているのかもしれない」
「意図的に分断したのかもしれないってこと?」
「奴らの……クロエの性格からして十分あり得る」

 クロエはどうやら単独でも三人を討ち取る自信があるようだ。その余裕が少しだけ不気味に思える。レインが手負いとはいえ、数の差はかなり痛いはずである。何かしらの罠があったとしてもおかしくはない。
 しかし、今のところ兆候は見られなかった。フォルテとクロエの力は拮抗しているように見える。

「まともに魔法使ったの久しぶり過ぎて、加減が分からねぇな」
「……島で使ってたじゃん」
「あんなのカウントしねぇよ。それにしても、あの女どこ行きやがったんだ?」

 フォルテがぐるっと見回しているがラパンには分かっていた。ラパンには肉体と五感強化魔法がある。幸いここには強化魔法の効力を妨害するような術はかけられていなかった。ラパンは上を見上げた後、勢いよく飛び上がり飛び膝蹴りをクロエに喰らわせようとした――が。

「はぁ!?」

 ラパンの足が何かにかすったのと同時にクロエの声が聞こえてきた。寸前の所で避けられたようで不発に終わった。クロエは魔法の実力だけでなく、とっさの反応も早い部類だった。肉体面なら大したことないかもしれないと、若干ラパンは思っていたが修正する必要があるようだ。

「……外れた。意外」
「これでも勘は鋭い方だから。あぁ……でもムカつくわ。私に触るなんてあり得ないんですけど!?」

 クロエは悔しそうな声を上げラパンを睨みつけていた。まさかラパンから攻撃を受けるとは思ってもいなかったようだ。かなり気が立っている様子である。
 フォルテはというと、素直に感心していた。

「強化魔法ってすげぇのなー」
「……あんたはもっと周りを見たら?」

 強化魔法が無くても分かりそうなものだが、そうでもないのだろうか。ラパンの感覚は魔法を使わない時でも、常人より研ぎ澄まされているのでピンとこなかった。それよりも、クロエがずっとラパンを見ていることが気になった。ラパンの方へ標的を変えたようにも見える。

「肉体強化系……チッ面倒ね。アナタから始末しちゃお」
「……どこに隠れようが叩きのめす」
「イヤねぇ。どこにいても分かるなんて、動物みたい。獣臭いよー」

 ラパンは実際に動物の遺伝子も入れられたことがある為、間違ってはいない。だが、侮蔑の意味を込めた言葉に黙っているほど、ラパンは出来た人間ではなかった。

「……嫌味ババアかよ」
「聞き捨てならない言葉を聞いちゃった気がするんだけど? 気のせいかなぁ?」

 そういいながらクロエはラパンに向けて魔法を放つ。ラパンはひょいと、軽快にかわしていく。飛んでくるものを避けるのは得意だった。だが、ラパンは遠距離から使える魔法を持っていないためどうしても接近する必要があった。
 ラパンはフィールドを走りながら、クロエに近づく隙を伺っていた。

「すばしっこくて鼠みたい。駆除しちゃおうかな~」
「やれるものならやってみなさいよ。脳にまでケーキ詰め込んでおめでたい奴ね」
「言ってくれるじゃなーい。あははっ。楽しくなってきちゃった……」

 言葉とは裏腹にクロエの表情は笑っておらず、ラパンは敵意むき出しで睨みつける――互いに相容れないものとして、改めて認識したようで完全に二人の空間になっていた。