「にい、さま……!? えっ」
「レインっ!!」

 フルールの声と共に、剣を振り上げるも倒れるレイン。胸には貫かれたような後が残っている。貫かれた後からは出血が止まらない。咄嗟にメロディアが回復魔術をかけるが、レインの動きは鈍いままだ。レイラから受けた傷は完治しておらず、その上にさらに攻撃を受けたのだから、起き上がろうとするも体は動かない。かろうじて残った意識でレインは顔をあげた。レインが鬼の形相で見つめる先には、ルーンがいた。

「ルー……ン……」
「あの人は何でも知っている。君の浅はかな考えなんてお見通しだよ。レイラがあの人に利用される前に、自分の手で殺そうとしたんだろうけどさ。確かにその方が、レイラにとっても世界の為にも合理的な選択だと思うよ。でも、君には力が足りなかった。及第点といったところか。普通の人間にしてはよくやったと思うよ。あれだけの力を見たら、普通の人間は屈するしかないだろうし」

 褒めているのか、貶しているのか――どちらにせよ悪意がこめられていることに変わりはなかった。明らかに、空気が変わっていくのを感じていた。
フルールは泣きながらレインへ声をかけているが、レインは目を覚まさない。レイラはこんなことを望んでいたわけではない。レイラはルーンから一歩だけ後ずさる。

「……これは一体、どういうことなの?」
「僕には僕の願いがあるって言っただろう。それだけのこと。時間だ――」

 ルーンが杖を床につけると、魔法陣が広がっていく。すると、どこからともなく白い少女と黒い少年が現れた。少女は大きく伸びをしながら大きな欠伸をしていた。少年は特に何の反応も無く少女の後に続いた。

「おっそ~い! 待ちくたびれて寝そうになっちゃった」
「寝てる暇があったら、さっさと進めてくれ」
「相変わらずつれないわね。アルノ!」
「……うん」

 アルノと呼ばれた少年は何か箱のようなものを取り出すと、カチッと音が鳴る。何らかのスイッチを押したようだった。すると、ざわついていた封印の間は静かになった。レイラが辺りを見渡すと、ラパンやフルール達が石のように固まって動かなくなっていた。途中で強制停止された映像のようである。

「何、これ」
「僕ら以外の時を止めたんだ」
「……あ、あれ。みんな……? ねぇ! 返事して!」

 呼びかけても、レイラ以外誰も動かない。時間が止まった人間は呼びかけても反応がなかった。本当に時間が止まってしまったようだった。術者やその付近の人物を除いて、封印の間の時は停止していた。その中でも動いている少女は横たわるレインを足蹴にしていた。

「あーあ、ここまで長かったわ。こっちも結構大変だったのよ。これでも影ながら応援してたんだから~」
「すごく疲れた」

 急に表れて時間を止めたかと思ったら、座り込んだり動けなくなった者を蹴り飛ばしたりやりたい放題だった。これまでも訳の分からないことはたくさんあったが、意味不明過ぎる状況は無いだろうとレイラは思った。いや、そんなことを考えている場合ではない。とにかく、相手が何なのか――そして、この状況を引き起こしたルーンの真意を知らなければいけない。

「……あの人達は何?」
「そういや、紹介してなかったね。彼女はクロエ。普通の魔法使い。あっちの彼はアルノ。普通の魔術師」
「説明適当すぎ。初めまして、お姫様。アタシはクロエ。ルーンが言った通り可愛いものが大好きな魔法使い。こっちはアルノ。覚えなくても結構よ」

 クロエは恭しく頭を下げるが、どうにも心がこもっている様子が無かった。明らかにこちらを見下しているように見える。
 反対にアルノは少しだけ頭を下げる。そこまで悪い印象は持たなかった。というよりも、目立たない存在感だった。

「と、まぁ愉快な仲間……とまではいかない協力者だよ。こんな感じだけど、実力は本物だ」

 時間を止めるなど、並大抵の魔術師には出来ない芸当であるのはレイラもさすがに分かっていた。分の悪さに冷や汗が滲む。

「兄様……」

 側に伏せているレインを見やる。最後までレインと会話することは叶いそうになかった。自由に動けるのが自分しかいない以上、現状打破するには情報を引き出すしかない。

「聞きたいことが山ほどあります。答えてくれるのでしょうね?」
「どうしようかな……なーんて冗談だよ」

 ルーンはいつものように笑っていた。何事もなかったかのように、全ては予定調和だと言わんばかりだ。レイラはその笑みに若干の恐怖を感じた。

「クロエ達は僕らのサポートしていたんだ。人払いや目立たないようにする術……幻術って言うんだけど。彼女達はそういうのが得意なんだ。考えてもみなよ、途中で怪しまれてもおかしくなかっただろう?」

 思い返せばやけにすんなりと行き過ぎていた気がする。ある程度変装していたということもあるが、どこかで目を付けられてもおかしくは無かった。割と派手な行動をしていたのに、トラブルに巻き込まれることも無く、封印を解く旅路は順調だった。

「計画をスムーズに進められるように調整してたの。泣いて感謝して欲しいわね」

 どうやら、道中すんなり進んでいたのはクロエが目立たないように魔法をかけていたからだという。ただし、ヴィオレットの関係者達は操作すれば不自然に思われるので特に何もしていなかったようだ。
 だとすれば、ずっとレイラ達の動向は監視されていたということになる。レイラが少しでも反抗していたらどうなっていたのだろうか――レイラはさらにルーンから離れる。その様子を見たルーンは一瞬だけ寂しそうな顔をしたような気がした。
どこまで本音なのかいよいよ分からなくなってきた。このまま、本当にルーンの願いを叶えるべきなのだろうか。
 そんなレイラの気持ちをよそに、クロエは倒れているレインを足で軽く蹴った。

「そ・こ・の! 間抜けな王子様にも協力を仰いでいたんだけどねぇ」

 協力――レイラの視線はレインへ注がれる。レインとクロエ――そしてルーンは全て繋がりがあったのだ。レイラは複雑な気持ちになる。最初からすべて手のひらで踊らされていたような感覚を味わった。

「あなた達と兄様は最初から全て知っていた……仲間だったんですか」
「レインは僕らと協力関係を結んでいたわけだけど、ご覧の通り裏切ってくれたんだ。仲間……というよりも共犯者の方がいいかな。僕らと同類扱いされたら彼も不本意だろうし」
「妹見殺しにした時点で、アタシとしては同類だと思うけどね。力もないくせに、自分だけは違うって言いたかったのかしら。よくやるわ」

 クロエは感心半分呆れ半分といった表情でレインを見下している。クロエは明らかにレインのことを馬鹿にしていた。レイラは黙って見過ごすことが出来なかった。過去を垣間見たからだろうか。

「兄様を侮辱しないでください。私は兄様が苦しんでいたことを知っています」
「あら、気を悪くしちゃった? ごめんなさ~い。でも、アナタはまだ全てを知ったわけじゃないでしょう?」

 くすくすとクロエは意地の悪く嗤う。今までとは比べ物にならないくらいの悪意を向けられているようだった。

「レインの役目はレイラに疑問を抱かせないよう、襲って牽制しつつ封印を解かせること。あからさまに封印を解いてほしい態度を取ったら、疑われかねないからね。けど、レインはレイラを殺そうとした。僕らに利用される前に、殺してしまった方が早いとでも思ったのかな。世界の為か、レイラの為か――僕には分からないけどさ。見方を変えれば、妹を取ったようにも見える。人の心は不思議だね」
「兄様……」

 レイラは思わず倒れ伏しているレインの方へ目を向けた。うつ伏せになったまま動かない。他の者達と同様に時間を止められていることから、もはや仲間とは見なしていないのだろう。

「こんな回りくどいことをしてまで、何が望みだっていうの!?」
「主人の悲願さ」

 そう言ったルーンの瞳は一瞬の陰りを見せたがすぐに消えてしまった。言葉をかけようとしたがクロエによって遮られる。

「ちょっと~そろそろ限界なんだけど~!」
「答えは一つしか受け付けないけど……君はどうする?」

 このまま従うのはさすがに癪に障る。かといって、この場を切り抜けられるほどの力はない。それに、断ればこの場にいる者達がどうなるか分からない。最善なのは従うことだと頭では分かっているが、納得がいかない。これまでやってきたことは全部無駄だったのか――心が折れそうになっていた。全てを知りながらも、自分の決めた道を進む覚悟はこんなにも苦しいものなのかと改めて思い知らされた。

(それでも、兄様はやろうとした……真実を知ったうえで、なお抗おうとした)

 そう思うと、やるべきことは決まっていた。レインに譲れないものがあったように、レイラにも譲れないものはある。何があろうとも、信じた道を進むと決めたのだ。ルーンの気持ちが分からなくとも、自らの気持ちに迷いはない。

「ここまで来たら、何があるのか私の目で確かめます。その為にここまで来たんだから」
「そっか」

 ルーンの反応は淡泊なものだった。空虚な表情にレイラは寂しさを覚える。拒絶されたわけではないのだが、ルーンの瞳の諦めたような瞳から目を離せなかった。やはり、ルーンはまだ何かを隠しているような気がした。

「茶番は終わったの?」
「終わったよ。思えば長かったね」
「気の遠くなるような時間だったわ」
「いたい……」

 クロエはいつの間にかアルノを馬のような体勢にさせてその上に座っていた。見るに堪えない絵面でレイラは若干引いた。

「さて、準備も整ったわけですし。そろそろ行きますかぁ」

 クロエがぽんと手を叩いた瞬間、レイラは禍々しい力を感じた。とっさにルーンのほうを見ると、人形のように固まっていた。何事かと思ったが、同じようにレイラも何かの気配を感じて硬直した。この世のものではないような、得体のしれない何かが近づいてきている。

「楽しそうで何よりですわ」

 クロエの側へ忍び寄る影があった。誰のものでもない声が突然響く。声の後には桃色の髪をなびかせた女性がいつの間にか現れていた。その姿を見たクロエとアルノは露骨に嫌そうな表情をし、ルーンは顔色一つ変えず一礼だけした。

「レガリア……来るなんて聞いてないんだけどぉ?」
「何故、貴方に言う必要があるのでしょう。貴方には関係の無いことでしょう?」

 レイラは思わず息をのむ。これまで出会った人間とは比べ物にならないほどの、異質な空気を纏っており、本能で危険だと分かるくらいだった。先ほど、レインの記憶で見たばかりだった。何もかもを踏みにじった諸悪の根源――レガリア。

「……あなたは」
「レガリアと申しますわ。私のことはグラスを通してある程度ご存知でしょう。この度はご協力感謝いたします、レイラ姫」

 柔和な笑みを浮かべレガリアはレイラへ謝辞を送る。まるで、レイラが見てきたもの把握しているかのような口ぶりであった。
 だが、レガリアに一切の動揺はなかった。核心に触れることが出来ないのを分かっていたのだろう。グラスが見せた記憶はほんの一部でしかなかったのだ。後は自分の目で確かめろと言っているような気がした。

「ちょっと。魔法が解けるから用件あるならさっさとして~」
「貴方達は私が送りますわ。ルーン、貴方はレイラ姫が逃げないように見張りなさい。私はここに用があるので残ります。後から行きますわ」
「了解」
「ルー……!」

 レイラが声をかける前にルーンはレイラの腕を掴み、魔法の中に引きずり込む。再び地獄へと堕とされたような気分を味わうことになるのだった。

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 レイラ達がいなくなった後、クロエはようやく立ち上がった。アルノはクロエから解放されてホッとしたようである。
封印の間の時間は止まったままである。クロエは辺りを見渡しながら、再度体を伸ばした。

「やーっと終わったって感じねぇ」
「何を言っているのですか。まだ残っているでしょう」
「……分かってるっての」

 クロエは思い切りあくびをしていたが、レガリアの言葉に気分を害したようだった。

「さて、私も用事を済ませなくては」
「わざわざ来るとか……いやぁ。そういうの嫌いじゃないけどさ。当の本人からすれば最悪以外の何物でもないよね」
「最悪と言われましても、裏切りにはそれ相応の代価が必要でしょう?」

 苦言を呈するクロエに対してレガリアはどこまでも柔和に微笑む――が、瞳の奥は全く笑っていない。レガリアの足元にはいつのまにかの複数の麻袋が置かれていた。クロエはその中身を思い出して、さりげなく視線を逸らした。

「アルノ、動かしていいわよ」
「うん……」

 クロエの声と共にアルノは術を解いていき、時間は再び動き出す――