「お目覚めかしら。レイン」
「レガリア……」
時間が動き出した途端、辺りは騒然としていた。冷や水を浴びせられたかのような声かけに対し、レインは即座に敵意むき出し憎しみの籠った目を向ける。満身創痍だったが、レインから戦意が消えることは無かった。
「これでも貴方の力を認めていましたのに。私を裏切るなど……とても胸が痛みます」
レガリアは頬に手を当て、残念そうにため息を吐いた。胸が痛むと言っているが、どちらかといえば期待外れだったようでがっかりしているようだった。レインは何も言わなかった。言うことなど無かった。この生き物にはどんな言葉も通じないとレインは嫌と言うほど分かっていた。
「……殿下。やはり魔女王と繋がっていたのね」
「いきなり何なの。人増えてない? 誰?」
冷静なメロディアに比べて、落ち着きがないフルール。彼女は時間を止められていたことすら気づいていない。メロディアは薄々気づいていたが、それよりも目の前にいるレガリアに視線を奪われていた。
「あっ、レイラちゃんがいない!!」
「ついでにルーンさんもいないね~もしかして時間でも止められてたのかなぁ~」
「時間だぁ!? ンなこと……つーか嫌な感じがプンプンしてるな」
「……嫌な感じなのは分かるんですけどー」
ラパン達はレイラがいなくなっていることに気づき、少し焦っていた。セゾン達はレインとレガリアの様子をみて不穏な気配を感じていた。
ここにいるほとんどの人間が、状況を正確に把握出来ていなかった。
それでも、危険な状況であることは誰もが何となく感じとっていた。レガリアはというと他の者には目もくれずレインと目を合わせていた。どんなに大勢いようと、さしたる問題ではなさそうだった
「聡明な貴方なら最後まで協力して頂けると思いましたのに」
「クソっ……」
「あの子は私の人形。元から器のボディガードとして付けていたのです。危害を加えればどうなるか貴方も知っていたでしょう? そんなことも忘れてしまっていたのなら、どうしようもありませんね。私の見る目が無かったこともショックですわ」
「お前に、利用され、るくらいなら……」
最初から全て決められていた。従う振りをしつつも、レインは抗う道を選んだ。その選択が正しいと信じ、一人で突き進んできた。
レイラを殺せば全てが終わる――そう思いながら歩みを止めなかった。今となっては何もかもが無駄だったと突き付けられてしまった。それでもレインの心は折れていなかった。そんなレインを見たレガリアはどこまでも柔らかく、それでいて全てを嘲笑うように告げる。
「残念、期待外れのレインにとっておきのプレゼントをご用意しましたわ。クロエ!」
「やっほ~レインおひさしぶり~って言いたいけどそんな暇ないっぽいからごめんねぇ」
クロエはいくつかあった袋の中から何かを取り出して、レガリアへ手渡した。レガリアの手に渡ったものは、なにやら可愛らしい人形だった、
「見覚えあります? 人形のデザインはクロエを参照しているので分からなかったら申し訳ありません」
「人に押し付けて、さりげなく馬鹿にしてんじゃないわよ」
クロエは後ろで文句を言っていた。レインはぬいぐるみを凝視する。
そしてあることに気づき、思わず自身の目を疑った。
「なッ…!? 貴様ッ――」
自分の両親にそっくりだったのだ。来ていた服はここへ来る前に見ていたものと似ており、顔はかなり可愛らしくなっている為なんとも言えなかったが、造形はそっくりだった。昨日までは普通だった。今日の朝も――いつの間に? クロエの方を見ると、くすくすと笑っている。クロエは幻術を得意としていた。そのことは知っていたはずだ。それなのにすっかり油断をしていた。
「紛れもなく貴方のご両親ですわ。可愛らしい姿になったと思いませんこと?」
「あ、あ……」
「ちなみにアンタの親だけじゃないわよ。サプライズってやつ? まぁ、見てみなさいよ!」
そう言いながら、クロエは他に持っていた袋の中身を辺り一面へぶちまけた。色んな服を着た人形があたりに散らばる。顔は似たような感じだったが、ディテールはそれぞれ異なっている。散らばった人形がフルールの足元に落ちた。フルールはその人形を見てぎょっとした。あまりにも、知り合いに酷似していたのだ。
「愛するヴィオレットの民は貴方達を除きもれなく人形にさせてもらいましたわ。素敵な贈り物ですわ。如何でしょう」
「ウソでしょ、ねぇ!? レイン!! そんなのって……」
フルールは何が起きたのか理解したくないようで、散らばった人形を見つめていた。レインはレガリアにさらなる憎悪を向けた。
しかし、為す術もなくただ睨みつけることしか出来なかった。
「うそ……」
「惨いことを……」
ラパンとセゾンは呆然としていた。起きたことは分かっていたが、およそ現実とも思えない光景に唖然とするしかなかった。皆それぞれ、頭が理解を拒否しているようだった。
レイン自身も何が起きているのか、理解を拒否しているようだった。自国民が全て人形にされてしまったなど聞きたくも、考えたくも無かった。見せしめでここまでするなど、常軌を逸している。
「すっごい術だなぁ。どんな構築の仕方してるんだろ~」
「ヴィオレットの住民が人形化って……もしかして、残っているのは今ここにいるオレ達だけってこと? ヴィオレットは廃墟になっちまったのか?」
ミレドとフォルテだけは平然としており、外の心配をしていた。国民全員が人形になったのが本当だとすれば、人っ子一人いない状態だ。果たしてそれを国と呼べるのか謎である。
「だったら見せてあげましょうか?」
クロエが指を鳴らす。すると、周りの景色は一瞬で変わり、ヴィオレットの様子が映し出される。そこにはもぬけの殻と化したヴィオレットの街並みが映し出される。活気どころか
街そのものが死んでいるようだった。
「これもう国滅んでね? 終末感あるな」
「人がいなくなった国ってどうなるんだろうねぇ~」
大半は何も言えなかったが、例によってミレドとフォルテは暢気に感想を呟いていた。ラパンはあまりヴィオレットに思い入れは無いものの、相手の悪趣味さに引いていた。
クロエは反応を楽しんでいるようで、さらに場を動かしていく。
「人形劇は見るだけじゃなくて、飛び入り参加募集もしてるわよ? そこのアナタもどうかしら?」
クロエは指先をラパンへ向けた。嫌な予感を感じ、咄嗟にその場からとっさに離れた。ラパンがさっきまでいた場所には黒い煙が立ち込めていた。痕跡を見たセゾンは険しい表情になる。
「黒魔法、ですかね。サランドじゃ禁止されているからあまりお目にかかれませんが……」
サランドでは法整備によって大半の黒魔法は禁じられていた。使っただけで、思い罰則がある。だが、禁止されているのはあくまでサランド内だけである。境目さえ越えてしまえば、何の影響もない。
「メジアじゃ関係の無い話よねぇ」
クロエがラパン達を相手にしている一方で、レインは未だに膝をついたまま動けないでいた。状況は整理出来ているものの、対処方法は一切思い浮かばなかった。
レガリアはただレインを凍てついた瞳で見下ろしていた。そこに一切の慈悲は無かった。これ以上の絶望が訪れるなど思いもしなかった――この瞬間までは。レガリアは手元に持っていた人形を弄んでいた。
「人形遊びはやったことありませんが、遊びに正解はありませんし、好きにやっても構いませんよね?」
レガリアはそう言うと、いきなり人形を力いっぱい引っ張り真っ二つに引き裂いた。裂かれたのはレインの父――ヴィオレットの国王を模した人形だった。無惨に割かれた人形は声も発しないはずなのに叫び声をあげているような気がした。レインの怒りは頂点に達していた。
「レガリアあああぁあああああああぁぁあぁッ!!」
「貴方が悪いのですよ。私の言うことを聞かないから……貴方が従順であれば、失われることの無かった命です。己の愚かさを呪いなさい」
彼女はにっこりと、引き裂かれた国王もろとも人形の入った袋を全て燃やした。炎はゆらめき、一瞬で袋を燃やして消えていった。
「ボロボロになった人形はちゃんと捨てないといけませんからね」
ごみを捨てるかのような物言いをするレガリア。レインは満身創痍ながらも、持てる力を駆使してレガリアへ突撃していったが、埃を払うように吹き飛ばされる。レガリアの前では赤子も同然であった。
「嫌……嫌よ。イヤあああああッ!!」
フルールの絶叫が響き渡る。あまり動揺を見せなかったメロディアでさえ、顔をそむけたくなるものであった。
炎は辺りに広がっていきヴィオレットの民を燃やしていく。灰と化した民草を元に戻す術はない。失ってしまったものは二度と戻らないのだ。レインは倒れこんだまま、灰と化した人形を虚ろな瞳で見届けることしか出来なかった。
「私はやることがありますので、これで失礼致しますわ。次に会う時は……完全な世界になっていることでしょう」
レガリアは服の裾をつまみ、一礼して帰っていった。フルールは信じられないものを見たような表情で、俯いていた。
「嘘よ。そんなことって。お父様、お母様。ねぇ、いやだよ」
「……フルール気を確かに」
メロディアも信じたくはなかった。幻術の可能性だってある。
しかし目の前にいる悪意の化身がそんなことをするだろうか。この手の人種は徹底的にやるだろうとメロディアは思っていた。これまで何があっても自分を信じ進み続けてきたレインでさえ、現実を受け入れたくないようで、拳を強く握りしめ這いつくばったまま血が出る程、唇を噛んでいた。
しかし、最悪な状況はこれだけでは終わらない。レガリアは帰ったがクロエとアルノが残っている。どうにかしようと、レインが立ち上がろうとしたとき――
「……フルール!」
「えっ? あれ、動かな――」
レインが声を荒らげるも、時はすでに遅かった。フルールはアルノの魔術で動けなくなっており、クロエの魔法を直に受けて人形に変えられてしまった。ぽとり、と床に落ちた人形は、可愛らしいデザインとは裏腹にどこか不気味さを醸し出していた。この人形はフルールそのものなのだ。
「恨みはないけどクロエの為」
「どいつもこいつも腐ってるわね!」
さすがにこれまで一緒に行動してきたフルールが人形にされて、黙っているほどメロディアは冷たい人間ではなかった。怒りに任せ魔術を展開しようとする。
「人形になれば、腐ることも無いわよ~?」
メロディアの気がアルノに注がれていることを確認したクロエはメロディアに狙いを定めていた。
「館長ッ!」
クロエの動きをセゾンがいち早く察知し、メロディアを思いっきり突き飛ばした。メロディアの代わりに攻撃を受けたセゾンは、人形の姿にされ口もきけなくなった。
「セゾン……!」
人形に変えられたセゾンを見て、メロディアに動揺が走る。フルールに続いてセゾンまでも人形にされてしまう。先程までの勢いは消え失せ、メロディアは一気に膝から崩れ落ちてしまった。
「おいおい。マジかよ……これ生きてるのか?」
フォルテは人形になったセゾンの人形を拾って動かしていた。もちろん反応はない。横に引っ張ってみるも、綿の感触しかなかった。横から覗き込んだミレドはうーんと呟きながら、フォルテの方へ近づいて話しかけた。
「あんまり揺すらない方がいいよ。人形の外傷は本体にもリンクするだろうからね~戻ったときに腕が無くなってたらそのまま反映ちゃうかも? おっそろし~」
「おいおい……そういうことは早く言えよ。すげぇ引っ張っちゃったじゃん」
ミレドの言うことは当たっていた。人形の姿の時に受けた傷は元の姿に戻った場合そのまま引き継がれる。人形の腕が切断されるようなことがあれば、人間の姿に戻ったとしても、腕は元には戻らない。
「……フォルテ。私が預かるから渡しなさい」
「へーい」
メロディアの手元にセゾンの人形が渡る。彼女の手にはフルールとセゾンの人形が握られている。
レインはというと沈黙を保ったまま動かない。
「さて、どうすっかなぁ……って言っても、オレは魔法使えないしなー」
横目でメロディアの方を見るが彼女の方からは何も返ってこない。フォルテの言葉は耳に入っていないようだった。
クロエとアルノの動向を見て、ラパンとミレドは周囲の状況を確認する。
「……元は敵だしあまり当てにはしないけど。厳しいね」
「そもそもそんなことを言っているような、状況じゃないと思うけどねぇ~」
レイラの元へ行くにはクロエとアルノの存在が邪魔である。彼らもやすやすと逃がすつもりはない以上、戦闘は避けられない。動けないレイン、魔法が使えないフォルテ、固まったままのメロディア。協力を求めるにしても問題がありそうだった。
「それにしても、気が滅入る場所。そろそろ外に出たいね。アルノ~」
必死に打開策を考えているとクロエ達に動きがあった。クロエの掛け声と共に、アルノが何らかの術を発動させたようだ。
ラパンは瞬時に身構えたが、何の意味もなさなかった。封印の間に巨大な魔法陣が出現し、光を放ち始めた。その瞬間、封印の間にいた者は全て神々しい光に飲まれ、どこかへ飛ばされようとしていた。
ラパンはその時になってようやく小さな異変に気づく。
「ヴェーダ……まさか、あいつ――」
言葉は最後まで言えず、ラパン達は光の中に呑まれていった。