12

 レイラはぴくりとも動かない。普通なら死んでしまったかと思うが、レインはまだレイラが死んでないと思っていた。というよりも、生きていると確信していた。死んだのならもっと生気が無くなるはずだが、消える様子はなかった。どこかでレイラは生きている――命を奪うのなら首を落とすのが確実である。レインの覚悟は実の妹であろうと揺るがなかった。

「誰が、何と言おうと、俺は――」

 レイラの首へ剣を突き立てようとした瞬間――

「……まだ、終わってませんよ」

 レインは殺気を感じ取りすぐさま後ろへ下がった。やはりレイラは生きていた。
 しかし、少し反応が遅かったのか左腕部分に斬撃が入っていた。想定外というわけでもなく、レイラが起き上がった事実を受け、即座に反応をした。レイラの雰囲気が先ほどから変わっていることに気づく。気の迷いが晴れたような瞳だった。中途半端なままだったら、楽だったがそうはいかなくなった。

「どうやら、吹っ切れたようだな」
「仕切り直しですよ。私には、やるべきことがあるので!」

 レイラの腹の部分を見ると、傷が癒えていた。治癒魔法を使ったのか――今までそんな兆候はなかった。魔法は使えないと自分で言っていたはずだ。レインはある一つの考えにたどりつく。

「グラスの力か……」

 グラスの力がどのようなものなのかレインは分からないが、魔法に近いと考えていた。レイラは自身の傷が治っていることに気づいていないのか、ひたすらレインを見据えていた。無意識でやっているのなら、レイラの魔力が自動修復をしたと考えるのが妥当である。
 魔法というものは本来、術者の願いを反映させる力である。願いが大きなものであるほど時間がかかる。例えば傷を癒す場合はかすり傷程度ならすぐに治るが、大量出血などの深手を負えば時間が倍になる。
 しかし、今のレイラは一瞬で回復させたのだ。その上動きも早くなっており、身軽そうに宙へ浮かんでいた。明らかにこれまでとは何かが変わっていた。これがグラス力だとでもいうのだろうか。だが、どんな力を見せようとも自らのやるべきことは変わらない。レイラを打ち倒すのみ――レインは再び剣を構える。

「出来るものならやってみろ」

 今度は剣から目を瞑りたくなるほどの光を放つ。全てを焦がすような光は放射状に広がっていき、逃げ場をつぶしていく。まるで星の輝きのようだった。どこまでも追いかけていく姿、レインの執念を感じさせる。

「そんなのアリ!?」

 レイラはたびたび光の網に囚われそうになりつつも、グラスの力をフルに使い無理矢理こじ開けていった。
 しかし、放射状になっていた光は形を変え、彗星のようになりレイラを追尾し、消えることはなかった。ある程度逃げ回ると光は収束していく。

「今度はこっちから!」

 レイラは思いっきりレインに突っ込んでいく。ひたすら力で押そうという考えだろう。
 だが、剣は闇雲に振っても当たらない。素人の剣は動きが分かりやすいのだろう。レイラの甘い考えは見透かすようにことごとく、防いでいった。レインは魔法で防御壁を作りながらレイラの攻撃へ対応していた。

「当たらない……何なの!」
「少しは考えたらどうだ」

 レインは大きく剣を振るいレイラを吹き飛ばす。壁に叩きつけられることはなくなったが、それでも経験の差がレイラを不利にしていた。戦はおろか、剣などまともにふるったことはない。グラスの力で押してもレインはたやすく潜り抜けてしまう。さすがに真面目に考えないと、勝てる相手ではなかった。レイラもよく分かっているだろうが、彼女は力も知識もほとんど無い。足りない頭でせめて、この場を切り抜けるだけでもと必死に考えているようだった。

(所詮は付け焼刃の力か……)

 グラスが力を与えていると言っても、うまく使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。それも先ほどもらった力というなら、なおさらである。力の性質すら理解してもいないというのに、向かってくるなど無謀にもほどがある。
 だが、レイラの瞳は一切曇っていなかった。絶対に引かないという意思が伝わってくる。
 一体何がここまでレイラを突き動かすのか――疑問に思う資格はなかった。そうしてしまったのは自分なのだから。その始末は自分が全て負う。それがレインの譲れない思いだった。
 狂わせてしまった全ての運命を背負うことこそが、自らに出来る償いだと信じていた。

「私には、足りなかった。何もかも……」

 レイラは上から下へ剣を振りかざす。いくつもの黒い衝撃波がレインを襲うが、簡単に潰される。
 ヤケクソになったかとレインは思ったが、警戒は解かなかった。

「芸が無い」
「剣は切るものですよねッ!」

 そう言いながらレイラは両手で剣を掴みなおし、レインへ切りかかっていく。レインは剣でそれを防ぐ。グラスの剣は材質のせいか金属の音はしない。どちらかというと殴っているような感覚である。レイラは果敢に斬りかかるが、軽くあしらわれる。考えなしに剣を振るう様子を見たレインは呆れたのかため息を吐く。

「これが、お前の出した答えか」
「どうでしょう、ね」
「それなら、ここまでだな」

 レインが容赦なく剣で一突きしようとした瞬間――

「……ふふ」

 レイラは待っていたと言わんばかりに、防御もせず剣を受け入れる。レインはレイラの表情に一瞬だけ違和感を覚えたが、どうにも出来ずそのまま剣はレイラの胸を貫いた。レイラからは夥しい量の血が流れだしていた。それでもレイラは笑っていた。

「っ……まさか」

 気付いた時には遅かった。今のレイラの手には何も握られていない。とっさに剣を捨てたようだった。いや、捨てるというよりも瞬時に消えていた。
 
「かかった!」

 レイラは痛みも気にせず、剣が突き刺さったままさらに前へ進みレインが離れないよう押さえつけた。身体を貫かれながらも即座に生成した小さな剣でレインの背中を力尽くで刺してきた。
 そして、もう片方の手に隠し持っていた短剣でレインの脇腹を深々と突き刺した。背中や脇を刺され、レインは体勢を崩し、レイラは刺さった剣を抜く。
 レイラの傷は深かったが、グラスによる超回復で傷は塞がっていく。
 対して、レインは回復魔法をかけても焼け石に水であった。出血もひどく満足に魔法も使えなかった。

「ぐっ……」

 レインはそこで初めて苦悶の声を上げた。レイラがまさかこのような手を使ってくるとは思っていなかったのだ。グラスの力があるからこそこそ為せる荒技だった。
 舐めていたわけではなかった。油断もしたつもりはなかった。けれども、この結果も全て招いたのが自分である現実は変わらない。

「……っ、クソッ」

 まさかここまでしてくるとは思わなかった。そこまで追い詰めたのは自分だというのに。痛みを感じる前に終わらせられなかった自分の落ち度だ。わずかな隙が見せた、敗北――本来ならここで負けを認めるのが潔さだろう。
 しかし、その結果を捻じ曲げてでも、成し遂げなければならないことがある。レイラは絶対に殺さなければならない。それさえ出来れば死んでも構わなかった。

(俺は……ずっとこの時の為にッ……)

 レインはうつぶせになりながらもレイラの下へ張っていく。見上げた先にはレイラの姿があった。どうやら、自分の勝ちを確信しているようだった。

「ここまで上手くいくとは思いませんでしたが」

 レイラはホッとしながら、レインを冷めた表情で見下ろしていた。失望しているのか、

「私は……あなたを殺さない。知らなければならないことがあるから」

 レイラの覚悟は揺るがない。レイラと戦い、レインは痛感した。やはり、自分がやらなければいけないことなのだと、改めて思った。その為に色々なものを犠牲にしてきた。全てを欺いてきたのだ。諦めてはいけない――まだ希望はある。器さえ、無くしてしまえば、奴らは何も出来なくなるはずだ。
 一瞬だけレイラの気を引ければいい。

「だ、めだ……世界が、奴の……ものに、」
「……え?」

 レインの声に思わずレイラは振り向くも、レイラの手はすでに宝珠に触れていた後だった。レインとレイラは共に闇の中へ落ちていった。