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 レイラが封印の間に入る少し前――ルーン達は急ぎ足で封印場所へ向かっていた。暗さに加えて道の複雑さもあり、愚痴の一つも零したくなるものだった。

「……クソみたいな道ね」
「そもそも災厄の封印が出来る前はヴィオレットの祭儀場として利用されていたんだ」

 ヴィオレットは魔法に通じている国で様々な儀式を取り行うことも多かった。それには決して公には出来ない秘密の儀式もあり、この入り組んだ迷路の先にある封印の間はそういった時に利用されていたとルーンは語る。

「にしても、考えた人馬鹿じゃないのぉ? メンドーだよ」
「壁を壊して進みたいわ。迷路なんて壁を壊せばいつかは出られるでしょ?」
「ちなみに正しいルートで行かないと、永遠に辿り着かないよ」
「……知ってた」

 ひたすら終わりの見えない道を進んでいく。正解の道を進んでいるのかはルーンにしか分からない。今は信じてついていくしかなかった。口数も少なくなり、無言になってきた頃、かつんかつんと自分達のとは明らかに違う足音が聞こえてきた。警戒して立ち止まり様子を窺うも、暗すぎて見えなかった。

「ちょっと、こんな所にも兵士とかいるの?」
「いないと思うけど。このタイミング……」
「足音近くなってきたよぉ~」
「……あれ、この匂い」

 ラパンは魔法を使い嗅覚を上げた。それは会ったことのある人間だった。

「……お前達、何しているの?」

 ルーン達の目の前に現れたのは、レイラを案内した後のメロディアだった。彼女は暗い道をたった一人で迷うことなく歩いてきたのだ。

「ヴィオレットの館長だから当然か。迷わず案内出来るのは君ぐらいだもんね」
「感謝して欲しいわね。送り届けてあげたんだから。このまま、彼女が勝てばそのまま封印を解けば全ておしまいね」
「……あんたって止める立場じゃなかったの?」
「そうだったかしら?」

 とぼけるメロディアにラパン達は怪訝そうな目を向けた。レイラにも同じことを聞かれたが、二度も説明するのは面倒なのでメロディアは白を切った。

「まぁまぁ。それよりもレインはいるんだよね。魔法の気配がする」
「今頃衝突しているんじゃない?」
「……そんな!」
 
 メロディアの言葉にラパンは思わず息をのんだ。レイラがある程度覚悟していても辛いものだろう。

「私は用があるから案内しないわよ。さようなら、せいぜい足掻くといいわ」

 メロディアはそそくさと立ち去っていった。ルーン達を止める気はないようだ。
 話が一段落した後、ルーン達は急いで封印の間へ向かった。案内役のメロディアがいたということは、この道で正しいのだ。後はゴールまで突っ走るのみ。

「ちょっと急がないとヤバいかもね。向こうも本気だろうし」
「家族だろうが容赦しないタイプ?」
「自分にも他人も厳しいよ。真面目なのはいいんだけど、融通が利かないタイプ。それに一度決めたことは曲げない。さて、この情報を聞いて君はどう思う?」
「……躊躇いなく殺してきそうなやつね」

 ちょっとした顔見知りであるルーンはレインのことを真面目だと評価する一方で、頑固者だと言う。どのような形であれ、自身の信念を持ち得る者は揺るがぬ強さを持つ。それがどれほどの力を与えるのかヴェーダは知っている。厳しい戦いになりそうだと感じていた。

「……レイラちゃん死なないよね?」
「どうかな」
「えぇ、そんなぁ~」

 心配そうな声があがる中、ヴェーダは一人考えていた。ルーンとしてもここでレイラが消えてしまうのは避けたいはずだろう。その割には余裕そうに見えた。そこまで深刻そうに見えない。その様子がどこか不気味に思えた。

(正直、この私ですら不安を覚えるのに――あぁ、レイラの意識少し弱くなっている。戦っているのね……)

 近くなってきたのかレイラの反応が強くなる。
 しかし、あまり良い状況ではなさそうだった。これでは本当に死んでしまうのではないかと、ヴェーダの感情は酷く渦巻いていた。

(……一番は自分だけれど、二番目くらいには貴方を信じているわよ、レイラ)

 災厄の魔女は静かに目を閉じる。祈りなどガラではないが、今だけはレイラに力を貸して欲しいと願う。彼女は闇の中でも決して諦めなかった。ヴェーダの声が聞こえなくても、必死にもがいていた。自分がどんなに突き放しても、見放さずに付き添ってくれた。

(何があっても、貴方なら――)

 封印の間の扉が見えた。ラパンが開こうとしたものの、びくともしない。強化魔法を使うが、ぴくりとも動かなかった。

「……何、これ……!!」
「強い術がかけられているねぇ」
「……あのクソ魔術師ぃ!」
「彼女の術じゃないよ。元々そういう仕組みの扉さ」

 そうだとしても、焦りや怒りは収まらない。ラパンは闇雲に扉を殴るが、やはり動かない。拳に伝わるのは痛みだけ。

「声は聞こえているのかなぁ~お~い」
「……風切り音みたいなのが聞こえてくる。」

 ラパンが扉に耳を付けると、風が巻き起こっているかのような音が聞こえてきた。室内で風が起こるなどあり得ないだろうし、どちらかの魔法と思われる。他にも中で何かを喋っているような声も聞こえてきた。ラパンはレイラがまだ無事だということを確認し、少しだけ安心した。

「まだまだ粘っているみたいね」

 ヴェーダとしては兄妹喧嘩に興味はなかったが、レイラが死んでしまうことだけは避けたかった。ここでレイラが消えたら、かろうじて繋がっていた細い糸が切れてしまう。ヴェーダ達とは対照的にラパンとミレドは一生懸命応援していた。

「思いっきりやっちゃえー!」
「というかやってくれないと困るよぉ~!」

 ヴェーダも心の中でレイラに、エールを送ることにした。レイラとは繋がっているから多少は届くはずだろうと思っていた。
 ルーンはというと何を考えているのか分からない瞳でぼんやりと扉を見つめていた。レイラにエールを送ったヴェーダはルーンの方を見やる。すると、ルーンから一瞬だけものすごい魔力――グラスの力を感じた。ほんの一瞬だけだったので、錯覚かと思った。今は普通の魔力である。何だったのかヴェーダは気になった。

「何をしたの?」
「……ちょっとした、おまじないだよ。勝ってもらわないと……困るからねー」

 ルーンは少しだけ息切れをしていた。ヴェーダは彼が何かを仕掛けたのは分かったが、その内容が謎だった。ここまで来て不利になるようなことはさすがにしないだろうが、ヴェーダは牽制するように睨む。

「……それにしても随分と落ち着いているわね」
「そうでもないよ。これでも、焦ってはいるんだ」

 ルーンは扉に手をかけながら、扉の奥にいるレイラを見ているようだった。

「貴方がどうしようが勝手だけれど、ヤケクソになられても迷惑」
「さすがにしないさ。ただ、レイラが頑張るなら僕も相応の責任を果たすだけだ」

 ルーンはそう言いながら、扉の奥を見据えていた。
 ヴェーダの瞳にはルーンの中で天秤が揺らいでいるように見えた。何の天秤なのかは分からない――選択を決めかねているような迷いが透けて見える。ここまで感情を見せるのは珍しい。それとも、これも何かの罠だろうか。

(どちらにせよ、今出来るのは何が起きてもいいように備えておくこと……)

 助けにもいけず、見守ることしか出来ない。レイラに戦闘経験はほとんどない。ヴェーダとしては絶体絶命の状況としか思えなかった。魔法は思いに応えてくれると言うが、最終的には己の力に左右される。この状況下で一体どれほどの可能性を引き出せるかはレイラ次第。それでもルーンは断言する。

「レイラなら必ずやってくれる。グラスに選ばれた彼女なら絶対に」
「……そう」

 ヴェーダはそれ以上何も言わなかった。自分達がここで何を言っても状況が変わるわけではない。レイラ自身が決める事である。
 ここで希望が潰えるか、あるいは――

(しっかりしなさいよ。ようやく……ここまで来たのだから――)

 ヴェーダはぐっと拳を握りしめる。普段はあまりこのような動作はしないがこのときばかりは違った。ヴェーダの緊張を助長するように、扉の奥は不気味なほど静かだった。