「何を信じたら分からなくなってきた。これじゃ騎士失格じゃない。何で止めなかったんだろうなぁ……あぁ! 最悪!」

 ルーン達が出ていった後、フルールは一人で頭を抱えながら悶えていた。侵入者を撃退しない時点で騎士としては終わっているに等しかった。

「仕方ないですよ。しょーじき、あの集団じゃ勝ち目ありませんし」

 セゾンはヴェーダ達に荒らされ、散らばった本をまとめていた。中身はほとんど門外不出の魔術書だった。狙ってやったのならさすが、災厄の魔女――褒めたくはないが驚かされるのだった。

「違う。そういう問題じゃない!」

 彼らならレイラを全力で守ってくれるだろうと、心のどこかで思っていた。どちらも死んでほしくない。フルールはレインの実力をよく知っており、付け焼刃程度の力では歯が立たないということも理解していた。どちらが死ぬ可能性が高いかと言われたら、レイラだと思っている。
 しかし、一方でフルールはレインの身を心から案じていた。

「レインは誰が守るんだろう……」

 それを考えた時にフルールの心は、どうしようもない程に締め付けられ苦しくなった。問題は一人で抱え込み、一人で解決する。これまでもそうだったように、今回も解決してしまうのだろうか。彼からすれば他人の助力など不要なのかもしれない――そう思うと自分は何の為にいるのだろうと思ってしまう。自分がここにいてもいいのかと、もやもやした気分になっていく。

「今からでも遅くはないと思いますけどねー」
「な……なに言ってんの? どの面下げて行くのよ」
「あんまり考えすぎもよくねぇって。何も出来なくなるしなー」

 フォルテの言うことはもっともだ。今現在何も出来ずにいたのだから。このままうだうだ悩んでいても何も始まらない。
 しかし、フルールはどうしても正しさを求めてしまう。どうすれば正解なのか。踏み外すのが怖くてたまらなかった。

「間違いは誰にでもある。分かってはいるけど、でも間違えるのは怖いのよ! だって下手したら自分さえどうなるか分からないのに! 私は結局自分の身が惜しいのよ。誰かの為なんて、言って強くなった気でいただけ……」

 自己嫌悪に陥っているフルールを見て、フォルテは噴き出していた。馬鹿にされたような気がして、フルールは文句を言いたくなったが、何も言い返せなかった。言い訳すればするほど、惨めになるのは目に見えていた。
 しかし、小馬鹿にしたような態度とは裏腹にフォルテから出てきた言葉は意外なものだった。

「それでもいいじゃねぇかよ。断言するぜ大体の人間は自分が一番だ。オレも自分が一番だ。二番目はばーさんか。当然だな」
「えぇ? いきなり何言ってるんですか。それに二番目の人は誰ですか……」
「オレに魔法を教えてくれた人だ。血の繋がりはないけど、ばーさんは唯一尊敬しているぜ」

 フォルテは元々悪さをする前に魔法使いの女性と二人暮らしをしていた。捨てられていたフォルテを拾ったのが魔法使いの女だった。彼女から様々な教えを受け、順調に育った結果レインに捕まった。

「……あっそうですか。まともに育ったらもっとよかったんですけどねー」
「自由に生きろって言ったからな。今はいないけど、ばーさんの教えは守っているぞ」
「大雑把すぎるでしょ。自由の意味はき違えてない?」
「自由ってのは魔法の極意だぞ。心は惜しみなく使え――思いが、輝きが強ければ強いほど強くなる。あと、女ならもっと強くなるとか言ってたな。だからそれっぽく見えるよう、髪を伸ばしてんだ」
「なるほどー……ちなみにそれ根拠はないそうですよ。たまーに言われたりしますが、証明されてないらしいですねー」
「マジかよ!? ばーさんが嘘吐いてたってことかよ!? 信じらんねぇよ……って、よくよく思い出したら割と騙されてたっけ」

 思わず身を乗り出していたが、思い返せばよく冗談を言うような人間だったとフォルテは言う。良くも悪くもお茶目な魔法使いだったのだろう。

「よく信じたわね……」
「でもめんどくせーからいいや。自分のスタイルを貫くぜ」

 怒りすら覚えず、さらっと流すフォルテに対してフルールは少し羨望の眼差しを向ける。自分の心に恥じないよう、真っ直ぐ生きてきたつもりでもまだまだ甘かった。こんなことでは、何も守れない。

「貴方を見てると、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるわね。私も自由に踏み出してみようかな」

 周りの反対を押し切って、騎士の道を選んだ時を思い出す。初心に帰るとは正にこのことかもしれない。

「その方がいいと思うぜ。アンタはオレなんかに比べたらまだまだ選べるだろ」
「……そんなこと言うくらいなら、ちゃんと反省しなさいよ」
「衣食住保証されるし居心地はサイコーだけど刺激が足りねぇ。つまんねぇんだよ。何回か外に出してもらったけど、やっぱ外は最高だ」
「だったら早く反省して出られるようになりましょーね。国が養うのも正直どうかと思うんでー」
「悠長なこと言ってる場合でもないと思うけどな……聞こえてこねぇか?」

 フォルテは愉快そうに笑う。フルール達が耳を澄ませると、微かに振動が伝わってくる。大きな音も混じって聞こえてくる。封印がどこにあるのかは分からないが、この下で何かが起きているのは確実だった。

「これって……まさか」

 フルールの一番想像したくなかった事態が起こっているとしたら――やはりじっとはしていられない。封印場所はどこにあるのかは把握していないが、地下のどこか存在していることは知っている。正確な道は恐らく、メロディアぐらいしか知らないはずだ。

「そうと決まったら、こんなところで立ち止まっている場合じゃないわね」
「ああは言いましたけど、扉の前にいるくらいは許されますよねー?」
「そんなの屁理屈じゃない」

 フルールは思わず苦笑していた。こうしている間にも時間は過ぎていく。ここまで来たら、見届ける権利もあるだろう。

「メロディアはまだ帰ってこないわね。外で待ち伏せしましょうか」
「んだよ、みんな行くのかよ。じゃあオレもついてこ」
「貴方もいくんですかー? 館長に怒られるの自分なんですけどー」
「そんなのは自分で何とかしろ」

 ようやく三人もルーン達の後を追って、急いで出ていった。誰もいなくなった書斎は喧噪も消え失せ、静かに主の帰りを待つのであった。