レイラとメロディアが仄暗い地下通路を通っていた頃――
「ここがヴィオレット城なんだぁ~大きいねぇ~」
「……どうやって入るの?」
ルーン達はヴィオレット城の近くまで来ていた。
しかし、城の城壁は高く、見張りの兵士もうろついている。魔法で撃退出来るレベルではあるが、揉め事を起こすのは得策ではない。ではどうするか――答えは単純だ。見つからないような道を通ればいい。
「ヴィオレット城には、たくさん秘密のルートがあるんだ。今から使うのは自分で造ったものだ。気づかれていなかったらまだ生きているはず」
「抜け目ないねぇ~」
「どこに繋がる道なの?」
「ヴィオラ図書館にある書斎。館長のメロディアもそこにいるはず」
「……警備が心配な城」
抜け道がたくさんあるというのは果たして如何なものかとラパンは思ったが、こういうときには都合がいい。
「朗報じゃない。さっさと行きましょう。袋叩きにされる前にやってやるわよ」
「喧嘩腰だなぁ。相手がいるかもしれないのに」
城の外周をぐるっと回っていたが、ある地点でルーンが急に立ち止まる。周りには兵士が一人もいない閑散とした場所だった。花壇や植木がたくさんあり、隠れるにもちょうど良さそうな場所である。
「ここだよ」
ルーンが少し地面を触ると、魔法陣が浮き出て光が包んでいく。これだけの術を使っても分からないものなのか――バレないのは都合が良いため誰もそこまで気にしなかった。魔法陣に導かれて辿り着いたのは、先程までメロディアやレイラがいた書斎だった。メロディアが書斎として使う机付近に出てきた。
突然現れた侵入者にフルールとフォルテは驚きを隠せなかった。
「追いかけてくるのはえーな!」
「あ、貴方達……どうやって」
「秘密の道から来たよ。あれ、メロディアがいないようだけど……」
ルーンが辺りを見渡すと、彼の元部下だったセゾンが近寄ってきた。セゾンはあらかじめルーンが来ることを分かっていたようで驚いてはいなかった。セゾンは抜け道の存在を知っていたが誰にも教えていなかった。メロディアでさえ知らない秘密の通路だった。ルーンがいつでも帰って来られるように――というささやかな願いの為だったが、それも今では無駄に終わってしまった。というか悪用されてしまった。
セゾンはここであったことを手短に説明しながらレイラの行き先を伝えた。
「衝突待ったなしね。でも、災厄の力があれば押せるかも? 見てみたいわぁ」
「そんなぁ~負けちゃったら終わりでしょ~?」
うるさい客が来たことによってフルールは頭を抱えていた。頭が痛くなるばかりである。彼らを止めろとも言われておらず、どう対処するべきか考えあぐねていた。本来なら足止めするべきだろうけれど、先ほどの話を聞いたらどうすればいいか分からなかった。まさか、ここに来るとは思ってもいなかったのだ。レイラとしてはルーン達に邪魔されないようにレインと話したいようだった。だったら、答えは決まっている。レインの邪魔もレイラの邪魔もされないようにするだけだ。
「面白半分で見るものじゃないでしょう。邪魔するようなら止めるわよ」
「おーすっげやる気じゃーん」
「……お前あの時の爆破野郎。一発蹴っとこ」
ラパンはソファでふんぞり返っていたフォルテを見つけ一発蹴りを入れた。爆風で髪の毛がボサボサになって直すのに苦労したことを思い出したら、自然に足が動いていた。
「いって! 何だよ。オレはアイツの命令に従っただけだし。全く、魔法が使えれば城とか吹き飛ばしてたのに」
「あれ。貴方魔法使っていたじゃない」
「今は封じられてんだよ。この腕輪が邪魔でよぉ」
フォルテは自身に付けられていた黒い腕輪を指してため息を吐いた。腕輪によって魔法を封じられているようだ。見た目は明らかに罪人がつける枷だった。
「魔法封じみたいだねぇ~かなり面倒な術が施されているね……ご愁傷様~」
掲げた腕輪を見てミレドは鼻で笑っていた。どうやらかけた本人にしか解けない代物でラパンにかけられていたものよりも強固なものだった。
「うわ、そこまで言われる程なのかよ。何とかなると思ってたんだがなー」
「簡単に取れていたら今頃ここ留まっていないでしょ。貴方のような人間は特にね」
フルールは呆れかえっていた。フォルテからは反省の色も見えない。放してもすぐに問題を起こすのは目に見えていた。フルールやフォルテ達のやり取りには見向きもせず、ルーンはこれからのプランを練っていた。
「そういえばヴィオレットの封印ってどこにあるのよ」
「……場所自体は知っているから問題ないよ。そもそも誰が管理していたと思っているのさ」
「そうだったわね。よし、ここから色々拝借して――」
「ちょっと! 何やってんの!?」
慌ててフルールが止めに入っていった。メロディアにバレたらどうなるか――必死でフルールはヴェーダを本棚から引きはがす。
「すご~い。発禁本があるよぉ。さすがヴィオレット……ここに住みたいなぁ~」
「もれなく館長のどれ……部下になれば読み放題ですよー」
「遠慮しとくよ~って、あれ? これ……」
ミレドの視界に一冊の本が目に入ってきた。フルールやフォルテが座っていた机に置かれていた古びた本。そこに書いてある文章はミレドにも読めた。古代文字の部類だったが、内容は良く知ったものだった。セゾンが覗き込むとあぁ~と呟いた。
「館長がだしっぱだったヤツですねー紫の英雄譚の原本ですよ」
「ほ、ホント!? ヴィオレットのやつ……?」
「興味がおありでしたら、是非ともここへ就職を――」
「そんな面倒なことをしなくても、皆殺しにしてでも奪い取るよぉ~」
ミレドの目つきが明らかに変わっていた。さーっと血の気が引いてくような感覚だった。セゾンが本を素早く手に取ると、ミレドが襲い掛かってきた。が――
「止めろバカ!」
横から飛んできたラパンがミレドを抑えつけた。ラパンの尻に敷かれる形となったミレドは笑っていた。
「まっさか~冗談だって。本気でやると思ったぁ~?」
「……あんたならやりかねない」
「信用無さすぎじゃないの~」
「ホントに死ぬかと思いました……ほっ。ちなみに渡すことは出来ませんが、ちょっとくらいなら見ていってもいいですよ。人に害を成す本でもないので」
「やったぁ~」
ミレドはラパンの下敷きになりながらも本を読んでいた。何ともたくましい心を持っている――それだけでは済まされない何かがあるもののセゾンは特に気にしなかった。
各々が勝手に行動している中、ルーンはというとメロディアが座っていた椅子に座っていた。ルーンもかなり大概であるとフルールは思った。
「メロディアが見たらキレるわよ。絶対」
「いないから大丈夫。それに彼女はレイラを案内してるんだろ? しばらく戻ってこないでしょ」
「……結局、貴方達は行かないの?」
「行くよ。ただ、状況を見極めてるだけさ。これまでレイラには頑張ってもらったし、僕は別に殿下と接触して欲しくないわけじゃないからさー」
要はレイラとレインがちゃんと話をするまで待ってくれているようだった。その話を聞いていたヴェーダは持っていた本を全部捨ててルーンへ詰め寄ってきた。
「もしも、レイラが死んだらどうするのよ」
「死なないよ。レイラは負けないって。それに衝突以外にも話し合う手段だってある」
「……意外。貴方もそういうこと言うんだ。本気なのかは分からないけど」
「話し合いで済めばいいよ。とことん話し合ってくれて構わないさ。そうなってくれた方がいいよ。血は流れない方が良いに決まってる……そうさ」
ルーンは椅子にもたれながら、ぼんやりと呟く。まるで言い聞かせているようにも聞こえてくる。フルールは相変わらず、良く分からないと思っていたし、ヴェーダも一緒に旅をしてきたが未だに心情が掴めなかった。
「……私もレイラには世話になったし少しくらいは譲歩してもいいと思っているわ。けれど、本当に間に合わない事態になったら真っ先にお前を殺すわよ」
「レイラが死んだら君も消えるんだから無理でしょ」
「お前を殺してから私も死ぬ」
「さすが災厄の魔女様。かなり執念深い」
「そうよ。私は根に持つタイプだから。覚えておきなさい」
「はいはい。今から行っても十分な時間はとれるか……」
封印へ続く道は長い。道は知っているが、ショートカットのしようもない一本道である。それでいて正しい道順でいかなければ永遠に迷路を彷徨うことになる。道から外れたら遭難という可能性もある。
「ほら、あんた達いつまで寝そべってんのよ。ていうか何してんの?」
「ラパンがどいてくれないの~そんなにくっついていたいのぉ~」
「ふんっ!」
「い、ぎゃ~っ! そっち、曲がらないよぉ……」
「そうですかー行ってしまわれるのですねー頑張ってくださーい。あ、本は置いていってくださいねー」
「ちっ」
どさくさに紛れてヴェーダは本を持ち出そうとしていたが、あっさりとセゾンに見抜かれていた。ミレドはよろよろと立ち上がり、名残惜しそうにセゾンが持っていた紫の英雄譚を見ていた。ラパンはそんなミレドを容赦なく引っ張っていく。マントがちょうどいい感じなので引きずるような形になっていた。
「邪魔したね。それじゃ」
ルーンがドアノブに手をかけた瞬間、後ろから声がかかる。
「……あんまり、レイラ様を見くびらないほうがいいと思いますよー」
ルーンは一瞬だけ立ち止まったが、振り向きもせずそのまま出ていった。それに続いてヴェーダ達も出ていった。あっという間に、侵入者達は城の先へ進んでいく。彼らが何をしようとしているのかは十分に理解していたが、それを止めようとする者はいなかった。