「図書館からさらに広がっていたんですね……」
「ヴィオレットはやたら隠し通路が多いのよ。ここに来たばかりの時は把握するのに苦労したわ」

 レイラとメロディアの二人は封印への地下通路をひたすら進んでいた。どうやらヴィオレットにはレイラが知らない通路がたくさんあるようで、これもその一つだと言う。封印への地下通路は迷ってしまったら二度と戻れないと思わせるには十分だった。曲がり角がいくつもあり、正しい道へ進まないと一向に辿り着けない。メロディアはあまり行ったことが無いと言っていたが、道順は記憶しているようだった。
迷路には一定間隔で明かりが灯っていたが、メロディアの持つ燭台がなければ心もとないような輝きだった。

「一つ聞きたいことがあります。ミリィさんの話ってどこまで信用出来ますか?」

 先程の話はどれくらい信憑性があるのか気になっていた。仲が悪くともメロディアならある程度ミリィの性格を把握しているだろうから、どこまで本当なのかある程度見当がついていると思ったのだ。

「半信半疑ってところね。でも……魔女王の存在に関しては信じてもいいと思うわ」

 メロディアは魔術師界隈での噂で魔女王という存在を耳にしてからどうにも気になって仕方がなかったので、片手間で調べていた。
 しかし、どんなに調べても空を掴むような結果にしか終わらなかった。噂だけが独り歩きしているような存在だった。噂なら無視しても構わなかったのだが、メロディアの勘が見過ごしてはいけないと囁くのでひそかに調べていた。この間、ルーンにも問いかけたが意味深なことだけ言われて、詳しいことは分からなかったという。ルーンの態度からして、いるという確証は得られたがそれ以上の情報は見込めなかった。
 そんな矢先、ミリィの方から再びメロディアの下へやってきた。ミリィはメロディアに会いに来たというより、レイラに会いたがっていたので情報と引き換えにレイラを攫ってきたのだった。レイラが攫われた裏には取引があったようだ。

「情報のやり取りって大変なんですね」
「戦であれば情報一つで戦局が一変するぐらいだもの。まぁ結局私の勘は正しかったのか、間違っていたのか……聞けば聞くほど分からなくなるわ」
「ルーンがその、レガリアの部下だったとして、彼は自分の意思で動いているのでしょうか」
「不満そうにやっているようにも見えないし。分かっていてやっているのでしょう」
「……そうですよね」

 元々怪しさを感じていた。それとこれとは別で切り離して考えてきたが、見直すときが来たようだ。レイラはルーンの願いを叶えたいのだ。魔女王の願いを叶える為に動いてきたわけではない。
 今一つルーンの真意を見極めなければいけない。そもそもそれ以前に大きな課題があるのだが――

「私もレイラ姫に聞きたかったのだけれど、殿下のことはそこまで気にしていないのかしら」

 これから、レイラと対面するのにルーンの心配ばかりするレイラに少し疑問を抱いたようだった。兄と妹というのもあり、見えない何かで繋がっているのだろうと、メロディアはらしくもないことを考えていたが、レイラから返ってきた答えは至って普通だった。

「そんなことないですよ。正直、すごく緊張していますし、不安で胸が張り裂けそうです。昔からあまり口を開かない人でしたから。それでも本当は優しい人なんですよ。私としては話し合いで解決出来るならそれが一番です」
「殺しに前向きだったらどうしようかと思っていたけれど、良かったわ」
「さすがに嫌ですよ。生贄にされたのは辛かったですけど、最初はちょっと恨んだりもしたんですけど、今は真実を知りたい。どうするかはそれを聞いてからですね」
「冷静ね。フルールなんてずっと仏頂面で悩んでいたというのに」
「そうだったんですね。フルールは兄様のことをかなり慕っていたので、仕方ないかもしれません」

 間近にいても何も教えられないのだから、険しい顔にもなるだろう。レイラはある程度離れていたから良かったのかもしれない。もしもレインとすぐに再会していたら、フルールと同じような気持ちになっていたはずだ。何も言わないのが目に見えている。
 メロディアはレイラの話を聞いて少しぼうっとしていた。

「……普通の兄妹ってそういう感じなのかしら。何があっても恨まないもの……?」
「普通というのは分かりませんが人それぞれじゃないでしょうか」
「人それぞれ、ねぇ。その通りよ、えぇまったく」

 レイラは最初メロディアが何の話をしているのか分からなかったが、次第にミリィの話をしていることに気が付いた。メロディアとミリィは仲が良くないと聞いていた。レイラから見るとミリィは面白半分で好きで好き勝手やっているといったイメージがある。でなければ、ルーンに頼まれた術を解くわけがない。

「……ミリィさんがすごい自由なのは分かりますよ。ヴェーダよりも強烈な気がします」
「私はあの子のそういうところが気に入らないのよ。実力があるくせに相応の場所にいないのが、許せないのよ。自由を謳歌したいミリィからすれば、定住して働くって行為が馬鹿らしいみたいでね」

 メロディアは様々な壁に突き当たってきた。学校に通っていた頃は、魔法を極めようとしたがルーンの登場で一気にモチベーションが下がり魔術師へ転向した。逃げ込んだ魔術の道にはミリィがいた。ミリィはメロディアよりも魔術を先に学んでいたので当然差が出てくる。さらにセンスもあった。ミリィほどの実力があればどんな所でも融通が利くはずなのに、彼女は何のしがらみのない自由な魔術師となったのだった。依頼は気分が乗ればやる――享楽的な生き方をしていた。

「努力しても埋まらない差っていうのはあるって思い知らされたわ。結局、私も楽がしたいから頑張ってきただけ。その為にこの地位につくまで私は死に物狂いで努力してきた。だからほんの少し頑張れば何でも出来るようなルーンやミリィを見ると苛立ってくるし、惨めになってくるの。どうしようもないわね……ふふっ」

 メロディアは自虐的に笑っていた。メロディアは単純にミリィが気に入らないだけ――話を聞く限りはそう聞こえた。あるいは憧れや嫉妬に似た感情なのかもしれない。メロディアも自覚しているだろう。だからこそ、気に入らない。存在そのものが暗い感情を刺激するのだ。

「……メロディアさんはミリィさんと仲直りしたいんですか?」
「仲直り、ねぇ。そういうわけじゃない。単に合わないだけ。そう思っているのは自分だけ。仲の良い悪い……ミリィは微塵も気にしていない。だから平気でやってくる。私が邪険に扱っても来る。私が煽れば相手も煽り返す。あの子は自分が思ったことを勝手に喋るだけ」

 よく言えば自分に正直、悪く言えば自分勝手で天衣無縫。メロディアの存在はミリィに何の影響も与えない。そこらへんに咲いている雑草と変わらないだろう。

「思えば昔から活発で対照的だった。わざわざやらなくてもいいことをやるような子だった。特に火に油を注ぐのが好きって言えば、分かりやすいかしら」

 いざこざがあれば、さらに面倒ごとを増やそうとする。面白い話をすればすぐに寄ってくる――自分が痛い目にあっても何一つ気にしない鋼の心と鳥のような自由さを持っていた。揉め事を忌避するメロディアとはどこまでも対極的だった。

「……関係ないのに色々喋ってしまったわね。レイン殿下の方を気にしなきゃいけないっていうのに」
「気にしないでください。私も考えるきっかけになったので」

 人の心は様々な様相があり、輝きがある。自分ではどうしようもない感情もある。それも含めて自分のものなのだ。誰にだって渡せないし、指図されたくない。レイラは今一度、レインに対する思いを胸に刻む。
 しばらく無言が続いたが、急にメロディアが立ち止まる。立ち止まった先の奥からは張り詰めた空気が流れている。燭台が照らす先には、荘厳な装飾が施された巨大な扉があった。どうやら、ここが迷路のゴール地点のようだった。

「これでも私は貴方達が和解してくれることを少し期待しているのよ――なんてね。私の言葉は気にせず、貴方の思うままに行くがいいわ。それがきっと一番だから」

 メロディアはにこやかに笑う。暗い迷路から解き放たれたような、笑顔を見せた。先ほどの話で幾分かすっきりしたのかもしれない。出来れば和解できればいいなと、レイラは心の片隅で思うのだった。

「……さぁ、心の準備はいいかしら?」
「出来ています。私は何があっても、先へ行きます。真実の先まで――」

 レイラは扉に手をついた。扉は重たく、何人たりとも入らせないような力強さがあった。それでも扉はゆっくりと開いていく。まるで獲物を待ち構えているように。

「私は一旦下がるわ。貴方も殿下も……邪魔されたくないでしょうから」
「案内、ありがとうございました」

 部屋の中へ入っていくレイラを見送りメロディアも踵を返した。扉の奥にはレイラ以外の他に人の気配を感じていた。恐らく、レインはすでに封印の間にいるのだろう。彼がどんな思いでレイラと対面するのかは気になるが、邪魔するのは野暮だ。メロディアは踵を返し、来た道を戻っていった。