「ごめんねぇ、話の腰を折っちゃって。あははっ」

 メロディアとミリィの間でひと悶着があったものの、最終的に落ち着いたようだ。メロディアはもはや何も言わなかった。これ以上言ったところで時間の無駄だということは本人も重々分かっていた。

「やっとですね。何か色々と逸れてしまったんですが。あ、そうだ。先ほどメロディアさんが言っていたように、私に直接言えばよかったのに、なぜわざわざここへ連れてきたんですか」
「姉さまが知りたがっていたっていうのは本当なんだけど……まぁぶっちゃけ。ルーンを出し抜くには今しかないって思ったのさ。最後の封印がちょうどいいタイミングなワケよ」

 何やら不穏な空気を感じる。レイラは騒めく心を落ち着かせながら、慎重にミリィへ問いかけた。

「出し抜くって……貴方は一体何をするつもりなんですか」
「あー言い方悪かった。私はホントになーんもするつもりはないよ。本当に親切にレイラへ情報提供したいだけ。ホントよ?」
「この子は面白くなればなんでもする人間。だから、あまり深く考えない方が良いわ」
「さっすがぁ。姉さま良く分かってる~そういうことなんで、大した理由は無いの。ルーンより先にレイラへ伝えたほうが面白そうだから……それだけ」

 メロディアが言うのなら本当に何も企んでいないのかもしれない。本人も話したほうが面白くなるからと言っている。ミリィの表情を見る限り、本当にその為だけに来たような気がする。ルーンを出し抜くには今しかない――ミリィの性格からすると、予想外の行動を取ることによって焦るルーンの姿を見たいのかもしれない。不謹慎ではあるものの、レイラも少し気になってしまった。
 
「そんじゃまー仕切りなおして……レイラはルーンとかその他諸々について知りたい?」
「私は少しでも前に進む為に知りたいです」
「いいねぇ、その目。覚悟決めてんだ」
「けど、あなたの情報を鵜呑みにするつもりはありません。最終的に私が……私自身で真実を見極めます」

 本当のことは改めてルーンに問いただす。それだけは変わらない。
 レイラの態度を見たミリィはつまらなさそうな顔をした。レイラが断ろうがぶちまけるつもりだったので、自分から進んで知りたいというのなら願っても無いことだ。

「ま、信じるも信じないも別に私にはどうでもいいんだけどさ。とりあえずレイラの選択肢に敬意を表してありのままの事実を伝えますね。ルーン――彼は魔女王の忠実な部下です。魔女王の名は――レガリアっていうらしいね! レガリアは裏側から世界を支配している魔女と噂されていて、彼女の存在――神秘に触れようものならこの世から消されるといった噂があります。恐ろしい! 嘘みたいな話だけどホントなんだって!」

 矢継ぎ早に出てくる情報――わざとらしくミリィは怯えるしぐさをした。
 しかし、その表情の下は笑いをこらえるので必死なようだった。

「魔女王……本当にいるんですね」
「ありゃ驚かないんだ。もしかして誰かから聞いてたりする? まぁ情報提供者によれば、ピンク色の髪をしていて偉そうらしいよ。なんか分かりやすい性格だねぇ」
「ピンク……」

 レイラは記憶の糸を辿る――これまでグラスが見せた記憶、ディユー島での出来事――ミリィの話をただの噂話で片づけられたらどれほど良かっただろうか。欠けたパズルのピースと絵が揃っていく。これが現実であり、真実なのだろう。
 しかし、それでもレイラはルーンがレガリアの手下だということが信じられなかった。そうだとすれば、ルーンの願いはレガリアの願いということになる。ますますルーンの願いから遠ざかっていくような気がした。

「つーかさぁ。そういう存在ならマジでいるならオマエ、今頃消されてね?」
「私は超有能魔術師だから」
「……なんかもう、ついていけないわ。メロディアどうにかしなさいよ」

 フルールは思いっきりソファにもたれかかって天井を眺めていた。あまりの情報量に真面目に考える思考回路がパンクしてしまったようだった。
 メロディアはフルールと違い、真剣な目つきをしていた。

「魔女王……レガリア。ルーンからははぐらかされたけれど、間違いではなかったのね」
「あら、姉さまも知ってたの?」
「同業者から噂ぐらいに聞いてるわ。普段ならスルーしていたけれど、どうにもきな臭い匂いがしたから。私が巻き込まれないようにって、保身の為に調査していたのだけれど、結果的にはそこまで知らなくて良かったみたいね。そういった意味ではルーンの忠告も間違っていなかったということになるのだけれど……まぁ複雑」
「姿を見たら死ぬとかいう都市伝説だから、要はレガリアを追わなければいいんだよ」
「それで結局、ししょーはそのレガリアって人に従ってるわけで、世界の破壊を望んでるのはししょーじゃなくてレガリアさんってことになるんでしょうかねー?」

 ミリィの話を事実だと仮定すればレガリアが世界の破壊を望んでいるということになる。ルーンはその為の手助けをしているに過ぎない――ルーンの本当の願いではないという真実が出てくる。レイラは少しだけ希望が見えたような気がした。
 しかし、ここまでの話はミリィから伝言で聞いただけだ。レイラにはここに全ての真実があるとは思えなかった。あくまで参考程度というよりも、頭の隅に入れておくぐらいでいいだろう――そう思っていたが、ミリィの情報によりさらに混乱が増していく。

「世界の破壊って言うけどさぁ。そもそも世界が壊せるくらいの力があるなら、その逆も出来そうな気がするよねー」
「逆って……創造?」

 今の世界を壊した先に新しい世界を創る――そういったことも出来るというのか。メロディアは半信半疑だった。そんなこと誰も見たことが無いだろう。世界を変える程の力――メロディアの中で何かが繋がっていくようだった。椅子から飛び降りてある本を探した。
 そしてレイラ達がいる机の上にある一冊の古びた本を置いた。タイトルは見たことも無い本だった。

「紫の英雄譚――魔導士ヴィオレットのおとぎ話の元になったモノよ。元は歴史書の原本だけれど、これによると『願いの力にグラスは惹かれ力を授けるのだ。グラスが惹かれたヴィオレットの輝きはこの世の全てを超越し、世界を創りかえるほどの力を持つという。常識や法則などをあっという間に塗り替えてしまう。その力を実証するようにヴィオレットの力で戦乱などあっという間に無かったことになった。彼はとんでもない人間だ』と書かれていたわ」
「グラスって……ヴィオレットの力はグラスによるものだったというんですか!?」

 レイラは思わず身を乗り出していた。ミリィはある程度分かっている様子だったが、他は分かっていないようだった。

「なるほどねぇ。あっはっは――ヴィオレットの血筋ってそういう運命なのかね。ホント面白くなってきたじゃん」
「勝手に納得してんじゃねーよ。意味分かんねーっての」
「はいはい、拗ねないで。グラスってのはね今でいう魔力のことを指すんだよ。詳しく言えば、魔力はグラスの許容量を示しているの。トップクラスの研究者レベルじゃないと知らない話だから一般人が知らなくても仕方ないんだけど。魔力が何から生まれているかは、さすがに知ってるよね?」
「この世界に溢れる自然の力でしょ? 私達の中にもあるっていう――」
「私達が災厄と呼んでいるものも、魔力の一部なんだよ。だって、災厄は自然の力そのものなんだから」
「え、それじゃあ封印してたのって……」

 フルールの表情はさらに険しくなっていく。フォルテは腕を組みながらうーん、と唸り、セゾンは自分で焼いたクッキーを食べ進めていた。

「本来なら絶対に封印出来ない代物ね。でも、何らかの方法によって封じられた。恐らく、魔女ヴェーダは災厄の封印を持続させる為の餌だったって所かしら」
「ヴェーダも自分でそう言っていたのでそうなんでしょうね。いや、それよりも! グラスの力は世界を破壊するだけじゃないってことですよ!」
「そこねーレガリアがここまで下準備してやることが世界の破壊だけだと思えないんだよね。だって、実際ヴィオレットの書では世界を変える力みたいなニュアンスじゃない」
「壮大な話になってきましたねー」

 思い切り蚊帳の外で話を聞いていたセゾンは適当な感想を述べ、フルールはもはや理解する気が失せて再び天井を眺めていた。フォルテは逆に話を聞いて目を輝かせる。

「なーんか面白そうな話じゃねぇの」
「貴方はグラスに認められていないし、関係の無い話よ」
「魔法って思いとか意思の力に左右されるモンだろ? だったら、オレの魔法に対する情熱は誰にも負けねぇぜ?」
「方向性が違うっての。ただの魔法馬鹿じゃ意味ないんだよ」

 魔法に対する思いが強くても意味は無い――レイラは恐らく、魔法を使う理由にこそグラスが好む輝きというものが宿るのだろうと薄々感じていた。魔法を使って成し遂げたい願い――グラスはそこに興味を示している。だとすれば、レイラには強い願いがあるということになる。
 しかし、未だに答えが見つけられなかった。グラスはレイラの輝きを見出していたようだが、グラスは何を見ていたのだろうか。

「んだよー面倒くせぇな。もっと力をつける為の参考になるかと思ったけどそういう話じゃねぇのかよ」
「世界を変える力を貴方に持たせたところで、碌なことにならないでしょ。グラスはそういうのが分かってるのよ」
「それで、結局話をまとめるとルーンはその……レガリアの手下で? レガリアは世界の破壊じゃなくてグラスの力を使い、世界を創りかえようとしてってこと? 頑張ってまとめたわ……!」
「私の見解はそんな感じ。詳しい話は……直接本人に聞いてくださーい。そこらへんはあくまで私の推測なんで」
「直接って……出来るわけないでしょうが!」

 フルールのまとめはかなり簡易ではあるがかなり分かりやすかった。
 だが、肝心なミリィの情報は曖昧だった。若干、信憑性に欠けるもののディユー島の件を含めるとあながち間違いはないのだろう。魔女王と呼ばれる“レガリア”という存在がいて世界を裏側から操り、自身に都合の良い世界を創ろうとしている。そして、ルーンはレガリアの部下でレガリアの願いを叶える為に行動している。
 世界を創りかえるというのは、あくまでミリィの憶測にすぎないが、もし本当なら世界の破壊どころではない。世界の破壊でも十分恐ろしいことなのに、そのうえ世界を新しく創るなど神の御業に等しい。グラスにそこまでの力が宿っているとは――レイラは今更ながら災厄の力に恐怖を覚える。

「でも最終的にはレイラ次第ってことか。あぁなるほど……その為の契約魔術。その気になれば魔術も学べただろうに……詰めが甘いのはわざとかそれとも……よし、決めた。レイラにかけていた術を解いちゃお」

 ミリィは悪戯っぽく笑みを浮かべる。吉と出るか凶と出るか、それとも見たことも無い景色が出るか――ミリィの心は久々に高ぶっていた。