記憶の流れが来ると思いレイラは身構えた。再び景色が移り変わっていく。今度は観客として劇場で見ているような感覚だ。沈みながら直接流れ込んで来るものではなく、比較的落ち着いて見ることが出来た。ただ、近くにグラスの気配を感じるのでそれが少し気になった。映像は色褪せたフィルムのような記憶だった。本当に、映写機で再生されているかのようである。レイラは静かに集中することにした。
『ねぇ。君は旅人さんなの?』
少女が何気なく少年へ話しかけているようだった。
『この町で同じ年の子がいないからさーお友達になって欲しいな。一日だけでも、ね? お願い!』
友達という言葉に反応を示したような気がした。
『へぇ、魔法使いなんだ! ねぇねぇ魔法見せてよ。この町に魔法使いっていないんだよね。やっぱり色んなことが出来るの?』
どうやら登場人物は少女と魔法使いのようだった。
『行商の街だからね。私の家泊っていってよ。安くするからさ、ね?』
強引に手を引く少女、何一つ顔色を変えない少年。
『もっと笑おうよ。楽しくもないのに何故笑うって? 東洋にはね『笑う門には福来る』って言葉があるだって。旅の人に教えてもらったの。笑って幸せが来るって素敵よね』
少女の姿は映らないが、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
『私ね、この町が好き。この町の人も。みんな笑ってるから。楽しいから。幸せが来るって信じてる。もちろん私もね』
微笑ましい情景だった。少女の元気溌剌とした声が聞こえてくる。映像は少女の視点なのかレイラの目には虚ろな目をした少年の姿だけが映し出されていた。
少女の方は明るく前向きで、声だけでも元気そうな子だと分かる。
一方少年の方は、何を考えているのか分からないうえ、一切表情の変化がなかった。少女の話もどこか上の空といったふうで聞いているようだった。
何のとりとめのない会話。穏やかな日々が流れていた。少女は十分幸せそうに思えた。
しかし、そんな日常は長くは続かなかった。
映像は暗転し、人々の何かに縋るような、叫び声が聞こえてくるようになった。そこからアングルは変わり、少女の視点から神の視点になった。街の外に出ようとする者もいたが、何らかの力で出られないようだった。地面が割れていき老若男女問わず、闇の中に飲み込まれていく。阿鼻叫喚地獄だ。
『何が起こっているの!?』
少女の焦りと不安声が聞こえてくる。俯瞰で眺めるレイラも同じような気持ちだった。少女は息切れもしながら、どこかへ逃げようとしている最中だった。
しかし、少女の目を通してみる限りは逃げ場など無さそうだった。やがて少女は町の端まで来たが、街の外へ出ることは叶わなかった。何故か、透明な壁のようなものが出来ていたのだ。呆然としている間にも、人々は飲み込まれていく。建物も何もかも、崩れていき活気づいていた町は見る影もなくなっていた。
『どうして、こんなことに……』
立ち尽くしている少女の目の前に旅人の少年が現れた。少年は少女と触れられる距離にいる。少女が手を伸ばすも、間には越えられない透明な壁があった。少女は必死で見えない壁を叩く。
『どうして!! 私は……死にたくないよぉ……いやぁ! 助けてよ!!』
壁を叩きつける少女の手にはいつしか血が滲んでいた。泣き叫ぶ少女に対し、壁を隔てた向こう側にいる少年は空虚な瞳で見つめているだけだった。タイムリミットは迫っていき、少女がいた場所も飲み込まれようとしていた。
『いやぁあああぁあああああぁあ!! 私、わた……し、あぁあああぁあああああぁあ!』
少女の体がどんどん埋まっていく。抜け出せない――まさしく泥沼にはまった感覚である。レイラはこの映像を見て、自分が封印された時を思い出した。
(そんな、まさか……)
思わず、声似て出してしまうくらいの既視感。少女の目線はどんどん低くなっていく。もはや絶望的な状況の中、さらに少女は絶望の底に叩き落とされる。
『ごめんね。君は何も悪くない。悪いのは全て僕だから。どうか僕だけを憎んでくれ』
飲み込まれる寸前に少女は少年の言葉を聞いてしまった。少女の表情は絶望に変わっていく。
『どう……して、ど……うして、ルーン。……どうし――て。そんな、苦しそうなの……ねぇ』
『苦しそう……? 僕が?』
ぶつん――と、そこで映像は途切れてしまった。映し出された映像を見たレイラはしばらく何も考えられない状態に陥った。
真実――とは一体何なのか。一つではないことは確かである。だとすれば、あれも数ある真実の中の一つとしか言いようがない。それでも、レイラは問わずにはいられなかった。
(……あれは、本当にあった出来事なのですか?)
(まごうこと無き真実。貴様が追い求めた真実の一旦よ)
レイラは深くくため息を吐いた。どんな真実が待っていたとしても、受け入れるとは言ったが気持ちの整理ぐらいはさせて欲しかった。映像を見た感想は、最初の雰囲気から一気にどん底に叩き落とされたような気分で、後味の悪いものだった。
それに、自分と重ねてしまい見ていて気持ちの良いものではなかった。あの少女は何を最期に思ったのだろうか。
そして少年は――ルーンは沈みゆく少女を見て何を思ったのか。
(……本人に問いただすのが手っ取り早いんでしょうね。本当の思いはここには無いから……)
(衝突の輝きはかなり好きだぞ)
(輝き、輝きって本当に何なんです? 思いの度合みたいなものだと解釈しているのですが)
グラスはレイラの困った表情を見ながら、クスクス笑っていた。一体、どういう感情なのだろうか。
(輝きは死ぬ瞬間に強く表れる――それは生への渇望と死への恐怖が入り混じるからだ。しかし、それ以外にも強く輝くものがある。人の思いそのものだ――譲れない思いを持つ者ほど輝きは強くなる。我はそういった輝きを好むのだ。美しい輝きを見せる者には、それ相応の力を与える。貴様達、人の子が魔法というモノ……あれはその典型だな)
グラスは輝きを求め、それに応じた力を与える。
それがこの世界における“魔法”と呼ばれるものであった。魔法は才能ありきだが、芯が強ければ強いほど力は強くなる。才能の差を埋めるのは思いの力――清廉だろうが醜悪なものだろうが、グラスが認めたらその分、力をくれるのだ。
(世界の秘密に触れた気がしますね……)
(これを知る者は限られているだろうな。そう言った意味では世界の深淵を貴様は覗いたことになる)
(なんだか、よく分からないことになってきましたね)
(どんな真実が待っていようとも、貴様は掴み取るのだろう。我は信じているぞ――貴様の思い、真実、輝きを)
グラスの姿は薄くなっていく。グラスの言う通り、この先何が待ち受けていたとしても、全てを知ったうえで、自分で選択する。レイラは過酷な現実と向き合う覚悟を決めた。
グラスが消えていくのと、同じようにレイラの意識は再び深く沈んでいった。深い絶望に飲み込まれたあの少女のように――