「何が、起きて……何なの……クソ」
「……雷と風の合体魔法みたいだけどねぇ~ルーンさんが言ってた魔法使いか何かじゃないのぉ?」
「レイラちゃんは……?」
「離れ離れになっちゃったねぇ~」
「……ちっ、よりにもよってお前と一緒かよ」
ラパンとミレドは同じ場所に飛ばされたようだった。落ちてくるときにあちこち打ったので体が少し悲鳴を上げていた。肉体強化の魔法が追いつかず、もろにダメージを受けたラパンに対してミレドはぴんぴんしていた。元から頑丈な奴だとラパンは思っていたが、もはや頑丈では済まないような気がした。一体、どんな魔術を使っているのやら。
「……とりあえず、周りを見てくるからあんたはそこにいて」
「やだよぉ~寂しいこと言わないでよぉ」
「……キショいからやめて。はぁ、もう好きにしろ」
ミレドと一緒に行動はしたくないが、言い合っていても埒があかない。ラパンは諦め、一緒に周辺を散策することにした。どこにいるのかも分からないが、何があるのかだけは知っておきたかった。背丈の倍以上ある木がたくさん生い茂っており、空を覆い隠していた。どうやら、ジャングルの中にいるようだ。
「……とりあえず、人の気配がする方へ行ってみる」
「了解~」
レイラ達と合流出来るか、それとも先ほどの嵐を巻き起こした島民と思われる人間と鉢合わせするか――運に任せるしかない。何があっても対処出来るように、神経を研ぎ澄ませる。
「結構大きい島だねぇ~」
海に通じる道もなくひたすら木々の合間を縫って歩くしかなかった。太陽の光が降り注ぐことのない島の中は、不思議な空気が漂っている。檻のようにも感じられるが、外から隔絶されたような世界にも思えた。思い出したくはないが、ミレドの術に近いものを感じる。
「……変な感じがする。何これ」
「多分だけどぉ、島全体に術がかかっているねぇ~」
「そうなの?」
「術がドーム状になってるね。外界と遮断するような術かなぁ~入った時から思ったけどさぁ、不自然な島だよねぇ」
自分の感覚と、ミレドの言うことを真に受ければこの島には大規模な術がかけられている。ディユー島へ来る前にルーンが言っていたのはこのことかもしれない。ミレドの結界よりはマシだが、それでも不思議な感覚は抜けない。敵の術中にいることに変わりはないので、油断は出来なかった。ラパンはこれまでずっと体力強化の魔法を酷使したせいか、疲労が溜まってきていた。
「……広い場所に出そうだからそこで休む。ちょっと疲れた。進みたければ進んで」
「え~寂しいからやだ」
「……うざ」
飛ばされた地点よりも少し狭くなっているが少し開けた場所に出た。ラパンは木の根元に腰を掛ける。ミレドは座らずに寄り掛かった。しばらく無言の状態が続いていたが、先に沈黙を破ったのはラパンだった。
「あんたさぁ。どうしてあの時、腕輪を壊したの」
あの時はミレドの言葉に惑わされて、何も考えられなかったが今となっては不自然だった。腕輪を破壊することを交換条件にすれば、ラパンを従わせることが出来たはずである。
「ん? あぁ、アレ。あんまり考えてなかったなぁ~壊れないっていうなら、壊してみたくなるでしょ~」
なんてことないように、ミレドは言う。壊してみたかったから、壊した――本当にそれだけだったのだろうか。万が一、壊した後に逃げようとしても、逃走防止の術をかければ逃げられないようにすることは可能であるはずだ。研究目的にラパンの力を欲していたのなら、そこまでしてもおかしくはない。それでも、ミレドはやらなかった。煽るだけ煽って、ラパンを見逃したように思えた。
「……下見に来た時、キミは空を見上げていることが多かった。ずーっと外に出たいんだろうな、って思ったんだよねぇ~」
「……は?」
ラパンの思考は一瞬だけ止まったが、その後何を言っているのかを理解した。それと同時に、ずっと見られていたという事実に対して羞恥の感情が湧いてきた。あの頃の自分は見るに堪えないものだった。
「キミを自由にしたかった。あの場所で潰されて欲しくなかったっていうのは本当だよぉ~」
「し、信じられるわけないでしょ」
「酷いなぁ……自分から聞いたくせに。何を言っても信じてもらえないなら言う必要ないよねぇ。キミの両親がもうこの世にいないのも、どうせ信じてもらえないだろうし~?」
「なっ…………ちょっと、それ……どういうこと!?」
思わずミレドの胸ぐらを掴んでいた。ミレドが揺さぶりをかけている可能性も否めない。自分を捨てた親がいなくなっているなど――ラパンは激しく動揺していた。
「言った通りの意味だよ~襲撃前にラパンの周りを身辺調査したんだけどねぇ。キミの両親は施設へ足繁く通っていたけど、面会謝絶されていたみたいでさぁ。そのうち施設の良くない噂を聞いて引き取ろうとしたけど、呆気なく始末されちゃったみたい。研究者はキミの才能に目を付けていたから手放したくなかったんだろうねぇ~」
よろよろと、ラパンはミレドから離れていく。視界はぐらぐらと揺れていた。本当にそれが現実であり、真実なのか――ミレドの言葉が頭の中で響く。
「は、はは……そんな、」
絶句するしかなかった。あの施設がろくでもない場所だったのは知っていたが、まさかそこまでやっているとは思わなかった。ミレドの目は冗談を言っている感じではなかった。冷や汗も流さず、目も逸らさない。むしろ逸らしたかったのはラパンの方だった。嘘であればどれほど良かっただろうか。この話で一つだけ幸いと言えるのは、ラパンの両親が彼女を見捨てたわけではなかったという事実。ラパンは愛されていた。ラパンの両親は最期まで彼女を愛していたということだろう。
「切り札的な情報だったからさぁ……言おうか悩んだんだよね~今はキミと一緒に旅してるからもうどうでもいいかなぁって、思ったんだけど。あまりにも悲しいことを言うから、ちょっと意地悪したくなっちゃったぁ~」
「…………」
ラパンは座り込んで俯くしかなかった。謝りたいと思っても、その相手はこの世にはいないという現実。両親を疑ってしまったことを強く後悔していた。どうしてこうも皆自分を置いて先に行ってしまうのだろう。自分だけが不幸だと思って走り続けていた。本当に、そこら辺で野垂れ死んでいれば良かったのに。
「死んだほうがよかったとか思ってるんでしょ。分かるよぉ~ボクだって村から追い出されたときとか、母さんが死んだときに辛くて死にたくなったさ。でも、どうせなら世界に爪痕残したいなぁって、思ったんだよね。何でこんな所で死ななくちゃいけないんだ~ってさ! ラパンもボクから逃げたとき、こんなところでくたばりたくないって、心のどこかでは思ってたでしょ~?」
あの時は生きるのに必死だった。仲間の死体を見てああはなりたくないと思った。その思いが過酷な境遇の中でもラパンを生かし続けてきた。今は死にたいと思っているが、少なくとも施設にいるときは死にたくないと願っていた――永遠に籠の中でも構わないと思うほどに、彼女は生を渇望していた。それすら、叶わない仲間もいたというのにさらに外へ出たいという願いは過ぎたモノだったのかもしれない。結果的にその思いが、ミレドを引き寄せたといっても過言ではなかった。
「……あの頃は確かに生きたいと思っていた」
「今は死にたいってわけ。贅沢だねぇ~」
ミレドが何を言っても、返す気力が湧かなかった。言われている通りなので、否定する気もない。
「過去は最悪だけどさ……ボクらは今、世界が変わる瞬間が見られるかもしれないんだよ? すごい瞬間に立ち会えるかもしれないんだよ~?」
「……私は、レイラちゃんが世界を滅ぼすっていうから手伝ってる。世界が消えれば私は死ぬでしょ」
「なるほど。確かにそうだねぇ~」
「……あんたはどうしてついてきたの」
ミレドは純粋に研究者気質で付いてきたのかもしれない。だが、どう考えても誰かと一緒に行動するようなタイプには見えなかった。迷いの森を人喰い森にさせるくらいの根暗だ。間違いなく、何か目的があるはずだ。
「力に興味があるって言ったでしょ~って、まあそういうことじゃないのは分かってるよ。ボクは本音を言うと世界が変わる瞬間に興味があるんだよねぇ。レイラ様がヴィオレットの血筋ならもしかしてってこともあるだろうし……それに巻き込まれて死ねるなら光栄じゃない?」
ミレドの願いもまた、死であった。それもありきたりな死ではなく、とびきり華やかな最期を求めていた。それこそ、ヴィオレットの物語のような世界が来るのならそれを感じたい――それが彼の真実だった。何を考えているか分からないミレドの考えに少し触れたラパンは、笑うしかなかった。ここまで落ちたなら、さらに落ちるしかないだろう。
「……とことん狂ってるわ」
「キミも似たようなモノじゃないかなぁ~」
「……あんたと一緒にされるのはごめんだよ」
ラパンが逃げた事実も、ミレドの行いも消えることはない。過去の行いは消えることなく残り続ける。
それでも、生き残った以上は背負わなくてはいけない。それこそがラパンに課せられた罰なのだろう。あの痛みを忘れてはいけない――世界が壊れる、その時まで――