「いったたぁ。何だったのでしょう……」

 レイラがいた場所は波打ち際だった。嵐に巻き込まれて飛ばされたのは覚えていた。海に落ちたのだろうか。あの状態で助かっているのが奇跡かもしれない。

「嵐の直前に人の声が聞こえた気がしましたが、件の魔法使いでしょうか……」

 あまりにも不自然に発生した自然の脅威――何者かに攻撃されたのは間違いなかった。レイラ達が来ることを分かっていたかのようなタイミングでの襲撃だった。通り道が一か所しか無い以上、誰かが入ってきたらすぐに分かるだろう。

「また濡れてしまいましたし、砂が……」

 体が痛むが、何とか立ち上がって砂を払う。水に関しては乾きそうにもないので、自然に任せることにした。風の魔法を使えば乾くのかもしれないが、暴発したらまた空へ舞い上がりそうなのでやめた。落ち着いたところで辺りを見渡してみる。

「中心部には森のようなもの……恐らくそこに封印があるのでしょうね。外から入れないという割には、水平線はしっかり見えますね」
「結界が見えていたら意味ないからね」

 聞き覚えのある声にレイラは思わず振り向いた。そこには疲れ切ったような表情をしたルーンがいた。

「ルーン! 無事だったのですね」
「はは、何とか。災難だったね」
「さっきのは一体なんですか?」
「この島にいる魔法使いの魔法さ。いきなりだったから、僕もびっくりだよ……あはは」

 ルーンの態度は軽い感じではなく、どこかぎこちなかった。この島には一体何が潜んでいるのだろうか――レイラは少し不安を覚えた。そんなレイラの不安を感じ取ったのか、ルーンはレイラに優しく言った。

「あれはきっと挨拶みたいなものだ。あまり気にしなくていいよ」
「いやいや、あんな過激な挨拶ありますか!?」

 挨拶と呼ぶにはあまりにも厳しい洗礼だった。間違いなく、あれは侵入者を撃退するような威力であり、お出迎えである。すんなり行けそうだと思ったのに、前途多難である。

「……とにかく癖が強くて破天荒なんだよな。昔からあんな感じだ。あれで通常運転」
「その口ぶりですと、親交があるんですか?」
「親交っていうか、多少世話にはなってるくらいかな。ヴェーダがいるときは面倒だから詳しく言わなかったけどさ」
「どんな人なんですか?」

 過去を語りたがらないので、言葉を濁されるかと思いきやルーンはすんなり答えてくれた。

「かなり古い魔法使いだよ。かれこれ五百年以上も生きているとか言ってたっけ」
「なっ……不老不死なんですか?」
「そうじゃないだろうけど、何なんだろうね。僕も詳しくは知らないんだ。ちなみに僕は一度もその魔法使いに勝ったことないんだよね。一時期ここで特訓してたんだけど、最後まで勝てなかった」

 また一つルーンの過去が明らかになった。レイラとしては話してくれるだけでも嬉しかったが、もっと知りたいという気持ちが一層強くなる。

「意外とルーンは色んな人と関わっているんですね。私ももっといろんな人や世界を見れたらいいなぁ」

 当てつけのように聞こえるだろう。少しくらいは許して欲しいものだ。

「……レイラはさ。やっぱり世界を壊すの嫌?」
「そういうわけじゃないですよ。ただ、進んで壊したいかと問われたら「いいえ」と答えます。これが私の正直な気持ちです」
「そっか」
「でも、私はそれでもあなたの願いを叶えたいと思っています。何かも無くした私に、あなたがくれた唯一の希望ですから」

 未だに願いというものは曖昧で形を成していない。それでも、この間はグラスが応えてくれた。少しばかり、前に進めただろうか。自分の本当の気持ちは――真実は変わらない。誰に何を言われようと、曲げるつもりはない。

「彼女は……グラスは今の私では願いを叶えられないと言いました。そんな私でも……あなたの願いを叶えられると思いますか?」

 グラスに言われた言葉は今でも心に強く残っていた。二回目の時は言及されなかったとはいえ、今の自分はどう見えるのか――力になれているのか。

「僕は、信じているよ。だけど、叶わないなら……それでも構わない」

 何を期待していたのだろうか。これ以上ない、優しさなのに胸が痛かった。叶わないなら――なんて言って欲しくなかった。叶えられなかったら、自分は何の為にいるのか。ルーンの本当の願いは何なのか――世界を壊すならそれで構わない。でも他に何かあるのなら、言って欲しい。

「あなたの、願いは何なんですか」
「……僕は――」

 ルーンは何かを言おうとして口を噤む。世界を壊すだけなら、普段から言っているようにそういえば言いだけだ。だが、ルーンは言わなかった。瞳の奥に一瞬だけ、憐憫を含めた悲痛な感情が見えた気がした。それでも踏み込まないといけない。このままでは、先へ進めない。

「言いたくないなら構いません。でも、これだけは絶対に答えてください。私とルーン……昔、会っていますよね? 私、四つ目の封印を解いたとき、思い出したんです」

 ヴェーダは以前、魔法への興味を失わせるような魔法もあると言っていた。ならば、記憶を操作する魔法があってもおかしくはない。三つ目の封印を解いたとき、瞬間電撃が走ったように思い出した。グラスが見せる景色と連動するように、呼び起される記憶の波に最初は困惑した。色々な出来事があって、深く考える時間が無かったが今ならはっきり思い出せる。

「グラスの力が強まるにつれて、魔法の効力が弱まる、か。やっぱ、僕の力は中途半端だな」

 ルーンは力なく笑っていた。否定も肯定もしないが、ルーンの態度を見る限り、過去に出会っていたことは間違いなさそうだった。

「どうして黙っていたんですか」
「言わなくてもいいことだから、言わなかった。それだけだよ」
「はい、そうですか――って。納得すると思いますか?」

 ルーンへ詰め寄るが、ルーンはレイラから視線を逸らしていた。よほど、知られたくないことがあったのだろう。どんな事実があろうとも受け入れるつもりだった。踏み込んだ以上、後戻りは出来ない。

「……僕は」

 言葉が紡がれようとした瞬間、レイラとルーンの間に雷の矢が突き刺さった。バチバチと矢は電気を帯びている。

「いたいたー! はっけーん。元気……元気ないね!? そんなんじゃ強くなれないぞっ!」

 金髪ツインテールの少女はルーンに駆け寄っていった。もう一人の黒ずくめの少女は、ツインテールの少女の素行を見てため息を吐いていた。

「…………どなた?」
「あたしはマリエル。気軽にマリーちゃんって呼んでくれていいよん!」

 レイラは何が何だか分からないまま、立ち尽くしてしまう。目の前にいる少女――マリエルのテンションに圧倒されるばかりだった。

「……うるさくてすまんな。私はサリーヌ。この島に住む者」

 マリエルとは対照的に礼儀正しいサリーヌは深々とお辞儀をした。連れが迷惑かけて申し訳ないような口ぶりだ。当のマリエルはそんなこともお構いなしに、ルーンへ話しかけていた。

「ルーンちゃんはデカくなったなぁ。また特訓してあげようか?」
「遠慮しておくよー」

 やたらとぐいぐい来るマリエルにレイラは目が離せなかった。ルーンが先程言っていた、癖の強い魔法使いというのは明らかにマリエルのことだろうとレイラは思った。気圧されていても仕方ないので、聞いてみることにした。

「あのー……どういった関係でしょうか」
「ん、君は……?」
「レイラです。色々あって旅を――」
「あぁ、あぁ。知ってるぞー! ここにある災厄の封印を解きに来たんでしょ? 説明不要だよ。私は何でも知ってるすごい魔法使いなんだ。はるばるこんな場所までごくろーさま!」

 息もつかせず喋るマリエルに終始圧倒されるばかりだった。サリーヌは何も言わず、ひたすら呆れているようだ。

「うるさくてすまない。そういえば、質問に答えてなかったな。マリエルは昔ルーンを鍛えていたんだ。半月ぐらいだがな」
「あぁ、そうなんですね。ご親切にありがとうございます……」

 質問に答えてくれないマリエルの代わりに丁寧に説明してくれた。どうやら、師弟関係に近いようだ。先ほど、ルーンが言っていた特訓とはこのことだろう。

「師匠と呼んでもいいよ。一度も呼ばれたことないけどっ! きゃはは!」

 マリエルはけらけらと、無邪気に笑う。本当にルーンの師匠なのだろうか――正直な感想が湧いてくる。サリーヌによれば、マリエルが鍛えていたというので間違いではないのだろう。それでも、にわかには信じられなかった。だが、あの嵐を巻き起こしたのがマリエルなら話は別だ。

「そういえば、ここへ来た時すごい嵐に見舞われたんですけどあれって、何だったんでしょうか。やはり、ここは立ち入り禁止の場所だったんですか?」
「あー……あれね。あたしのミス。ホントごめんね! 忘れて、うっかり飛ばしちゃったわ」
「あぁ、そういうこと……」

 マリエルは申し訳なさそうに手を合わせて謝った。ルーンはマリエルの言葉を聞いて、事情を把握したようだった。ミスと言っている以上、この島は立ち入りを禁止しているわけでもなさそうだった。だとしたら、どうして先ほどのような攻撃を仕掛けてきたのだろうか――レイラの疑問は深まっていく。

「ここは立ち入り禁止というわけではない。今回はマリエルが部外者と勘違いしてお前達を飛ばしたようだ。私からも謝罪をさせてもらう。すまなかった」
「い、いえ……そんな。私もよく分かってないんで気にしないでください。」

 先ほどから謝ってばかりのサリーヌに対して、レイラは逆に申し訳ない気持ちになってきた。何が何だか分からないレイラに対して、サリーヌは懇切丁寧に説明してくれた。

「連絡を確認していなかったマリエルが勘違いで攻撃してしまった。お前達が受けた嵐の真相だ。ちなみに、完全な部外者だった場合はああやってマリエルが攻撃して、外へ送り返している。本来はやらなくてもいいことなんだがな」
「なるほど、大体の事情は分かりました」

 サリーヌはマリエルと違い、落ち着いていて話がしやすかった。真っ黒な衣装なので一見怖そうに見えるが話の分かる人で助かった――とレイラが心の隅で思ったのも束の間。

「そんでね! ルーンちゃんに話があるのよ。ちょい借りるね! すぐ戻る!」
「え、ちょっと……」

 マリエルは嵐のようにルーンをジャングルの奥深くへの中へ引きずり込んでしまった。ものすごい勢いで、話しかける隙すらなかった。

(……何か話した方が良いんでしょうか)

 レイラとサリーヌはぽつんと取り残され、あっという間に気まずい空間が出来上がったのだった。