「ルーン! ヴェーダ!!」
「魔術の腕は大したものだけれど、私の敵では無いわ。所詮子供騙しでしかない」
大地に刺さったナイフのように煌めく刃は、闇を溶かした後に光の泡となって消えた。光の向こう側からルーンとヴェーダが現れる。
「闇には当然、光でしょう? 眩しいのがお嫌いなようで」
「光ねぇ。嫌いだなぁ。こればっかりはどうにもならないんだよねぇ。魔術の構築に力を入れすぎちゃったなぁ~」
「というか、そこの魔法剣士さんは光魔法が使えないの?」
「……生憎、風と水専門なのよ」
「ま、それを抜きにしても、フルールには荷が重い相手かもしれないね。魔術の腕は確かなようだし」
「貴方に言われるのは癪に障るけれど、事実ね……」
容赦なくダメ出しを食らうフルール。言い返す言葉もなさそうに、悔しそうに唇を噛みしめていた。ヴェーダが魔法で拘束してルーンがミレドの持っていた本を取り上げた。ミレドは降参したようでがっくりとうなだれていた。
「もうちょっとで楽しめたのに~はぁ~」
「さっさと結界解きなさいよ。おら!」
「どうしよっかなぁ~」
ミレドは勿体ぶっている様子だった。まだ手札を隠しているようにも見える。ミレドの態度にぶち切れたラパンは胸ぐらをつかむ。
「……やっぱこいつ、殺したほうがいいよ」
「殺してもいいけど、そしたら君たちあっという間に素敵な焼死体になっちゃうよ~?」
「なっ、それって……」
ミレドを殺した場合、レ―ヴ森が燃えるということを示唆していた。結界はかけられたままなので、内部から焼き尽くされるだろう。
拘束を担当していたルーンは手に頭を当てて、ミレドの持っていた魔術書を見た。ミレドの態度と、魔術の腕前からして嘘ではなさそうだと感じているようだった。それでも、ミレドの魔術を構成する魔術書はルーンの手元にあり、アドバンテージはこちらにあると言える。
「……ヴィオレットの牢獄に放り込んだほうがいいんじゃない?」
ルーンが提案したヴィオレットの牢獄は特殊で、凶悪な魔法・魔術犯罪を犯した者が収監される。堅牢な牢獄は一人の脱獄者も許していない。レイラも話には聞いたことはあるが、どんな場所なのかは実際に見たことはない。
「ヴィオレットは好きだけど、牢獄はイヤ~なら全部燃やすぅ~」
「どうしようもないじゃないですか! もー! 何だったらいいんですか!?」
「う~ん。あぁ~どうしよっかなぁ~おねーさん達の封印を解く旅についていこっかなぁ~さっきの力も気になるし~」
ルーンとヴェーダは互いに顔を見合わせた。突然の提案に困惑しているようだった。ミレドはレイラのほうを見ながら、ニコニコしていた。
「元々キミには興味があったからねぇ。みんなボクの元に来ないなら、ボクから行けばいいんだって思ったのさぁ~」
誰も何も言えず、しばらく沈黙が続いたものの、ラパンが一番に破った。何をするかと思ったら、ミレドを思い切り殴った。
「却下! レイラちゃんに関わるな。死ね!」
「キミが決めることじゃないよねぇ~」
「それはそうだけど……お前は願い下げ!」
返答に困ったレイラはルーンの方を見やる。事の発端はルーンである。彼が良いと言うのならそれに従うまでだったが――
「レイラのお好きにどうぞ。実力は申し分ないし、魔術師である点を考慮すれば悪くはないと思っている。嫌ならいいし、後はどうにかするから」
「そう言われると、すごく困るんですけど」
レイラに全て委ねるようだった。ヴェーダも何も言わない。もしかすると、皆疲れているのかもしれない。レイラはものすごく悩んだ。
「力は貸すよ? 連れて行ってくれるなら、これ以上何もしないよぉ~逆に連れて行ってくれないと、術を解かないよ~」
悪魔の言葉のように聞こえる。要求をのまなければいつまでもこの場所に閉じ込められたままなのだ。状況を鑑みれば、さっさと承諾したほうがいいだろう。
「どうにも出来ないとはいえ、貴方達に任せるわ。さっきの言動を見ている以上、結界を解いた後に連行出来る程の人員もないし……ヴィオレットの騎士ながら、情けない……」
フルールはミレドを牢に入れることを諦めていた。彼女の実力では外に出た後、ミレドに逃げられてしまうだろう。レイラは腕を組みながら、最良の選択肢を考えていた。このまま仲間に引き入れていいのか悩ましい。
ミレドはそんなレイラの思いなど気にする様子もなく、フルールへ話しかけていた。
「おねーさんヴィオレットの騎士なの~いいよねぇ~ヴィオレットの牢獄って割と好待遇なんでしょ~」
「だったら、おとなしく入ってくれると有難いのよねー」
「それはむ~り~僕は魔導士ヴィオレットみたいに冒険したいんだよ~」
どうやらミレドは”魔導士ヴィオレット”に憧れているようだった。話の概要は、ヴィオレットが各地を旅して争いを止めるといった内容である。おとぎ話の類とはいえ、ヴェーダも一目置いている話なので、わりとコアな魔法使いなどには人気なのかもしれない。レイラは考えておきながら、だからなんだ――という気持ちになりかけたが大事なことかもしれないので、胸に止めておくことにした。ヴィオレットの話を聞いたからではないが、レイラは腹を括る。
「……封印は解いてありますし、ミレドが付いてきたいなら構いません。というか! そうしないといつまでもこの森にいないといけなくなる!!」
現状からの脱出が第一である――考えるまでもないことだが、ミレドがどうにも信用出来なかった。だからといって、立ち止まっているわけにはいかない。それに、先延ばしに出来る問題ではないのもある。
「あら、封印を解いていたのね」
封印を解いた――という言葉にヴェーダが反応する。
「あなた達と合流する少し前に」
大雑把に説明すると、ヴェーダとルーンはかなり驚いていた。一番びっくりしているのはレイラ自身である。グラスが答えてくれたことは、大きな進展であることに違いない。
「というわけなので、ラパン……いいでしょうか?」
「……レイラちゃん私は大丈夫。大丈夫。解いた後に何かしたら責任もって消すから、ふふ」
「なんかあったら、ラパンが何とかしてくれるっぽいし。いいんじゃない?」
ヴェーダの視線の先には、不機嫌そうなラパンがいた。何かしないか、ミレドを一挙手一投足監視しているようだった。
「……レイラちゃんが決めたことなら言わない。言わない。言わない……っ」
「滅茶苦茶嫌そうだねー」
「存在しているという事実でさえ嫌なのに、付いてくるとか……」
「そうねぇ。切っても切れない縁ってのは――」
「……言うな」
「……はい」
ラパンの剣幕にヴェーダは珍しく気圧されていた。この件に関しては、あまり刺激しないほうが良いと誰もが思ったのだった。放置されたミレドは暢気に呟く。
「とりあえず、拘束解いてくれないと何も出来ないんだけどねぇ~」
「そうですね。ラパンには申し訳ありませんが、止まっているわけにもいかないので。何かしたらその時は思い切りやっちゃって下さい」
「……ぐちぐち言ってごめん。ありがと」
「じゃあ解くよ?」
ルーンはそう言って、ミレドの拘束を解いた。光の環が消えて、晴れて自由になったミレドはひょいと立ち上がり、思い切り腕を伸ばした。
「んーやっぱり縛られるのって、好きじゃないなぁ。約束通り、この森の術は解くよ。ほいさっさ~」
ミレドが指を鳴らすと、森を覆っていた闇が晴れていく。森へ入ったときに感じていた、不気味な感覚も消え去っていった。がさがさ揺れ動く草むらには魔物も隠れていた。
「あれ、動物がいる……? 光が……戻っている?」
ラパンは生物の気配を感じた。入ったときには何も感じなかった為、ここはすでに生き物が死滅していたのだと思っていたが、どうやら違うようだった。
「キミらが見ていたのは幻だよ。動物さんはちゃんと生きているんだよぉ~こう見えても、生き物には優しいんだよ~」
どうやら、レ―ヴ森全体に幻術がかけられていたようだった。ミレドによれば主に人間の認識を狂わせる術で、森には何の影響もなく生物は生息していた。結界の外側から入り込んだ人間に対して、作用する特殊な結界だという。
「なんてことなの!? じゃあ人は……?」
「あ……人が死んでるのは現実だよ~大したことない人間は適当に追い出したよ。魔力の強い人間が必要なだけだからねぇ~」
「はは……」
フルールの目は希望から落胆の色に変わった。もしかしたら――という考えはどこまでも甘かった。結局のところ、人殺しである事実は変わらないし裁かれるべき人間なのは間違いない。当の本人は反省している様子もなく、大きく伸びをした。
「う~ん。さてと、久しぶりに森から出るかぁ~」
「普通に付いてくるのですね」
「言ったでしょ~お姫様の力とか気になるし~」
「あー……お姫様呼びはちょっと……普通に名前でいいですよ」
「じゃあレイラ様ぁ~すごい力持ってるし。尊敬しちゃうなぁ~」
「……ゴミが馴れ馴れしいわ」
ラパンがぼそっと呟いた。聞こえるように言ったため、ミレドはレイラに泣きついた。
「えーん。レイラ様~苛められたよぉ~」
「……気持ち悪い。やっぱ死んどけ」
「まぁまぁ。落ち着いてください」
レイラとして正直なところ、罰された方が良いのではないかと思っているが、約束を反故するわけにはいかない。ミレドとラパンが騒いでいる中、ルーン達は前でのんびり歩いていた。
「変なパーティになってきたね」
「変っていうか年下ばっかね。それも難アリばかり!」
「あーあ、私は何の為に来たのか……結局封印はいつの間にか解かれていたっぽいし……メロディアに合わせる顔もないし、レインになんて報告しよ……」
「そういう時もあるわよ。もっと気楽に生きなさいな」
「そして、魔女に慰められている……悲しみしか無い」
ヴェーダとルーンはそれほどでもなかったが、フルールはかなり疲労がたまっているようだった。かなり被害を受けていたので、仕方ないかもしれない。
「あ……森が――」
木漏れ日の中を歩き続けて、一行はようやく森の外へ抜けることが出来た。森を抜けた後はフルールがさっそくレイラに別れを告げた。やることがたくさんあるようで急ぎ足だった。
「レイラありがとね。強くなったと思うわ。それならレインとも――ううん。じゃあね!」
その背中はどこか寂しそうな雰囲気もあったが、レイラは引き止めることはしなかった。ただ、フルールに認めてもらえたのは素直に嬉しかった。
「あのおねーさん……仲間じゃなかったんだねぇ~」
「そうですね。フルールは成り行きで行動していただけなんで」
「そういえば、貴方達結局なにがどうなってあーなっていたの? もうちょっと詳しく聞きたいわ」
「かくかくしかじかありまして――」
――数分後――
「言いたいことは山ほどあるけど、まぁ無事で何よりだよ」
「そうだねぇ~」
「いや、貴方は関係無いでしょ。というか、貴方のせいでしょうが」
「……レイラちゃん。力になれなくてごめんね」
「ううん。私の方こそ悩んで、迷惑かけてごめんなさい。もう大丈夫です!」
今回、散々な目に合ったが少しだけ前に進めたと思っている。グラスが力を貸してくれたのが大きいだろう。風向きが少しずつ変わってきているような気がした。もう少し踏み込んでもいいのかもしれない――記憶のことも含めて、ルーンやヴェーダには聞きたいことがあった。これを機に、レイラだけではなく皆変わっていく必要があるのかもしれない。グラスの輝きがどこまで影響を及ぼすのかは分からないが、レイラがさらに自身の心を知る為には必要なことだ――雲一つない空、太陽が照らす大地をレイラは力強く踏みしめるのだった。