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「大丈夫レイラちゃん!? 何かされてない!?」
「色々ありましたが大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 飛び込んできたのはラパンだった。ラパンはミレドを吹っ飛ばした後、すぐさまレイラの元へ駆け寄った。

「色々って……怪我してない?」
「さっき叩きつけられて、痛むのですがそれ以外は……」

 レイラが言い終わる前に、ラパンはミレドの方へ動いていた。ラパンは無表情で気絶しているミレドの足を雑につかんで木へ何度も叩きつけた。さすがに不味いと思ったレイラは止めに入った。

「さ、さすがに死んじゃいます。彼には色々と聞きたいことがありますので……穏便にしていただけると」
「私の気が済まないの! お願い!」
「…………」

 あまり感情を表に出さないラパンがこれほどまで懇願するとは思わなかった。このミレドの話が本当ならば同情する部分もあるが、一度痛い目に合ったほうが良いのではないかと思う自分もいた。

「うぅ……うー」

 レイラが口を出せずにいると、ミレドは目を覚ましたようだった。目を覚ました所でラパンの動作はぴたりと止まった。

「うーん。なかなか強烈なキックだったなぁ。ボクじゃなかったら死んでたよぉ~」
「ちっ」

 ラパンはミレドの腹を足で押さえつけていた。ミレドは特に抵抗することもなく、されるがままだった。頑丈すぎるのではと、レイラは思ったがミレドは気にして無さそうなので何とも言えなかった。

「わざわざ会いに来てくれたのぉ~? もう運命感じるよぉ~」
「……んなわけないし。つーか死んで、死ね」
「つれないなぁ。折角、再会したのに~」
「……ん?」

 レイラは二人の会話に違和感を覚えた。まるで、どこかで一度会っているかのような――その割には殺伐とした雰囲気なのが疑問だった。

「二人はその、知り合いですか……?」
「……知り合い。口に出すのも嫌な知り合い」
「えーそんなぁ。ボクはキミが生きていたことが嬉しくてたまらないのに~」
「キモいんだよ、失せろ」

 ミレドはラパンに対して敵意を向けていないが、ラパンは憎しみしかないようで容赦なく罵詈雑言を浴びせていた。

「どういう関係ですかね……」
「実験動物」
「は?」
「……にするつもりだったけど、逃げられちゃったんだよね」

 うっかりミスみたいなノリで言うミレドに対し、ラパンが嫌悪の目を向ける。レイラは思わず顔が引きつった。

「こいつは私の住んでいた所を燃やしたの。私の仲間達を焼き殺した。とんでもない悪党よ」
「あ……」

 レイラはラパンの話を思い出していた。全焼した痛ましい事件――そこにいた人間はラパンを除いて、全て焼死したという。
 不穏な空気はあったものの、まさかラパンの仇だとは思わなかった。一体ラパンはどんな気持ちでいるのだろうか。そして目の前のミレドはラパンの態度など意に介さず、平然としていた。ミレドの精神は常軌を逸しているとしか思えない。

「何の為にそんなことをしたんですか……」
「施設は邪魔だったからねぇ。欲しいのは資料と彼女。穏便に出来ればよかったんだけどねぇ~魔術の準備とか本音を言うと大変なんだよ? 一人で全部やらなきゃいけないし。まとめて殺せるならその方が楽なんだよぉ~」

 邪魔だったから燃やした――何から何まで感覚が違いすぎる。人を殺すのは良くないと思うレイラでさえ、擁護が出来なかった。ミレドの境遇を考慮しても、さすがに度が過ぎている。

「このクズが……!」
「そうは言うけど、キミはあの場所から抜け出せて、正直ホッとしているんじゃないのぉ?」
「……っ」
「あはは! 図星だね。仲間のことを気にしていたみたいだけど、本当はどうでも良かったんじゃないの? 今だから言うけど、侵入経路を確認する為に下見してたんだよ。あの施設……全然人の出入りが無いんだよねぇ。その中でもよく見かけたのは、キミがふらふら出ては施設へ帰っていく姿。多少、研究者っぽいのも出入りしていたけれど頻繁ではなかったねぇ。居心地が悪かったのかなぁ~」

 ラパンは自分が恵まれている方だと自覚はしていた。命を落としていく仲間もいた中で、自分は生き残ったのだ。運がよかったと言わざるを得ない。
 しかし、待遇が良くなっても、環境は変わらない。施設の仲間はほとんど無表情であるが、たまにラパンを恨みがましく見つめる者もいた。
 
『何でお前は自由なんだ――何でお前だけ――』

 咎人を見るような視線にラパンは耐えられず、自由が利くようになってからは、ほとんど外で過ごしていた。こうなっても実験が全く無いわけではない。自分も耐えているというのに、何故そんな目で見るのか。ぶつけようのない怒りと虚しさで毎日が過ぎていく。そんな折、あの事件が起きたのだった。

「どうしたら許されるって言うの。どうすれば満足だったの……」

 ラパンは力なく項垂れた。決着をつけるはずだったのに、どうして動けないのだろう。

「ボクについてくればそんな思いを抱えずに済んだのに~」
「それはない! 何なら死んだほうがマシよ」

 ラパンは即座に答える。ミレドについていくよりは、死んだ方がマシ――それだけは変わらないようだった。レイラは静観するつもりだったがいても立ってもいられずミレドと対峙する。

「損得で割り切れない思いこそが人を――ラパンを突き動かしているのだと思います」
「へぇ~」
「ミレドにラパンを責める資格はありません。ラパン……あなたは後悔しない為にも、自分で考えて前に進むべきです。過去に囚われていては、何も出来ません」
「レイラちゃん……」

 ラパンはレイラの方を真っ直ぐ見ていた。彼女の心に届いたのかは、レイラには分からない。それでも、こんなところで立ち止まって欲しくなかった。こんな人間に屈して欲しくなかった。

「私は目的を達成しなければなりませんので、さっさと帰りたいのです。これ以上ラパンに酷いこと言わないでください!」

 レイラはミレドののど元に切っ先を突きつけた。これ以上話していたら不快な気持ちにしかならない。ラパンはすっかり気落ちしていた。決着を付けると意気込んでいたのも、虚しく彼女の心には楔が撃ち込まれた。それでも、先程のレイラの言葉で僅かながら気力は戻ってきているようだった。ミレドはレイラの攻撃に臆することもなく、余裕そうに構えていた。

「怖いなぁ。ここを誰の場所だと思っているのさぁ~」
「みんなの場所ですよ。あなたの場所ではありません」
「あーあ面倒になってきたなぁ。一回無かったことにしようかな」
「はい?」

 レイラは言葉の意味が理解出来なかった。困惑しているレイラに構わずミレドは続ける。

「文字通りの意味だよ? 燃やして灰にするんだぁ……キミの悲願でしょ~? 皆と一緒に逝けるよ。やったねぇ」

 誰に向けられた言葉なのかは言うまでもなかった。ラパンは反射的に掴みかかっていた。ミレドを押し倒すような形になっている。首に手をかけようとした時だった。

「……やめなさい。貴方がやることではないわ」
「フルール!」

 倒れていたフルールはボロボロになりながらも、立ち上がっていた。満身創痍であるはずなのに、ラパンの心配をしているようだった。

「うるさい! 私がッ、やらないと、終わらせ、ないと……」
「手が震えているわ。一線を越えるべきじゃない。もっと力は有意義に使いなさい」
「じゃあ、あんたは殺せるっていうの!?」
「私は――」

 フルールが言いかけたが、それよりも早くミレドの術が発動した。ラパンは素早く反応したが、レイラを助けようとして巻き込まれた。

「み~んな死んじゃえ~」

 ミレドが呟いた瞬間、地面からどっと黒い液体のようなものが噴き出てきた。粘性を帯びた黒い物体はレイラ達に容赦なく降りかかる。さっきの影とはまた違った感触であった。ミレドから離れたラパンはレイラの側で苦しそうに呻いている。レイラ達の動きは鈍くなる。

「な、何が……!? くっ……」
「毒みたいなものさぁ。さっきの影とは違うんだなぁ。でも、キミ達が知らなくても問題ないでしょ~? どうせ死んじゃうんだし~」

 レイラは封印された時のことを思い出した。その時と似たような感じで、飲み込まれていく。膝をつきながらも、必死に剣で振り払おうとするが切っても、切っても再生してしまうのでキリが無い。フルールもラパンも必死に抵抗するが、無駄に力を奪われるだけだった。

「この森にはいろんな罠を仕掛けているからねぇ。足元はちゃんと見ようねぇ~あッはッはは! 死体は丁寧に扱うから安心しなよ!」
「クソっ、やっぱり私が殺してれば……動けていれば、っうぅ……」

 ラパンは悔みながらも、必死にもがいていた。どこまでも、卑怯で弱虫で臆病者な自分――決着をつけると意気込みながらも、このざまである。恥知らずな生き物だ。本当に、生きていも仕方ない――ラパンの意識は遠のいていく。

「……私は、絶対に……諦め――」

 声がふさがれていく。黒い液体はフルールを飲み込もうとしていた。レイラはどうなっただろうか――確認することも出来ない。

「あ……ぁ。レイ――」

 フルールが表情を浮かべた瞬間――ひゅんと空から何かが降ってきた。
 それは地面に突き刺さり、あたり一面に広がった粘り気のある闇を消していく。毒も全て浄化されていく。まるで、光の泉だった。

「楽しんでいるところ悪いけど、下らない遊びは終わりだ」