封印は先ほどいた場所から離れているようだ。同じような景色が続いている。本当に把握しているのか疑いの気持ちが強くなる。少年が前にいて、その後ろをフルールとレイラは付いていった。

「似たような景色が続いていますね」
「よく迷わないわね」
「そりゃ目印をつけているからねぇ~」
「ついているのですか? 何も見えませんが……」
「ボクにしか分からないようにしているんだよ。他の人が分かったら意味ないし~」

 入り込んできた虫を逃がさないように、対策をしているようだった。かなり狡い性格をしていると、レイラはなんとなく思った。

「そもそも何でこんな場所に住もうと思ったのですか?」
「…………よく喋るねぇ」

 少年は少し呆れたように呟く。レイラは普通の対応をしていたつもりなので、少し驚いた。

「そうですか?」
「私もどうかと思うわ。何されたのか忘れたの? もっと警戒するところでしょ?」
「やっぱ気になるじゃないですか。それに封印の檻にいたせいか、こういう場所だと喋りたくなるんですよ」
「檻? 封印?」

 少年は興味深そうに聞いてくる。レイラも吹っ切れていたので、話すのに抵抗は無かった。

「以前に色々ありまして。私が昔封印された場所です」
「気になるんだけどぉ~」
「……私はもともとヴィオレットの姫だったんですけど――」

 レイラは気を紛らわすように、自分の身に起きた出来事を話した。正直、こんなに喋ってしまっていいのかと思ったが、封印の話をしてしまった以上、何を言っても今更だった。ミレドはレイラの話を聞いて同情することもなく、むしろ興味深そうに聞いていた。

「…………へぇ、すごいね。そっから今は巻き返しってとこなの~?」
「そんな感じですね」
「堕とされた時どんな気持ちだった~?」
「ちょっと、そんなこと聞くなんてどうかしてるんじゃないの!?」

 フルールは声を荒らげたが、レイラはフルールの服を引っ張り首を横に振って止めた。どんな態度をとられても構わないから話したのだ。自分の代わりに怒ってくれたフルールには、心の中で謝罪した。

「何が何だか分からない――そんな気持ちばっかりでした。私が何をしたのか、何がいけなかったのか、そんなことばかり考えていました」

 どうして自分がこんな目に合うのか兄を憎む気持ちが湧いてきた。
 しかし、完全には憎めなかった。何か理由があるのかもしれない、真実を知りたい――そう願った。

「真実を知りたい。だからこそ、立ち止まるわけにはいきません。私には大切な願いがありますから」

 レイラが自分の意思で動く為にも、助けてくれたルーンのことを知りたい。彼が何を思っているのか――今はこれしかなかった。世界を壊すという目的よりも、心に触れたかった。願いを叶えたい気持ちは嘘ではない。それ以上に、本当にルーンが本当に世界を壊すことを望んでいるのか――レイラは心のどこかで感じていたのだ。他に何か願いがあるのではないかと。

「前向きだねぇ~」
「前を向いてないとやってられませんから」

 気難しい人間が多い中、前向きにやっていかないと飲み込まれそうだった。各々、複雑な思いを抱いているのは分かるが、それにしたって限度がある。今回の封印が解いたら、もう一度向き合ってみようとレイラは思っていた。

「そういえば、結局貴方は何者? 親はいないの?」

 フルールが思い出したかのように、少年へ問いかけた。ここまで来て、少年の素性を一切知らなかった。

「今更ですが、名前を聞いていませんね。ちなみに私はレイラ。こっちはフルールです。さっき、聞いていたので分かっているかもしれませんが、一応」
「ボクはミレド。何者かって言われるとねぇ。考えたことないや~魔術とか使えるけど自分を魔術師だと思ったこともないなぁ~なんなんだろう~哲学っぽい?」

 ミレドはけらけらと笑っていた。やはり、どこかおかしい人間のように思える。どうすればこんな風に育つのだろうか。親は何をしているんだろうか――フルールとレイラは気になって仕方がなかった。

「家族とかはいないんですか?」
「家族ねぇ……いたよ。だけど死んだ」
「そうだったの……ごめんなさい」
「別にいいよ~もう昔の話だしねぇ」

 フルールは申し訳なく思ったが、他人事のように語るミレドに対して薄気味悪さを覚えていた。両親が亡くなったのは辛いだろうが、それにしてもミレドの態度が何とも言えなかった。特に悲しんでいる様子でもない。

「ご両親が亡くなってから、ずっと一人で生きてきたのですか?」
「そうだねぇ。生きる為に必死だったよ~」
「故郷に帰ろうとは思わなかったのですか?」
「あんな場所に帰るよりは一人の方がずっといいよ。それにボクの故郷は燃やしたから無いんだよねぇ~」
「ん?」「は?」

 ミレドの口からは耳を疑うような事実が聞こえ、二人揃って呆けた反応をしていた。
 
「燃やした……って」
「そのままの意味だよぉ~一度村から出たんだけど、戻ってぶわーって村に火をつけたんだぁ~」
「両親はまさか……」
「多分父親はそこで死んだんじゃないかなぁ。母さんは村から一緒に出て一緒に暮らしたけど、病気で死んじゃった」
「村で何があったの。言いたくなければ、言わなくていいけれど……」

 聞いてはいけないことなのかもしれなかった。けれども、フルールは確かめたかった。目の間にいるのはただの身寄りのない可哀想な子供なのか、それとも――

「大したことじゃないからいいよ~ボクの生まれた村はね……ふるーい風習的な奴が残っていてね。赤い目の子は不吉の象徴。村に災いをもたらすって言われていたのさ。赤い目の子が生まれたら、殺すように伝えられていた。父親を含め村人は殺せって言われたけど、母さんは拒んでボクを連れて村から逃げたらしいよ~」
「そんな……」

 なんてことの無いように語るミレド。レイラとフルールは絶句するしかなかった。

「結果的に言い伝え通りになっているし。間違いじゃなかったのかも……なーんてねぇ」

 ミレドは平然と笑っていた。誰が悪いのか――レイラは一概にミレドを責める事を出来なかった。殺されるために生まれた命――そんなものがあっていいのか。

「村を、人を……憎んでいたのですか?」
「ん~どっちかっていうと、魔術の実験を兼ねていたんだよねぇ。あ、でもでも憎かったっていう気持ちもちゃんとあるよ~これでも、人並に思うところはあるよ」
「全く笑えないわね」

 フルールは、表情を変えず厳しい視線を送っていた。どんな境遇であれ、村に炎を放つなど言語道断だ。とんでもない悪行である。それに加え、どこまでも他人事のように語るミレドに対して、フルールは憤りを覚えていた。説教をしたいわけでもない。どうしようもない感情が彼女の中で渦巻いていた。

「貴方に身に降りかかったものは悲劇かもしれない。それでも……どんな理由があっても人を殺すのは許されることではない。人の命は貴方の戯れに使えるほど、軽いものじゃない――理解しているの?」
「え~ボクを断罪するのぉ~?」
「……そういうわけじゃない」

 自分の領分ではないうえに、フルールも知らなかったとはいえ、以前レイラを助けられなかった。自戒の気持ちも込められていた。一色触発の空気に包まれていたが、ミレドが立ち止まる。

「話しているうちに着いたよ。そこの祠。覗いてみようとしたんだけど、開かないんだよねぇ。それっぽくない? 違――」

 後ろへ振り返ろうとしたミレドは、何かの気配を感じたのかその場から瞬時に離れた。

「罰する立場じゃないけど……貴方の存在は許容出来ないわね!」

 彼女がこの森に入った理由はそもそも、人が帰ってこない原因を突き止める為であった。誰も入ろうとしない危険な森。中途半端な正義感だけで行けるとは思っていない。自分がやるべきことではないのは承知のうえだ。それでも、見て見ぬふりは出来ない。たとえ、どんな理由であれ罪のない人間の命を奪うのはどういう境遇であれ許していいものではない。身勝手極まりない悪質な行いだ。

「断罪しないっていったのに~」
「そうよ。だから、私の個人的な理由! 貴方の性根が気に入らない――それだけ!」

 フルールは剣を振るい、ミレドへ攻撃を仕掛ける。魔法はまだ使わないようだった。ミレドの方は鈍間な印象があったが、見た目によらず俊敏だった。

「短気だなぁ。ボクの話は面白くなかった~?」
「作り話ならもっとマシな話にしなさいよ!」
「残念だけど全部本当なんだよねぇ~」

 ミレドは木の上に飛び乗った。ミレドは持っていた本を開き、魔法陣が浮かびあがった。そこから棘のようなものがフルールをめがけて飛んでくる。
 先程使っていた影の攻撃を仕掛けてこないので、フルールは疑問に思っていた。
 レイラはというと、慌てることしかできなかった。木の陰に隠れて、二人の様子を探っていた。

「一旦、引いたほうがいいのでしょうか。このまま突っ切って封印を解くべきでしょうか。どうしてこうなったのですかぁ~」

 フルールは真面目だが、融通が利かない部分もある。彼女は騎士としてこの森の惨状を見逃せなかったのだろうとレイラは思っていた。困っている人を放っておけない性質が仇になったというべきか。フルールは自分の信念に従って行動した。

「私は――」

 レイラが迷っているうちに、フルールは魔法と剣技を駆使してミレドをじわじわと追い詰めていった。フルールはミレドの喉元に剣を突きつけている状態だ。

「封印解くところ見たかったのになぁ~」
「それ以外に言うことは無いの?」
「死んだ人間に、とか?」
「無いなら、潔く命で贖え!」

 フルールが剣を突き刺そうとした瞬間、地面が光った。何かが描かれているように見えた。フルールは咄嗟に離れようとしたが、体が動かなかった。足には先程の影が纏わりついていた。
 しかし、最初の影と何かが違った。剣も影に飲み込まれて使えなかった。微塵も動けないまま、フルールは口をパクパクさせた。

「力が……抜け」
「相手を調子に乗らせるのって好きなんだよねぇ~罠にかかってるのも知らないで滑稽だよねぇ。この森はボクのテリトリーだって、最初に言ったよねぇ? 入った時点で終わってるんだよ! 今度は魔力を吸い取るオプション付きだから、死ぬまで動かないよぉ。死ぬまで時間があるからいっぱい話が出来るねぇ~」
「ふ、フルール……!」
「レイラ……逃げ、て」
「今、助け――」

 どうやって助けるというのだろう。自分は何も出来ないから、一人になりたくてこんな場所に来てしまった。結局一人になっても、フルールに助けられているばかりだった。フルールを助ける義理は無いと分かっていても、見捨てることは出来なかった。

「封印を解いてくれるのなら今はスルーしてあげるけど……おねーさんは置いてってもらうよ。貴重な餌だしねぇ~」
「そんな――」
「先に約束破ったのそっちでしょ~」
「それは、そうですが……」

 場所さえ分かれば、正直ミレドは邪魔でしかない。いつかはこうなると思っていたが、立ち向かうにはあまりにも分が悪すぎる。

「案内が終わればということですよね? 目の前に祠があるので案内はそこで終わっています」
「そんな言い訳通じると思う~? 僕は封印を解くところが見たいって言ったよねぇ~? 言葉遊びしてる暇はないよぉ~?」

 どうやっても、聞き入れてもらえそうになかった。時間を稼いだところで、何かが来るわけでもない。ただ、封印を解けば自分は見逃してもらえそうな雰囲気はある。果たしてどうだろうか――今、一番やらなくてはいけないことを考える。そもそも、この場所には封印を解く為に来たのだ。封印を解くのはルーンやヴェーダがいなくても出来る。だったら、やるしかない。目的を果たすのが最重要だ。

「……封印を解きましょう。あなたがそれでいいのなら」
「分かればいいんだよぉ。災厄の封印……わくわくするねぇ~」

 結局ルーン達とは会えないまま、話が進んでいく。封印を解くのは目的に沿っているわけなので、決してそこまで悪い状況ではない。後は無事に戻れたらそれでいいのだ。フルールのことは、諦めるしかない――

「仲良さそうなのに、結構薄情なんだねぇ」
「あなたに言われたくありません」

 ミレドはフルールとレイラが敵対しているということに気づいていなかった。ほぼ成り行きで行動しているとは思わないだろう。レイラはゆっくりと祭壇の方へ向かっていく。ミレドは何も言わず、レイラの足取りを見守っていた。レイラはちらりと見た。フルールは、何を思っているのか――魔力も精気も吸い取られ苦しそうだった。

(私は、真実の向こうへ行く。止まっているわけにはいかない)

 どんな結果になっても、どんな結末でも、受け入れる――それは自分にしか出来ないことだ。数ある中の一つを選び取り、その先へ行く。その為の力が欲しい――

「今度は何を見せてくれるのでしょうか」

 宝珠は木の中にあるわけでもなく、小さな祠の中にあるようだった。ミレドは開かなかったと言ったが、レイラが触るとあっけなく開いた。宝珠はその中に入っていた。

「わーお。認証式なのかなぁ。すごいなぁ」

 ミレドはいつの間にか側によって見ていた。興味深そうに、宝珠を眺めている。

「これに触れば封印が解ける仕組みです。多分……」
「ふぅん。じゃあささーっとお願いしま~す」
「…………」

 レイラは宝珠にそっと触れた。宝珠は光を放ち、レイラを包んでいく。
 今でも正直慣れなかった。見せられるもののせいか、その後の立ち眩みのせいか、どちらにせよあまり良い気分になれるものではなかった。

(また、何かが流れてくる……)