「これって意図的なものよねぇ……」
三人ともバラバラになってしまった直後、ヴェーダは一人考えていた。入った瞬間から罠にかけられるという想定はしていたが、いざ一人になるとどこか寂しさも覚える。特にレイラがいないのはヴェーダにとっても不都合でどうも調子が出ない。
「しょーじき……今の面子はそこまで嫌いではないのよね。ラパンは口は悪いけれど、悪いヤツではないし。あーでも、ルーンは……無いわぁ。アレ関係なら仕方ないわね。私としては穏便に済ませたいけれど、向こうがそうじゃないなら仕方ない!」
ヴェーダが生まれた時代はかなり競争が激しかった。誰もが成果を上げようと平気で蹴落としたり根も葉もない噂を立てたり、嵌めたりなど見るに堪えない世界であった。ヴェーダはその中でも、出世欲などなく自由気ままにふるまっていた。結果それが仇となり封印されたわけなのだが。
「出る杭は打たれるっていうけれど、反省ね」
同期の魔法使いたちが、しのぎを削っている中ヴェーダはひたすら我が道を進んでいった。やりたくないことはやらない、世界を旅行したり新しい魔法を開発したりして自由に暮らしていた。
当時は、決められたレールに乗れなければ屑同然の扱いを受ける世界だった。彼女はそんな世界にうんざりして、生まれ育った故郷を離れメジアの方に身を寄せていた。当然そんな生き方をしていたヴェーダは同期から馬鹿にされたりしていた。ただその生き方を羨ましく思う者も少数ではあるが存在した。当時の彼女にはそれだけの力があったから――普通の人間には出来ないことだったから。
それがまた、レールに乗って生きる魔法使いたちの癇に障った。彼女が魔法で負けることはなかった。歯向かう者はどんどん倒していった。そんな嫌われ者のヴェーダにも、かつて親友と呼べる者がいた。
「……遥か昔の話ね」
あの時、あの瞬間までは親友だと思っていた。そう思っていたのは、自分だけだったのかもしれない。今となっては、憎くてたまらない――殺してやりたい。この時、彼女は初めて憎悪という感情を覚えた。際限なく沸き上がってくる恨み辛み。五百年越しに地上に出ても、彼女の憎悪は無くなることはなかった。絶対に許しはしない――心に決めていた。
「あーあ、つまらないこと思い出しちゃった。さてと、あいつらは放っておいても生きていそうだし……レイラを探しましょう」
「あ! 通りすがりの魔女発見」
ヴェーダの前に立ち塞がったのはルーンだった。一瞬ぎょっとしたが、ヴェーダは冷静を装い咳払いをした。
「……よりにもよって貴方と最初に出会うとはね。レイラはいた?」
「僕が通った道にはいなかったよ。魔法は使えるけど、通信系魔法が全く駄目だ。レイラに飛ばしても何も反応が無い」
「本当、腹が立つ魔術師に森ね。暗い上にどんよりしているし、最高に気分が悪いわ。いや、悪いっていうより沈むわね……」
「結界の影響かもね。術者のテリトリーだし、勝手が悪い。何の手掛かりも得られてない。最悪だね」
どうやら、ルーンもレイラの手掛かりを見つけられないでいたようだ。適当に歩いているうちに、ヴェーダとばったり出くわしたらしい。運がいいのか悪いのか――ヴェーダは複雑な気持ちだった。
「そういえば、ラパンとは会っていないの?」
「会ってないよ。彼女なら大丈夫でしょ。それに術者と知り合いみたいだし、何なら代わりに色々進めてくれたら楽なんだけど……」
「知り合いならなおさら、話がこじれそうだけれど」
ややこしくなる未来しか見えなかった。ラパンの決着をつけたい気持ちは尊重したいが、封印にかかわることになれば面倒なことにしかならない。万が一、封印目当てだったらヴェーダも表に出ざるを得ない。
ヴェーダが思案していると、ルーンが突然思い出したかのように話し出した。
「あーそうだ。この森について少しわかったことがあるよ。レイラが離れた後もちょっと監視してたんだけど、そのとき森のほうへ不自然に動いたんだよ」
ルーンによれば、レイラは反応が消える直前、森のほうへ歩き出したようだった。まっすぐ歩いていたのが、突如方向転換して森の中へ潜っていった。そのとき、レイラは近くにいなかったので思い切り油断していたようだ。まさか、森の中へ消えるとは思わなかったという。
「んで、森の中に入って思ったけど魔力……グラスがかなり濃い。充満しているっていうのかな。恐らく、この結界は特定の人物を引き入れるようになっている」
「あぁ、なるほど。森全体が魔力の強い人間を取り込んでいるってわけね。なかなか、ダイナミックな魔術じゃない」
「僕も同じことを思ったよ。レイラの取り柄ってそれくらいしか浮かばないし」
「……同意だけれど、わりと酷いこと言うわね」
恐らくレイラはこの森に呼ばれた人間である。彼女は災厄の力を宿しているし、魔力も強い。逆にそれ以外に特筆すべきことはない以上、森の中にいる人間は魔力の強い人間を集めている可能性が高い。ヴェーダのように勘が鋭い者は引っかからないかもしれないが、平均よりも強い魔力を持つ普通の人間なら、いとも簡単に捕まってしまうだろう。なんなら、未だに調査に来た魔法使いが彷徨っているかもしれない。
「不吉な噂だらけの森に入れと言われて、入る奴なんているのかしら」
「人の好奇心って侮れないものだよ」
度胸試しで入ってくる輩もいる為、何が起こるか分からない。噂を引き起こしている人間も森の中にいるので、状況はかなり悪い。
「このまま闇雲に進んだとして、レイラと合流できると思う?」
「さぁね。いつかは会えると思うよ」
「……随分楽観的ね。まるで、こうなることが分かっていたみたい」
二人きりはある意味チャンスなのかもしれない。普段、レイラの前で言えないことを思いきり聞けるのだ。聞かれたくないことの一つや二つは、ルーンに関係することもあった。森の中を彷徨っているであろうレイラには悪いが、この機会を利用させてもらおうとヴェーダは、探りを入れることにした。
「そんなことはないよ。分かっていたら、レイラが離れた時の対策ぐらいとってたさ。こういう形で分断されるとは。見立てが甘かったねー」
「どうも胡散臭いのよ。会った時から不快で仕方ない。何故?」
ヴェーダはルーンに対して嫌悪感を抱いていた。その理由は、昔の知り合いと似た匂いがするから。正確に言えばその人物の魔力を僅かに感じたからである。
「奇遇だね。僕も気が合わないんだ。僕の知り合い……と関係あるのかなぁ」
「知り合い?」
「僕も人づてに聞いただけだから、詳しくは知らないんだけど。友人に嵌められたとか――ね」
ヴェーダは立ち止まった。明らかに、聞き逃せない言葉だった。
「自分で言っていること分かっているの? 貴方が欠片でも知っている時点で、おかしいのよ。貴方の交友関係どうなっているのかしらね? 五百年前の知り合いがいるとでも言うの?」
彼女の出来事は五百年前のことである。歴史の教科書に自分は災厄の魔女として記されていた。真実を知るものはいないはずだ。少なくとも彼女の常識では――そんなこともお構いなしにルーンは言葉を紡ぐ。
「……『あの人』はふんぞり返りながら、君のことを見下しているよ。今も、昔も……自分が一番だと信じてやまない人だ」
ルーンは最初から言いたかったかのように、ヴェーダと視線を合わせず呟いた。ヴェーダはその言葉を聞いて、確証を得たのだった。それだけ聞ければ、十分である。ルーンがなぜ、今になって語ったのかは分からない。ルーンの真意はヴェーダにも読めなかった。それでも、少しだけ前に進んだので気分はよかった。
「今ので十分だし、深くは聞かないでおくけれど。それでも、どうして今になって言ったの? 隠し通していたほうが良かったんじゃない?」
「さてねぇ。君が魔力を感じ取れるって聞いた時から、隠せるとは思ってなかったよ」
ルーンの言い方からすると、別にバレても問題ないようである。隠す気は無いが、わざわざ言うまでもないといったところか。それでも、ふわふわ曖昧とした返答であることには変わらない。もう少し、深堀出来ればと思ったがルーンは笑顔で告げる。
「はいタイムアップ。この話はここまでー」
ルーンは無理矢理話を打ち切った。どうやら、言っていい情報と悪い情報があるようだ。これくらい聞ければ上等だが、あからさまなルーンの態度にヴェーダは呆れてため息を吐いた。
「あれだけ言っておいて、打ち切りとは恐れ入るわ」
「……今のはちょっとしたサービスだと思ってよ」
「サービスねぇ。最後に一つこれだけは聞きたいのだけれど」
今まで以上に、真剣な瞳でヴェーダは問いかける。有無を言わさない態度にルーンも少し表情が強張る。
「あいつは――ルネは生きているということでいいのね?」
「……どうだろうねぇ」
否定も肯定もしないルーンの態度にヴェーダは確信したようだった。
「どれほどこの時を待っていたか!! あははははははは!! 絶対に私の手で殺してやるわ……!!」
歓喜に打ち震えるヴェーダ。最悪の地獄に落とされてから、彼女は一秒たりとも忘れたことはなかった。地獄の底で喚く亡霊のようになりたくないと必死にもがいた。全てはこの時の為に――
「盛り上がっているとこ悪いけど、ひょっとしてそれが本当の願いなの?」
「どうでしょうねぇ。ふふふ」
同じようにヴェーダは返した。ルーンにわざわざ言う必要などない。目的は最初から決まっているし、自分の力で成し遂げると決めていた。レイラの力は必要不可欠だが、手間をかけさせるような真似はしない。
ルーンはご機嫌そうなヴェーダを見て、笑いながら肩をすくめた。
「僕としてはお好きにどうぞって感じなんで。とりあえず、今は何もしないから」
「いつかやるって言っているようなものじゃない」
締め上げるまでもなくはっきりと理解した。ルーンは信用出来ない。仇敵の差し金であるならば、むしろ自分の邪魔をしてくる確率の方が高いだろう。今のところは何もしてこないので泳がせているが、もしものことがあれば容赦なく始末するつもりだった。
「それにしても、どういうつもりなのかしら。いきなり語りだすなんて」
「……君は自分の心を持っていると思う。羨ましい限りだよ」
誰が喋ったのかと思ったが、隣にはルーンしかいない。ヴェーダは驚きを隠せなかった。
「何が言いたいの?」
「信じていないけれど、信じているよってことかなぁ」
「意味分からないこと言わないでくれる? 気持ち悪いわ」
「僕もそう思う。もう何も言わないよ」
「それはそれで困るのよ。全部洗いざらい吐いてくれるのが、一番有り難いのだけれど」
「お喋りが過ぎたね。そろそろ本格的に捜索するか」
「……それもそうね」
――まだ、遅くはないはず。ヴェーダは先延ばしにしている自覚があった。実際レイラに配慮している部分は少なからずあったりもする。レイラは少しルーンに依存しているような部分がある。ルーンを殺すこと自体に躊躇いは無いが、それを見たレイラがどう反応するか、ヴェーダには昔無かった気持ちが芽生えていた。
(自分さえよければ良かったのに。成長したと言うべきかしら……複雑ね)
昔の自分ならこんな躊躇いなどしなかっただろう。他人のことなど気にせず、自分の思った通りに進む。結果だけ見れば弱くなったのかもしれない。
けれども、不思議と嫌な感じではしない。
「とりあえず、感覚で進んでみるかな」
「本格的と言ったのに、随分と適当じゃない」
「案外こういうのは何も考えないで行った方が、正解だったりするんだよ」
「あっそう……今回は貴方に任せるわ」
「意外だなぁ。もっと何か言うと思った」
がみがみうるさいヴェーダが珍しく、方針に口出しをしなかったので思わずルーンは本音がこぼれたようだ。ヴェーダは特に気にしておらず、むしろスッキリした様な表情だった。
「何か言って欲しいの?」
「そういうつもりじゃないけど」
「だったらさっさと進みなさいよ。ほら!」
「う、わっ、やめてくれよ…………ん?」
ヴェーダはルーンの背中を押した。つんのめった後、何か足に異物が引っかかったようだ。ルーンが足元を確認すると、少し顔を歪めた。
「これ……」
「何よ、って……ああ?」
森は暗かったが、感触ははっきりと伝わる。光の魔法で照らしてみると、そこにはゴミのように放置された人間の死体がいくつか転がっていた。
「何でこんなのがあるのよ! って、人喰い森だっけ。噂は本当なのね」
「死因はなんだろう。結構時間は経っているね」
「最高に気味が悪いわね。さっさとレイラを探して封印解いて帰りましょうよ。明らかにヤバいじゃない」
「何かに締め付けられた後が……これって」
「行くわよー!!」
「分かったってば」
ルーンはちらりと辺りを見渡した後、ヴェーダの後を追いかけていく。森の中は入った時よりも、さらに重苦しい空気に包まれていくのであった――