吸い寄せられるように森の中へ入っていたレイラはしばらく立ち止まっていた。
しかし、立ち止まっていても何も始まらない。恐る恐る、森の中を進んでいった。しばらくして、レイラは謎の声が聞こえてきたので思わず立ち止まっていた。女の人の声が近づいているようだった。レイラはわけもわからず、棒立ちになっていた。
そして、声がはっきりしてくるうちに、聞き覚えのあるものだと分かってきた。
「あれ、もしかして、貴方はレイラ……!? え、え本物!?」
「その声……フルール、ですか……?」
声の主はフルールだった。見間違えるはずがなかった。それでも、レイラは警戒するように問いかけた。姿は何となく見えているのに、お互い疑心暗鬼になっていた。
「本物なのね!? 何かの罠じゃないわね?」
「そっちこそ。いきなり殺そうとしませんよね!?」
お互いがはっきりと認識出来る距離まで近づいて、手を触れてみたが特に何も起きない。それでようやく本物だと二人は安堵した。行き詰っている状態のフルールとレイラは情報を交換することになった。
「私ははっきり言うけど、貴方達の邪魔をしに来た。でも、この森の異変を調査するという目的もある」
「……私はなんか、悩んでいたら急にぼうっとして引き寄せれられるように森の中に入ってしまったんです。これじゃあ本当に迷惑かけて、お荷物状態です……」
「浮かない顔ね。悩みでもあるなら聞くわよ。どうせ、あいつらには言いづらいこともあるだろうし」
フルールに話すようなことでもなかったが、フルールの言葉を聞くと少しだけ安心している自分がいた。お姉さんのような存在で、憧れもあった。
でも、彼女は彼女で大変な思いをしたという。もしかすると、フルールなら分かってくれるかもしれない――レイラは思い切って相談することにした。願いや自分の無力さ、この先どうしたらいいのか――
「……フルールに言うことではないのですが、言える相手もいないので。本当にごめんなさい」
「謝らなくてもいいわよ。本音を言えば、貴方と敵対したくないもの。目的地につくまで一緒に行動しましょうか」
「いいんですか?」
「私は気にしないわ。レイラさえ良ければ。私もちょっと、考え事していてね。話し相手が欲しかったのよ」
そう言ったフルールの瞳はどこか、憂いのようなものを帯びていた。フルールも何か悩んでいるのかもしれない。自分の相談ばっかりでいいのだろうかと、レイラは思い始めた。
「あ、あの。フルールに相談することじゃないですし、やっぱり聞かなかったことで」
「えー? あぁ……私も顔に出てたか。私のほうは自分でどうにかするから大丈夫。それよりも、レイラの悩みねぇ。無邪気に遊んでいた頃から変わったわよね」
「外に出ると、考えることが多くて大変です。私は役に立っているんでしょうか」
「レイラ達というか、魔女と魔法使いの目的が世界の破壊って言っている以上、役に立ってもらいたい時期は先なんでしょうけど。それでも、レイラは今、足を引っ張りたくないってわけね。分かるよ。実力差って簡単に埋められないし、馬鹿にされることもある」
フルールは王宮を支える貴族の出身で、本来ならば騎士になる家系ではなかったという。それでも、フルールが騎士になったのは、人の助けになりたいからだと言う。さらにいえば、レインに憧れておりレインと一緒の場所で働くことを夢見ていたらしい。騎士になった理由を初めて聞いたレイラは驚いていた。
「誰かの救いになれる人間になりたかった。胸を張って、レインの傍に立てるように――それが私のやりたいことで、譲れない願いかな。自分にしか出来ないことって思っているよりも少ないけど、それでも自分らしくいる為には自分の願いを疎かにしちゃいけないと思うのよ。感情を押し殺したって、辛くなるだけだし」
自分らしさとは何か――今の自分が本当に望んでいるのかと言えば、微妙な所だ。世界を滅ぼしたいと思うのはあくまでルーンの望みであって、自分のものではない。レイラとしては世界を滅ぼしたいかというと、実はそこまで思っていない。ただ、ルーンの願いを叶えたいと思ったのは嘘ではない。それだけは自信を持って言えると、レイラは思っていた。
だが、それだけでは足りないのだ。グラスが反応しない以上、何かが足りないのだと思われる。
「その人が願うことに疑問を持たず、賛同するのは間違っているんでしょうか。私はやりたいと思っているはずなんです。私の願いのはずなんです」
「世界を滅ぼすっていう話だっけ?」
「……はい。恩人であるルーンの願いは世界の破壊。私はその願いを叶えたいと思っています」
願いを叶えたいという気持ちはある。嘘ではないし、裏切るつもりはない。真実のはずなのに、どこか空虚なものに思えた。
フルールは腕を組んで、どういうべきか悩んでいる様子である。
「うーん。話を聞く限り、進んでやりたいわけでもなかったわけね。レイラには悪いけれど、ちょっと安心した。あくまで私見だけど、レイラはルーンの言うことを聞くことで、自分と向き合うことを避けているように見えるよ」
都合のいいように解釈しているとフルールは、レイラの話を聞いて感じていると指摘した。ルーンの願いを叶えることが、自分の気持ちだと盲目的に信じ込んでいると、フルールは言った。
「上手く言えないんだけど、レイラ自身の意思を感じないっていうのかな。『やらなくてはいけないからやっている』ように見える」
「なるほど……そう見えるんですね」
「本当に本っ当にレイラがやりたいことは何なのって、話よ。別に願いを叶えたいでも、やりたいからやるでもいいかもしれない。でも、自分が何をやっているのかを今一度、はっきりと自覚したうえで言うべきだよ」
「何をやっているのか、ですか」
「考えてもみなさい。世界を混沌に落とした魔女と怪しい魔法使いと旅するとか、どうかしてるって。世界を滅ぼす旅とか……普通の人間だったら手を貸すはずないじゃない。本当にそんなことが出来ると思う? 封印を解けば世界が壊れる確証があるの?」
「それは……」
レイラはそこまで深く考えていなかった。ルーンが出来ると言えば、絶対に出来るのだと思っていた。
しかし、グラスからは『今のままでは願いを叶えられない』と言われた。どちらが正しいのか――ルーンは何でも話してくれているわけではない。むしろ隠し事の方が多かった。
「……悩むなら、戻ってきてもいいのよ。私はいつでも待ってるし、レインは私が説得するから!」
「ありがとうございます。でも、もう少し考えようと思います」
「そっか。寂しいけれど、レイラの決めたことなら、口出しはしない。まぁ、本当に辛くなったら戻ってきなさい」
フルールはそれ以上、何も言わなかった。レイラの重くなっていた心は少し軽くなった気がした。フルールに相談してよかったと、心から思った。何も解決はしていないけれど、貴重な意見が聞けた。自分が何をしているのか、今一度見つめ直すときだ。そして、自分の願いを――思いをはっきりさせる。
「それにしても、封印どころか出口すら見えないんだけど。どうなってんのよぉ……」
先ほどまでの頼もしそうな態度から一変、フルールはいつの間にか泣きそうな表情になっていた。こんなところにいたら、普通の人は耐えられないだろう。レイラは災厄の檻にいたせいか、そこまで恐怖は感じなかった。だが、周りが見えない空間はどうにも不安を煽る。レイラも早く、封印を見つけたかったが、どういったものになっているかすら分からない状態だ。それに、ルーンやヴェーダもいない。ルーンと会話を試みようとしたが、反応はない。助けを期待するのは絶望的だった。
「うぅ……すみません。悩みを相談してもらっておいて申し訳ないのですが、役に立てそうにないです」
「き、気にしないで。これでも、ヴィオレットの騎士! 泣き言を言ってる場合じゃない――よし、やるわよ!」
フルールが勇ましく動き出した時だった――
「……ようこそ。希望の森へ」
「なっ……!?」
フルールの動きが止まる。正確には何かに縛られているように動けないのか――レイラはかろうじて動ける状態だったが、足がすくんで動けない。
「……楽しんでいってねぇ。誰かに言いふらしてもいいよぉ。ただし――」
暗闇の中に不気味で不吉な笑顔が浮かびあがる。
「この森から出られたらの話だけど……ねぇ」