レイラが一人でどこかへ行った後、ヴェーダ達は森の周りを調べていた。
「一通り調べたけど、この森……色んな術がかかっているね。僕からしても、正直薄気味悪い」
「曖昧ねぇ。ルメイユみたいに特定出来ないの?」
「メロディアの術はお手本のように分かりやすいんだけど、これはよく分からないね。独学なのかもしれない。何かを待っている感じと、排他的な結界の構造か」
メロディアの魔術は綺麗に整っているらしく、逆に森にかけられているものは、ぐちゃぐちゃに張り巡らせているといった風に見えるらしい。ルーンもはっきりと見えているわけではなく、あくまで自己流で調べたうえでの感想である。魔術に長けた者であれば、その通りに見えるものだとか。
ヴェーダは魔力の流れがあるのは分かるが、魔術の術式までは分からない。
「この中にいる奴は釣りでもしているわけ?」
「言い表すなら、それに近いかもね」
明らかな悪意を感じ取ったヴェーダは、忌まわしそうに森を見つめた。ラパンは何も言わず黙ったままだった。
「そういえば、貴方もさっきから様子がおかしいけれど、何か知っているの?」
先ほどから、ラパンの態度は何かを知っているように思えた。言いたくないことなら、構わなかったのだがヴェーダは思い切って聞いてみた。
「……隠すほどのことでもないんだけど」
そう言いつつも、ラパンの口調はとても重かった。ラパン曰く、森の中から漂ってくる匂いの中に、嗅いだ覚えのあるものが混じっていた。その匂いを持つ者は動物でも魔物でもなくれっきとした人間で、ラパンとは因縁があるらしい。
「偶然というべきなのか、ねー」
「どんな奴なの? ヤバい奴?」
「……私が住んでいた施設を燃やした奴」
その人間はラパンが山を彷徨うことになった原因だった。その人間は彼女の仲間も住処も全て跡形もなく燃やしてしまったのだ。そこからラパンは頭が真っ白になり、為す術もなく逃げてきた。いつか再会するかと思っていたが、こんなにも早くその時が訪れるとは思ってもいなかったようだった。
ラパンの話を聞いたルーンは問いかける。
「決着付けたい?」
「どっちでもいい……と言いたいけど、付けたほうがいいんだろうね」
「因縁を燻ぶらせておくのはよくないわね。見逃したら後悔するわ」
心残りが少しでもあるのなら、解消したほうがいいと考えていた。ラパンはあまり復讐に積極的では無さそうだが、思うところはあるようなので、それならば決着を付けたほうがいいだろう。珍しく、ヴェーダの言葉を真剣に聞いていたラパンは力強くうなずく。
「分かった。やってみる」
「しかし、そいつも何の為に施設を襲ったの? 金目の物がある施設とは思えないけれど」
「……盗賊まがいのことをしていた気がする。私の力に興味持っていたのは覚えてる」
何が起こったのか、ぼんやりとしか覚えていなかった。会話を交わしたのは覚えているが内容を思い出せなかった。ラパン自身忘れたくて、無意識のうちに封じているのだろう。
「無理に思い出さなくてもいいわ。どうせ、思い出しても楽しくないでしょう」
「……うん」
ヴェーダは記憶を掘り返そうとするラパンを止めた。わざわざ遠ざけたものを無理に思い起こそうとしても、精神に負担がかかるだけだ。それに、事情を聞くならやった本人に聞いた方が早いというのもある。
「……あ」
突然、ルーンがぽつりと呟き、森のほうへ険しい視線を向けた。
「どうしたのよ?」
「レイラが森の中へ入っていった……」
森の中へ、一人で入ることはないだろうと思っていたが、何の手違いかレイラは森の中へ足を踏み入れてしまったようだ。
「ちょっとそれ……マズいんじゃないの!?」
「……あいつがレイラちゃんの災厄の力に目を付けてもおかしくない、と思う」
「位置は分かるのでしょう?」
「それが通信魔法を阻害する術もあるっぽくて、分からないんだよ。森へ向かったのは確かだ」
どうやら、レイラの位置情報は森の中に入った瞬間途切れてしまったようだ。森の中にいるものが、妨害していると思われる。かなり警戒心の強い人物かもしれない。
「はぁ、使えないわね。こうなったら真正面から入るわよ」
「面目ないね。この中にいるのはかなり厄介な魔術師だよ。よほどのことが無い限り、遮られることは無いんだけど……」
単純な力では魔法の方が強いが、魔術も高度な技術さえあれば魔法も凌駕する力を得られる。ルーンの見立てによると、ここに張られているのは不干渉の術で、盗聴や盗撮などあらゆる監視を遮るものらしい。
「ぶつぶつ言ってないで、責任取って貴方が先行しなさいよ」
「はいはい。まぁ何とかなるよ」
「……こんなんで大丈夫なの?」
「不測の事態はいくらでも起こる。いちいち慌てたって仕方ないさ」
「……お気楽ね」
レイラが一人で危険な森へ入っていったのに、ルーンは心配するどころか楽しんでいるように見えた。
「人喰いの森……一人になった方が案外力を発揮出来るかもしれないよ」
封印を解くには避けられない道ではあるが、さすがに単身は無謀すぎるのではないかとヴェーダは思う。
不敵な笑みを浮かべ、ルーンは森の中へ足を踏み入れていく。恐らく、レイラの力を試そうとしているのだろう。ルーンの考えも一概に否定出来ない。災厄――魔法の力は心に左右される。危機的状況になれば、引き出されるかもしれない。
しかし、あまりにも博打過ぎる考えだ。不発に終わりレイラが殺されてしまう可能性だってあるはずだ。それに暴走する危険もあり、それはルーンも懸念していたことである。
考え込むヴェーダをよそに、ラパンが二番目に森の中へ入っていった。レイラと中にいる魔術師が鉢合わせする前に、ラパンが決着をつけてくれるのが一番、安心出来る展開だ。
「私が考えたって、最終的にはレイラにしか解決出来ない問題だものね……」
ヴェーダもラパンに続いて暗い森の中へ踏み込んだ。
森は来るものを拒まず、去るものを逃がさず――ひたすら獲物を待ち構えていた。