――レイラが森の中へ入る少し前――
一足先に森の中へ足を踏み入れたフルールは、慎重に歩を進めていた。昼間なのに、森の中は冷たい宵闇に支配されていた。これも魔術なのだろうか。フルールはそのあたりの知識に疎かったので最大限警戒して進んでいた。とはいえ、やはり知識が少ないのは痛いところだ。何かが起きても、後手に回る可能性が高い。
「どこを歩いているのかさっぱり! 歩けど歩けど、同じ景色しか続かないし……それに」
生き物の気配を全く感じなかった。川は途切れることなく流れているが魚も全くいない。確かここは、多種多様な生物が暮らしていたはずなのだが、これではまるで――
「……死んだような森」
逆に緑は多く草木は生い茂っていた。鬱蒼とした森の中は人の手が介入されていないせいか、むしろ生き生きしているようにも見える。もしかすると、生き物の命を吸い取っているのかもしれない――考えるだけで震えが止まらなかった。
「あー!! もう無理。帰りたくなってきた。寒気しかしない。何がいるの!? 隠れていないで出てきなさいよ、もう」
恐怖を振り払うように、フルールは独り言をつぶやきながら歩いていく。奮い立たせても、自分がどこを歩いているのか全く分からない。終わりの見えない森の中をひたすら彷徨っていた。まっすぐ歩いていたつもりでも、いつの間にか方向感覚を狂わせるのだ。
そもそもこの場所は『人喰いの森』と呼ばれる以前に、足を踏み入れた者を迷わせる『迷いの森』として有名だったことを今更、フルールは思い出していた。はぁ、と何度目か分からないため息を吐いた。
「メロディアによれば人間がいるらしいけど……いきなり出てきたらどうしよ。ホント、どうしよう!?」
もはや独り言なのか分からないレベルになってきたが、今のフルールにそんなことを気にする余裕はなかった。かなり歩いたと思い、休憩がてらに立ち止まっていると、ガサガサと葉が擦れる音が聞こえてきた。これまで何の生き物の気配を感じなかったのに、ここに来て何らかの気配をはっきりと感じ取った。
「誰!?」
驚いたフルールが音のする方へ目を向けると、漆黒に紛れてぼんやりと人影のようなものが現れた。徐々に形がはっきりとしていく。フルールは手汗を滲ませながら剣を構える。音はだんだんと大きくなり、距離は縮まっていく。
そして、フルールはついに人影と対面した。
「あ……」
思わず腰が抜けそうになるも、人影の正体が分かるとフルールは驚きの表情を隠せなかった。