――ヴィオレット城、ヴィオラ図書館内。静謐に包まれていた図書館は一気に騒がしくなる。
「自分、分かんないことだらけで疲れましたよー」
「私だって同じよ。殿下もルーンも、本当に分からないわよ」
セゾンは、だらんと机の上に腕を伸ばし、ついでに頭を寝かせリラックスしていた。今回の件で疲れが相当溜まっているようだった。
メロディアは自分専用の椅子に腰を掛け、本を読んでいる。戦闘後とは思えないほど、優雅な佇まいである。メロディアは静かに読書をしていたかったが、セゾンがお構いなしに話しかけてくる。
「……それにしても、なんでケガしてた少女を鍵にしたんです?」
「単純にちょうどいい人間がいなかったのよ。観光地なのに、人がいなさすぎるでしょ……」
ラパンを脱出の鍵に設定したのは、単純に人がいなかったからである。メロディアが最初に張った結界は殺すためではなく、時間稼ぎのためである。レインの命令をこなしつつ、ルーンへの嫌がらせを兼ねていた。
「不思議ですねぇ。観光地なのに。解かれた災厄の封印と関係あったりするんですかねー」
「ここにもあるらしいけれど、どこにあるのかは知らないのよね。はぁ」
ヴィオレット王国には災厄の封印場所がある。つい最近までメロディアも知らなかったことであった。どうも引き継ぎが杜撰である。あの憎たらしい魔法使いの姿を思い出して、若干苛立ちが募る。
「……ししょーは、レイン様は何を考えているのでしょうか」
「分かったら苦労しないわ。あーあ……白々しい。全部ムカつくのよ。あいつ絶対何か知っているって」
メロディアは最初からルーンを疑っていた。彼が世界を破壊するという話が嘘のように思えてならない。メロディアの記憶では積極的に何かをしようとするタイプではなかった。何かに動かされていると言うべきか、不気味な人形だと当時のメロディアは感じていた。
しかし、久々に会ってみればかつてのようなとがった雰囲気はなかったものの、今度は胡散臭さが増した。いや、元から胡散臭いのは変わりないのだが、きな臭いと言った方が正しいのか。
「そうですねー多分知ってると思いますけど、絶対言わないですよ」
「お前が強引について行って、情報を渡してくれたらちょうど良かったんだけど」
「……んーどうしようかと思ったんですけど、あの面子だと自分、力不足感が否めないのでー」
災厄の魔女に、自分より格上の魔法使い――さすがに実力の差が開きすぎている。メロディアでさえも、抑え込まれたのだからそう思うのも仕方のないことだった。それ以上に、セゾンに出ていかれると人手が足りなくなり、困るのはメロディア自身だった。結果的にはついていかなくて良かったと思うのであった。
メロディアは本を読み進めているうちに、あることを思い出した。
「あぁ、そういえば……お前に一つ聞きたいことがあったわ」
「なんですかー?」
「ルーンと交わした『約束』とやらについて――あの場所に誰の結界が張られていたのを、忘れていたわけではないでしょう?」
メロディアの結界は監視機能が付いていた。レイラ達が山に入った時点で、全ての会話が筒抜けだったのである。メロディアが帰るまで結界は張られていた。
「そこまで大げさなことじゃないですよ。聞いたら肩透かし食らうと思いますよー」
「お前の話にユーモアなんて期待しないわ」
メロディアは本を閉じ、セゾンを睨みつけた。
「昔の話なんですけどねー」
その昔、レイラは好奇心が旺盛だった。レイラは特に魔法を学びたくて仕方が無かった。レイラは魔法使いに魔法を教えてもらおうとしたが、才能が無いと言われ門前払いをされた。レイラはすっかり意気消沈して、次第に魔法の本を読むのを辞めてしまった。
「と、まぁ前提がそんな感じですねー」
「それが何を約束するのよ」
「急かさないでくださいよー」
レイラはすぐに心が折れたわけではなかった。魔法使いに断られた後、セゾンに対して自分の代わりに魔法を教えてもらい、それを私に教えれば良いと提案した。才能が無いという言葉でも諦められず、ねばろうとしたのだ。セゾンとしては自分も魔法に興味があったので、嫌でもなかったので魔法使いの元にいったという。
「どうせ断られるだろうなーって思っていったわけですよ。子どもの考えなんて、見透かされてそうですしー」
「でも、貴方は魔法を使えるわよね」
「そうですねー結論を言えば、あの人魔法を教えてくれたんですよ……」
セゾンの言い方はどうも含みがあるようだった。タダで教えてもらったわけではなさそうだ。
「ただし、教えてもらう代わりにある条件を出されたんです」
それはあまりにも不可解な条件だった。未だにセゾンはその真意を分かっていない。
「レイラ様に一切魔法を教わっている事実を言わない。レイラ様の前で魔法を使わない。使えるという事実も伏せる……といった条件です。約束と言っていますがね」
「あぁそういうこと。確かにお前、姫様の前で魔法を使わなかったわね」
セゾンはレイラと再会した時、一切魔法を使う素振りを見せなかった。かなり昔の約束のうえ、災厄を取り込みルーンやヴェーダと一緒に行動している以上、レイラは魔法を見たり、使ったりしているのではないかと思っていたが案の定、ルーンからすでに破綻していると言われた。
「どうして、そんな約束……条件をつけたのかしら」
「分かりません。あーでも「悪あがき」と言っていましたが、どういうことかさっぱりです。そもそもレイラ様に才能が無いって言うのも嘘だったんですし。「自分も才能が無くて断られた」っていうのは心苦しかったです。レイラ様の愕然とした顔……今でも思い出しますよ」
「あいつは彼女に関することで、何かすでに気づいていたということ?」
メロディアはセゾンの話を聞いて、色々な考察をしていた。
「あれこれ推測しても分かりませんよ。ししょーはなぜかレイラ様と、過去に接触していることを気づかれたくないみたいですしねー」
「都合が悪いのね。言ったら、面白いものが見れたかもしれないのに、勿体ないことしたわね」
「空気を読んだんですよーそれにあの人、すげぇ目で訴えてくるし。曲がりなりにも恩師ですし、無下にも出来ませんからねー」
セゾンも全てを分かっているわけではないが、空気を読む事には長けていた。別にルーンへ嫌がらせをしたいという気持ちも無いので、気持ちをくみ取った。
「……穏便に済ませたい気持ちは分かるわよ」
「しっかしなぁ。レイラ様も気づいていたんじゃないかと、思っていたんですけどねー」
「大方、記憶を封じる魔法や暗示とか……かけられてるんじゃない」
「マジっすか。ヤバいですねー」
「そこまでして知られたくないものも気になるわね」
「気になると言えば、館長は最後に何を聞いていたんですか?」
「お前には関係ないわ」
「すぐそうやってごまかそうとする。大人は嫌ですねー」
「……大人に限った話ではないけれどね」
自分だけ話を聞いておいて何も言わないのは、フェアでないと感じたメロディアは話し始めた。
「タブー扱いにされている話らしいんだけど……」
メロディア曰く、この世界には『魔女王』という者がいて世界を裏から支配しているという話である。魔女王はどんな魔法、魔術も使えて世界の全てを思いのままに動かしているという不気味な都市伝説。
「私も人づて――というか、妹から聞いた話。メジアの方ではそれなりに噂になっているらしいのよね。本当にそんな人物がいるのか。あいつなら知っていると思ったんだけれど……」
「へー初耳ですーホントにそんな人がいるんですかね」
「噂によれば国を一つ丸々消せるとかそんな話があるらしいわ」
「こわーヴィオレットは大丈夫ですかね?」
「逆鱗に触れるようなことが無ければ大丈夫でしょう。それに都市伝説レベルよ」
「でも、館長は気になったんですよねー?」
「持ってきたのが妹だったからっていうのもあるわね。あれでも中途半端な噂に踊らされるような子じゃないし」
情報源が信頼出来るからこそ、さらに勘ぐってしまう。妹の性格を鑑みると遊び半分で持ってきた可能性も否めないが、何の意味もなく持ちこんだとも思えなかった。
「詳しいことは知りませんが、あまり考えすぎもよくないですよーとりあえず、甘いものとりましょう。疲れましたし」
「それもそうね。帰ったら作ると言ったわね。当然もう出来ているのでしょう?」
「出来てるわけないですよー」
「しょうがないわね。甘かったら何でもいいわ。出来ればシンプルに」
「了解でーす」
セゾンは先ほどまでの態度と変わって、勢いよく扉を開けて出ていった。
メロディアはセゾンの作るスイーツを気に入っていた。甘いものは元から好きで、口うるさいメロディアでも、美味しいと感じる程であった。セゾンは元から料理を作るのが好きなようで、他の料理も卒なくこなしていた。メロディアの食事の大半はセゾンが作っている。
「……魔法使いより、料理人の方がよかったのかもしれないね」
一人残されたメロディアは、ため息を吐いた。普段から厳しい態度を取ることが多いが、実はセゾンのことをそれほど鬱陶しく思ってはいなかった。最初のころは何で自分が……とは思っていたが、思いのほか優秀だったのでそれほどストレスはなかった。ルーンの教育の賜物なのかは分からない。手間がかからないようにしたのは評価しても良いとメロディアは思っていた。
しかし、ルーンの顔がちらつくのが玉に瑕である。セゾンからすれば理不尽ではあるが、仕方のないことだった。
「とんだ置き土産ね。それでも、あいつよりはマシか……」
椅子を回転させ、背後にあった扉を見つめながら、再び深くため息を吐くのだった。