大きく本筋から反れてしまったものの、上手く修正できたようでレイラは安心していた。封印はまだ解いていないが、なぜかもう達成感を感じていた。正直、山頂に上り風を浴びた時点で、かなり気分が高揚していたと思う。不思議と心の底から気力が湧いてくるような感じだ。
「そういえば、ここの風って浴びると元気が湧いてきますね。内側から作用してるかのような……」
「ここの風はグラスを大量に含んでいるわね。魔力が反応しやすいのかもしれないわ」
「だからこそ、ここは災厄の封印に持ってこいの場所なんだ」
封印は礼拝堂から少し外れた場所に祭壇はあった。フロラルとは違い、木の中に埋め込まれておらず普通に祀られていた。
「良かった普通にありますね」
「……何かあったの?」
「前は木に埋め込まれていたのよ。気持ち悪いわよね」
どんなものか想像出来ず、ラパンはふーんと頷いていた。封印を解くというのが、どういった風にやるのかも見たことのないラパンは興味津々で眺めていた。
「触れたらそれで終わり……なんだけどね」
「今度は何が起こるのかしら。それこそ、いきなり世界が終わるとか」
「そりゃもう、願ったり叶ったりだね」
「……あんた達の会話を聞いてると、ついて来てよかったのか不安になるんだけど」
「こんなことでいちいち不安になっていたら世界なんて壊せないわよ?」
背後で会話をしている三人をよそに、宝珠の前に立っていた。宝珠はこの間と同じように不思議な輝きを放っている。吸い込まれそうな宝珠の輝きに思わず、背筋がのびる。封印を解くのに慣れなどなく、恐る恐る宝玉に触れた。宝玉が割れる音がして、一気に何かが波のように流れ込んでくる。たまらず、その場にうずくまっていた。そして、意識は自然に現実から離れていく――
(相変わらず……)
レイラはその流れに身を委ねた。触ってしまえば、後は流れに身を任せるだけだ。最初の時よりも、苦しさはなかった。
――ワタシハアナタノコトガキライナノ。ネタマシイ。
それは妬み。
――アナタニアコガレテイタノ。デモオイツケナイ。
あるいは憧憬。
――あぁ、嫌嫌いや……だって……××はもう。イナイジャナイ
――選ぶのは、君だよ××。この世界、美しいだろ……だから……光……のさ。
――この世で一番はダレ?
――私は、そこまで……ではなかったわ。どうして……ね。
――ボクはナンのタメにウマレタの。××
――英雄に…………どうでもよかった…………
(はっきりと聞こえてきますが、誰の声なのでしょう。まだ分かりませんね……)
(それはかつての記憶。人の子たちの記憶。純粋なる記憶の海)
レイラが耳を澄まして聞いていると、ふんわりとした声が降りてきた。
(!? 誰っ――もしかして、グラスですか?)
(……あぁ。どうやら、ここの地はひと際強い。つい、起きてしまった)
元々、寝ているつもりだったが、無理矢理起こされたようだった。ルメイユ山は封印場所の中でも、ひときわ魔力が強い場所と言われている。そのせいか、グラスも多少影響を受けているのかもしれない。寝起きのような言い草に、レイラは思わず笑ってしまう。
(ずっと寝ていたのですか?)
(あぁ。それにしても、懐かしいものを見た)
(ここの記憶は誰のものなんですか。あなたは知っているんですか?)
(力に溺れた者達か――或いは光り輝く者達の記憶)
(光り輝く者、記憶?)
聞きなれない言葉にレイラは戸惑う。さらにグラスから思いもよらないことを告げられた。
(人の子。今のままでは願いを叶えられない)
(え、え……それって)
(輝きを――紫の姫。今のままでは足りないのだ……)
――ヒ……、メ………
グラスの姿はぼやけて見えなくなっていき、声も聞こえなくっていく、最後に見えたのは誰かが悔いているような悲痛な表情だった。
(私は知っている……はずなのに、足りない。何か忘れているの? ねぇ……)
自分は知っている気がする。呼び出したのはきっと自分。頭が痛い、どうして――こんなにも苦しいのか。
「待って!!!!」
レイラが、力を振り絞って手を伸ばしたのと同時に、瞳に映る景色はルメイユの祭壇に変わっていった。我に返ったレイラは辺りを見渡した。グラスの姿はなく、声も聞こえなかった。
「いきなり大きな声上げてどうしたのよ」
「また、何か見えたの?」
「は、はい……」
何か見えたというより、最後に聞いたグラスの言葉が頭から離れなかった。一体どういうことなのだろうか。不安が押し寄せるが、見透かされるわけにはいかなかった。平常心を保とうと、レイラは思考を振り切る。
「いきなり出てきたりするから、驚いてしまうんです。何ともないので大丈夫です」
「何ともないなら、さっさとこの山降りましょうよ。涼しいけれど、飽きてきたわ」
「……子どもか」
「貴方よりはね」
「……は?」
意味の分からない返答にラパンは本気で首を傾げているようだった。言葉通りに受け取るのなら、肯定しているように見受けられるが一体、何を思っているのだろうか。ヴェーダにしかわからないのであった。それに、レイラとしてはどうでもよかった。
それよりも、レイラはルーンに言っておきたいことがあった。先ほどの記憶を払拭したい気持ちもあり、声をかけた。
「あ、ルーンに言いたいことがあります」
「どしたの?」
「『姫様』呼びはやめてください。もうヴィオレットの姫ではありませんので、普通に”レイラ”と呼んでください」
「……そっか。なんかごめん」
レイラはもうヴィオレットの姫ではない。ルーンの願いを叶えると誓った以上、戻るつもりもなかった。その為になるべく壁を取り壊して、彼の願いを叶えたいと思う純粋な気持ちが欲しかった。それでも、あの言葉が呪いのようにまとわりつく。
「怒ってるわけじゃないです。個人的な……願いですから」
笑っても、どこかぎこちない。上手く取り繕えているのだろうか。多分、これじゃあダメだろうなとレイラは薄々思っていた。
その証拠にルーンの表情はいつになく険しい表情をしていた。
「……封印を解いたとき、何を見たの」
漣のように移ろう記憶、断片的で不確かな破片。確証を持つにはまだ尚早で、しかし見て見ぬ振りも出来ない。あの記憶が誰に繋がるものなのか――願いを叶えられないと言ったグラスの真意――思い切って踏み出してみるしかないのだろうか。レイラは恐る恐る、呟いた。
「ルーン……『輝き』とは何でしょうか?」
「それって……」
「な、何でもありません。あはは……今のは、忘れてください」
「ひめさっ…………レイラ!」
呼びかけるルーンの声から遠ざかるように、その場を離れた。名前を呼んでくれたのに答えられなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(今はちょっと動揺しているだけ。明日になれば普通になる、なれる。大丈夫、私は投げ出したりしない)
揺らぎ、揺らめく心の欠片。輝きとは何なのか――ルーンに問いかけたが、ぼんやりとレイラは理解していたのかもしれない。
――ネガイハカナエラレナイ――
レイラの頭の中でリフレインするグラスの声は冷たく、残酷な現実を謳う。
(そんなことが知られたら、私は見捨てられるかもしれない。そんなのは嫌……)
気休めだとしても、祈らずにはいられなかった。希望の光が見え矢先に、また閉ざされてしまう――恐れを覚えたレイラは心の中で静かに祈りを捧げた。
(私は絶対に願いを叶えてみせます。私は諦めない。絶対に――)