Fais ce que dois, advienne que pourra.

――レーヴ森林前――

「ここか……」

 荒地から続く森林地帯。森の近くから漂う排他的な空気は、勘の鈍い者でも嫌な気配を感じ取れるほどに気味が悪かった。人を寄せ付けない森林付近に二人の女性がいた。剣を携えた凛々しい女性――フルールは厳しい表情で森見つめていた。もう一人は、腕を組みながら森林をじっくり観察している、魔術師メロディアである。
 以前と同じように、メロディアはレイラ達の牽制をするようにレインから命令を受けた。今回、セゾンはついて来ていない。留守番である。その代わりに、フルールが支援という形でついてきている。本来ならば、メロディア一人で行くところであったがフルールの要望によりこのような形になっている。レインにはフルールが直接許可を取りに行ったが、反対されなかった。何を思っているのかは、分からないがフルールにとっては、レイラ達を調査するチャンスだった。

「正直、入る気失せるわね」
「放った使い魔が帰ってこない以上、命の保証はしないわよ」
「やっぱりあの噂……本当なのかねぇ」
「さぁ。メジアの管轄である以上、何が起きても不思議じゃないわ」

 メジア大陸にあるレーヴ森林は、特に手入れもされておらず、誰かの所有地というわけでも無い。
 しかしここ最近、森の中へ入った者が行方不明になるという事件が発生していた。メジアでは自己責任論が強く、自治区が調査することもなく、野放しにされていた。
 そんな矢先、サランドの魔法使いが森の中へ入って戻ってこないという情報を受け、そこで初めて事件として認知されるようになった。事件が広く認知されるようになった結果「レ―ヴ森林には人喰いの悪魔がいる」という噂が広まり始めた。

「私は森には入らないわよ。入らなくてもいいって、殿下からもそう言われたし。邪魔しに来たのに、姫様一行に会わなかったら何の為に来たんだって話だけれど……」
「でもでも、封印が森の中にあるなら、森に入ったほうがレイラ達に会えるでしょ? それに、ここに悪い奴がいるなら放っておけない。サランドだろうが、メジアだろうが関係ない。困っている人がいるんだから」
「言うと思った。けれどね、ここは本当に危険な場所よ。こんな邪悪な結界見たこともない。人を寄せ付けないようにして、それでいて特定の人物だけ引き上げる……撒き餌のようだわ」
「特定の人物?」

 フルールはメロディアの言葉を聞いて、訝しむような視線を向けた。この森にいる何かは、明確な目的をもって人を攫っているのだろうか。

「何が指定されているのかは不明。少し解析してみたけれど、人を寄せ付ける要素が入っている。同時に、余計な人間を呼ばないようにする為か、人を寄せ付けない要素もあるみたい」
「意図が分からなくて不気味ね。結界がある以上、人間の仕業であることに違いは無さそうなんだけど」
「まぁ……変な化け物じゃないことを祈るわ」

 森林に貼られている結界は、高度な技術が使われていた。人間がいることに間違いはない。それもかなりレベルの高い魔術師だ。結界はメロディアがルメイユ山で張ったものに近いが、普通の人間に害を及ぼすようなものは作っていない。ここに張られていたのは、魔法の使えない一般人だと近づいただけでも、吐き気がするような凶悪なものであった。メロディアとフルールは魔力が高いので、影響を受けていなかった。

「ま、入ってみれば分かるでしょ!」
「自殺行為だということを忘れないでね。相手は恐らく魔術師。この結界から予想すると、魔法剣士の貴方よりも恐らく格上」

 フルールは魔法剣士だが、魔法に精通しているわけではない。剣と魔法を組み合わせて戦う。バランス型と言えば聞こえはいいが悪く言えば中途半端と言える。
 しかし、そこは彼女も王国の騎士なので、そこらの魔法使いや賊よりはよっぽど強い。それでも、この術を扱う者に勝てるかと言えば微妙なところである。そんな理由もありメロディアは素直に心配していた。特別仲が良いというわけでもないが、同僚である以上死なれたら気分が悪い。

「それでもここで逃げ出すわけにはいかない」

 フルールはグッと、剣の柄を握りしめた。何も知らないままでは、何も進めない。無謀だろうが、レインの横に立てるくらいにはなりたかった。

「怖いもの知らずねぇ。馬鹿正直な所……嫌いではないけれど」
「メロディアに言われると、ちょい照れるなぁ」

 騎士になった理由は、純粋に人の役に立ちたかったから――というのもあるが、分け隔てなく接するレインを見て思ったのだ。今とは大きく違うかもしれないが、それでも彼女の中では忘れられない記憶だった。

『将来、この国を――この人を支えられる人になりたい』

 フルールの願いはレインの言葉を聞いてから揺るぎないものになった。親は当然反対したが、押し切って厳しい訓練に耐え、見事立派な騎士になった。最初のころ、周囲からは馬鹿にされることも多かったが、レインは決して笑ったりしなかった。実力をちゃんと評価してくれている。それがどんなに喜ばしいことか。

「誰に何と言われようと、信じる道を進むだけ。あの子も……レイラも同じように進んでいるのなら、私も立ち止まっている暇は無い」

 フルールは振り向きもせず、毅然とした足取りで森の中へ入っていった。メロディアは何も言わず黙って見送った。辺りにはまだ、嫌な気配が残っている。それどころか、強くなっているようにも思えた。

「勇気か無謀か――貴方のこと嫌いではないけれど、助ける義理もないのよね……」

 ぶつぶつ独り言を呟いて、メロディアは姿を消した。心の中でフルールの無事を祈りながら――