「……帰るわよ、セゾン。よくもまぁ、色々喋ってくれたわね。聞こえていないと思ったの?」

 メロディアの機嫌は最高潮に悪かった。セゾンですら茶化すのも躊躇うくらいに、苛立ちを募らせていた。

「ひえーすみませーん。ししょーが勝手に話してきたので……つい」
「御託は良いの。聞いたのが問題なのよ」
「理不尽ですー」
「そう思うのなら、お前がルーンを殴ればよかったのよ」
「……それはちょっと。あーでも帰る前にレイラ様と、もう少しお話させてくださーい。帰ったら館長の好きなスイーツ作りますからー」

 その言葉を聞いた途端、メロディアの目つきは一変した。

「本当ね?」
「はい~何でも~だから許して~」

 メロディアはあっさりとセゾンを放した。怒りは沈静化されたようだ。セゾンは嬉しそうにレイラの元へ駆け寄っていく。

「えーと……大丈夫ですかね? 掴まれていましたが」
「問題ないでーす」

 はらはらしながら見守っていたが、話す時間が与えられたようでレイラは、ほっとした。セゾンには言いたいことも、聞きたいことも山ほどあった。

「もう行ってしまうんですね――って、言えるような立場ではないのですが……」
「いいですよー自分も寂しいですしーそれよりも、本当にあの人に付いていくんですか? ぶっちゃけ言いますと、あまり信用出来ないしお勧めしませんよー」
「お気遣いありがとうございます。それでも、私が決めたことです。あの人の願いを叶えるって」
「レイラ様……」

 セゾンは寂しいような、憐れむような複雑な感情が渦巻いていた。レイラの置かれた状態を考えれば、城に戻るよりはルーンと一緒にいたほうがまだ良いのかもしれない。城に戻ったとしても、セゾンには守れるほどの力もない。

「なので私のことは、もう気にしないでください。死んだことになっているうえ、ヴィオレットの姫ではないですし……」
「レイラ様がそう思っていても、自分の中じゃ時が止まったままなんですよ。真実は最近知りました。最初は生きていて嬉しかったんですが、だんだん何も知らなかった自分に腹が立ってきました。なんなら、恨まれても仕方ないと思ってます」

 何も知らなかったでは済まされない。レイラの傍にいたはずなのに、何も気づかなかった自分の愚かさに反吐が出る。セゾンはレイラがいなくなってから、空虚な気持ちだった。表情は取り繕えるが、それだけだった。笑っていれば何とかなる――そんなわけがない。

「自分はどうしたら、いいんですか。どうすれば、レイラ様の役に立てるんですか……」

  太陽のように明るかったセゾンは見る影もなかった。暗い闇の中に放り込まれたような――災厄に取り込まれたかつての自分を想起させるものだった。そんなセゾンを、これレイラは以上見たくなかった。

「そんなの自分で考えてください! 自らの足で前に進んでください。私だって闇の中に放り込まれましたけど、生還しました。あなたは生きているだけでいいんです! 私が生きていてよかったって思うなら、私だってセゾンが生きていてくれてよかったって思います。あなたが昔も今も変わらず、想ってくれていたこと、覚えていてくれたこと、私はそれだけで十分です」

 レイラは心から叫んでいた。何年経っても、忘れないでいてくれた事実は何物にも代えがたいものである。思い出は無くならない、過去が消えないように――だからこそ、レイラは未来へ進まなくてはならないと感じていた。真実を知るためには、立ち止まってはいられない。

「……レイラ様立派になったんですねー」
「真面目に言ったのに!」
「いやいや、かなり響きましたよ。ショック死しそうです。レイラ様がそこまで言うなら、自分も頑張るしかないでしょー」

 いつの間にか、暗く闇に包まれた表情は消え、セゾンはいつもの朗らかさを取り戻していた。

「レイラ様のほうが辛いのに、気を遣わせて申し訳ないです……最後に一つだけ言わせてください――良い旅を」
「……あなたも」

 セゾンとレイラは互いに別れを惜しみながら軽く抱き合った。
 ――良い旅を――この先どうなるのか。誰にも予想出来ないだろう。改めて旅の始まりを告げるように、ルメイユの山に一筋の風が駆け抜けていくのだった。

 セゾンはレイラと抱擁を交わした後、ルーンの方に近寄って耳打ちをした。

「そういえば、あの約束って今も有効なんですかね?」
「あー……申し訳ないんだけど、それとっくに破綻してるんだ。ホントごめんね。でも、空気読んでくれたのは感謝するよ」
「なーんだ。思いっきりししょーに攻撃すればよかった。それにしても、姫様の前で魔法を使わないって約束……何だったんです?」

 ルーンとセゾンはかつてある約束をしていた。決して、レイラの前で魔法を使わないという約束だった。どういった意味があるのかはいまだにセゾンは知らない。

「ちょっとした悪あがきさ。君は気にしなくていいよ」
「そう言われると気になりまーす。しょーじき、言わないならそれでいいですよ。あなたに深く関わると、大変な目に合うっぽいのでー」
「有難いね。物分かりのいい弟子で助かるよ」

 ルーンは満面の笑みで、セゾンの肩をぽんぽんと叩く。こうしてみると、本当に信用の出来ない師匠である。どうやっても、流れは変えられないので言いたいことを言っておくしかなかった。
 
「事情は聞かないでおきますが、一つだけ――レイラ様を悲しませないでくださいよ。ししょーだろーがそれだけは絶対許しませんよ。ていうか、ぶっちゃけ今も殴りたいんですけど……レイラ様が一緒に行きたいって言ってるから、止めることは出来ませんしーあー最悪。これ、館長っぽくなっちゃったじゃないですかー」

 セゾンは深くルーンのことを深く知っているわけではない。魔法を教えてくれた恩もあるので、一概に悪い奴だと非難することも出来ない。セゾンはセゾンで、レイラのことを守れなかった為、心のどこかで再会したレイラに罵られるのではないかと不安に思っていた――そんなことをするはずがないと思っていても、ほんの少しだけそう思ってしまう自分がいた。それがまた、許せなかった。
 結論から言えばレイラは罵ることなどなく、むしろセゾンと再会したことを喜んでいた。そこまではよかったが、レイラは城に戻ることなく、ルーンについていくと言った。本当は腕を掴んで引き止めたかった。
 レイラに世界を破壊させるなどというおぞましい行為――ルーンが何を考えているのか、不気味で仕方がない。
 
「君が僕を不信に思う気持ちは分かるよ。ヴェーダにも疑われているし、慣れてるし構わない。ただ、こっちも一つだけ言わせてもらうよ」

 ルーンの纏う空気が一瞬だけ冷たくなり、セゾンは身構えた。

「僕らには関わらないほうがいい。何も知らないほうが幸せだ。メロディアにもそう言ってくれ」
「……世界を滅ぼすとは聞きましたが、それだけではないんですかね? いやはや、何を考えてらっしゃるのかー」
「あんまり変なこと言うと、怖い人に目を付けられるかもしれないから、可愛い弟子の為に忠告しているんだ。セゾンのことはこれでも気に入ってるんだよ? 何かあったらと思うとねぇー」
「忠告という名の脅迫ですねー清々しいほどに隠してませんねー自分、びっくり」
「そうだよ。死にたくなければ、余計なことはしない。生きていくうえで大事なことだ。覚えておくといい」
「自分は正直どうでもいいんで、積極的に調べようとは思いませんが、レイラ様に何かあったらホントに、ガチで叩きのめしますよ」
「憤るのはいいけど、僕よりも先に殿下に言った方がいいんじゃない?」

 突然、レインの話題になりセゾンは動きが止まった。元はと言えば、レインがレイラを封印したという。フルールが直接問いただしたそうなので、間違いないようだった。

「……出来るわけないじゃないですかー」
「君の恩人だもんね」

 レインはセゾンが災害で両親を失って孤児になっていたとき、助けてくれたのだった。ヴィオレット付近で彷徨っていた見ず知らずの子供を保護するなど、よほどのことが無い限り王族がすることではなかった。城に住み込みで働くようになって、周りを観察していたが城の兵士や従者たちはかなりレインを慕っている様子だった。レインはどこまでも実直で、基本的に困っている人間を見過ごせない質であると、セゾンは考察していた。
 それが分かったから、セゾンも次第にレインを慕うようになっていき、その妹であるレイラも大事に思っていた。

「だからこそ、信じられませんよ。ししょーは何か知っているんじゃないですか?」
「知らないことは知らない。話はこれでおしまーい」

 セゾンに手を振りながら離れようとした。
 しかし、行く手にはメロディアが待ち構えていた。腕を組んでかなり不服そうな顔をしている。メロディアの結界は盗聴機能もあるようだ。おかげで会話は筒抜けだったらしい。過去を勝手にほじくられて、良い気分になる人間はあまりいないだろう。戦闘中に動揺しない姿は見習いたいものがあると、ルーンは少し思ったのだった。

「おい、お前勝手に人の過去喋ってんじゃないわよ」
「だってあまりにも変わってるし」
「お前も人のこと言えないわよ。無口無表情能面だった頃とは大違いね」
「えっ、そうだったんですか? 意外……」

 レイラもいつの間にか近くに来ていて、興味深そうにメロディアの話を聞いた。そんなレイラを見てメロディアは良いことを思いついたようだ。

「今とだいぶ違うのよ。機械のように誰かに動かされているような、不気味さだった。そんな奴に私は負けた。人生の汚点ね。誰とも積極的に関わろうとしない。一匹狼のごとくね」
「それ以上はやめてくれよ……」

 ルーンにしては珍しく焦っていた。よほど知られたくないことなのだろう。

「お前が戦闘中、勝手にバラしたことに比べれば安いものでしょう。それにお姫様も貴方の事、気になっているみたいだし?」

 嬲るような笑みをメロディアは浮かべていた。今この瞬間が楽しくて仕方がなかった。

「……根に持ってる?」
「焼き土下座してくれるなら考えてもいいわ。いや、私の場合は氷漬け土下座かしら」
「えー」
「それが嫌なら、今から言う私の質問に答えるか――選べ」
「黙秘権は……」
「構わないけれど、そうしたらお姫様にお前の過去をバラしてやるわよ」

 有無を言わさず、メロディアはルーンに条件を突きつけた。彼女はどうしても知りたいことがあったのだ。

「仕方ないなぁ。何が知りたいのさ。君くらいなら大抵のことは知っているんじゃない? 図書館には生涯読み切れないほどの情報があるでしょ」
「本で知ることが出来たら、わざわざお前に聞かないっての」

 至極正論であった。メロディアは出不精で面倒ごとが嫌いではあるものの、興味ある物事はとことん調べつくすタイプである。知りたいことがあれば、天敵に教えを乞うことも厭わない。

「私が聞きたいのは『魔女王』と呼ばれる人物について――何か知っていることはあるかしら?」

 ルーンは『魔女王』というワードを聞いて、少し考えるそぶりをしながら答えた。

「知らないなー」
「こっちではあまり聞かないけれど、メジアの方ではちらほら聞くらしいから、なんなのかと思って。本ッ当に心当たりはないのかしら」
「無いねぇ。知っている人に聞いた方がいいんじゃない? というか、聞いた人から聞けば良くない?」
「そうね……」

 これ以上問い詰めても無駄だと思いメロディアは、舌打ちをした。

「まぁいいわ。次の質問だけれど……」
「何で敵である君の質問に答えないといけないのさ」
「質問が一つだけとは言ってないわ」
「館長そろそろ帰りませんかねー? 疲れてるんじゃないんですかー?」

 見かねたセゾンが必死に食い下がるメロディアへ声をかけた。放っておくと、いつまでも質問を続けそうであった。自分から撤退すると言ったのに、この有様である。
 面倒なことは嫌いだと言うが、好奇心は旺盛なのだ。

「……そうね。熱くなり過ぎた。今日はこれくらいにしとくわ。決して負け惜しみではないわよ」

 セゾンから声をかけられて、メロディアは我に返った。

「あー……うん」

 それがもう負け惜しみでは――という野暮なツッコミはせず、セゾンの助け舟に感謝しつつ、ルーンは適当に返事をした。
 
「そんじゃーご迷惑おかけしましたーってことで。さよならでーす」
「せっかくだし願っておきましょうか。こいつらの計画が破綻しますように」

 メロディアとセゾンは魔法陣をくぐり消えていった。メロディアからは呪いのような言葉が聞こえたが、一同は聞こえないふりをした。

「それにしても、変な子達だったわね……嵐みたい」
「一種の災厄だね」
「それでも、私はセゾンと会えて私は嬉しかったですよ」
「……知らないヤツばっかだった」

 各々、複雑な思いを抱きながら山頂の風は吹き抜けていく。人の些末な迷いなど吹き飛ばすように。