物陰でわいわい話している中、災厄の魔女と氷の魔術師は、派手に戦闘を繰り広げていた。彼女達を盛り上げ讃える観客はいなかったが、それでも二人は気にせず、好き勝手に舞い踊る。
「現代っ子にしては、なかなかやるじゃない」
「お褒めに与り光栄ね」
メロディアは表情一つ変えずに、雹や氷柱を降らし続けていた。彼女は『氷の魔術師』と呼ばれていた。その名の通り、氷の魔術を得意とする。
彼女の周りには菱形の水晶のようなものが、くるくる回り続けている。魔術は魔法と違い、術式や道具を駆使して術を放つ。メロディアの周りに浮いているのは特殊な加工が施された水晶の魔具である。魔具というのは特殊な力を宿した道具のことを指す。何かしら曰く付きのものであったり、普通の道具に力を与えることで魔具にしたりと、様々な種類がある。余談だが、魔法使いが使う杖も魔具に該当する。
「先に言っておくけれど、私は本気でやり合うつもりはない」
「負けた時の言い訳? 見苦しいわね」
「何とでも言えばいい」
ヴェーダが挑発をするも、メロディアが乗ることはなかった。素早く動きながら、ヴェーダは光り輝く球をメロディアに投げつけていた。彼女が今使っているのは光魔法だ。光の力を球の形にして攻撃している。動きは素早いが、一直線に飛んでくるため軌道が読まれやすい。その結果を示すように、現在ヴェーダの攻撃は全てメロディアに防がれている。
「それよりも災厄の魔女と呼ばれた貴方がまさか、その程度ということは無いでしょう?」
「良い感じに評価してもらって悪いけれど、不完全な状態なのよ。期待に添えられなくてごめんなさいね」
「なぁんだ完全に復活したわけじゃないのね。よかった」
そう言いながら、メロディアは更に攻撃の手を強めた。ヴェーダに容赦なく凶器の氷柱が襲い掛かる。山頂の風に全く影響を受けず、精密機械のように氷柱は動き、的確にヴェーダを狙う。
「全く、愛も敬意も感じられない攻撃ね」
「攻撃に愛も何もないでしょう」
「要はねぇ……貴方の性格が最悪ってこと!」
ヴェーダは箒を取りだし、空へ上がる。彼女が空へ上がった途端、ひときわ強い風が吹き抜けていった。
風の流れに乗り空を自由に駆け回る。ヴェーダは光の球を無造作にばらまきつつも、光の刃を模した魔法も加え、メロディアに攻撃を続けた。
「性格については自分で分かっているので問題ない。でも、そろそろ飽き……面倒になってきたわ。頃合いか」
メロディアが呟くと、地面が青白く光り始める。地面には魔法陣がいつの間にか描かれていた。魔法陣は全部で五つ描かれており、ヴェーダは嫌な予感がしたので反射的に魔法陣から離れた。その予感は的中し、地面から突き出すように氷の柱がヴェーダへ伸びていった。思いの他射程が長く、避けきれずに、ヴェーダの体をかすっていった。
「いっ……最悪。私としたことが、貴方の結界内ってこと忘れていたわ~」
メロディアの結界は未だに展開されていた。この結界内では、メロディア以外の反応が鈍るようになっている。大規模な結界を張りながら、攻撃の手も緩めない――メロディアが並大抵の魔術師でないことは明白であった。ヴェーダは自然と笑みがこぼれていた。まだまだ、現代も捨てたものではないと、彼女は心から今の状況を楽しんでいた。
メロディアはというと、ヴェーダに傷を負わせながらも顔色一つ変えなかった。
「貴方の実力はこんなもの? 初めは勝ち目がないと思っていたけれど、これなら良いところまでいけそうね」
「……何か勘違いしているみたいだけれど、私は本気だなんて一言も言ってないわよ。貴方も私も本気を出していないのに、笑わせないでくれる?」
「確かに先走り過ぎていたわね。でも、本気を出さない戦いでこの程度なら、結局のところ弱いってことじゃない」
「あれだけレイラに自慢しておいてこれじゃあね。自信は適度に――大事なことよ。そうでないと、あっという間に壊れるんだから……」
ヴェーダは宙へ舞い、腕を伸ばしメロディアへ向けて光の雨を降らせた。光の雨のように見えるものは、先が鋭利な刃のようになっている。きらきら輝いて、美しい光景であったが、当たればもちろん肉体は切れてしまう。メロディアは氷柱を刃にぶつけ全て防いだ。
「貴方の攻撃パターン、分かりやすいのよ。芸がない…………っ!?」
途中まで余裕そうな表情をしていた、メロディアの動きが急に鈍くなった。彼女は今、何らかの力で動けずにいた。いつの間にか何かに縛られているようだった。
「見えない力……風の魔法か」
「大正解」
メロディアは風の魔法によって動きを封じられていた。感触はしないが、体はぴくりとも動かない。おまけに風の力で宙に吊るされたような状態に陥っていた。魔法でこれほどまでの繊細な操作を出来る人間は限られているはずだ。昔の方が魔法のレベルが高いのか、ヴェーダが段違いなのか分からないが、少なくとも世界でもトップクラスの実力である。
「単純な攻撃しかしなかったのは、低コストでレイラに被害がいかないようにする為。他の奴らはどうなろうと構わないけれど、あの子だけは守らないといけないから。貴方は味方がいても手加減しないようだし、大変だったわ」
「……そうね。正直に言って私は私以外どうでもいい。殿下が何を考えていようが、貴方やルーンが何を考えていようが、本当は関わりたくない。どいつもこいつも、私も本当……最悪」
「よく分かんないけど、世渡り下手そう」
「うるさいわね」
メロディアはここでようやく悔しそうな表情をヴェーダへ向けた。メロディアが味方である、セゾンを考慮していないのは途中で気づいた。どちらも何も気にせず戦えば、周りを巻き込むほどの力を持っている。ヴェーダとしては、レイラが死なれたら困るので力をセーブして戦わざるを得なかった。
「そこまで心配しなくても、ルーンが守っていたでしょう」
メロディアの言う通り、ルーンがいるのでそこまで心配しなくてもいいような気もするが、ヴェーダはルーンを信用していない。人の力よりも、自身の力を信じるほうが手っ取り早い――ヴェーダの長年の経験によるものだった。
「自分以外信用していないのよ。自分と自分の力以外信じないの」
「あぁ……その気持ち。分かるわ」
メロディアは世間体を気にして、頼まれると断れない性格だった。そのせいか良いように使われてきたこともある。
しかしその一方で他人のことは、ほとんど信用していなかった。決して人が嫌いなわけではない。周りの人間が思っているほど親切な人間ではないということだ。いざこざを起こして対立するよりも、自分が生きやすいよう円滑にするほうがいいとメロディアは思っていた。
しかし、結果的には他人のことなど顧みない人間に振り回されるだけだった。この選択肢が正しかったのか、メロディアには分からない。傍から見れば、とんだお笑い種である。
「……妹みたいになれたらどんなによかったか。って、言っても自分で決めた道だもの。自分で始末をつけないと」
「ちょっと急にどうしたの。頭、大丈夫?」
しおらしくなったメロディアを見てヴェーダは敵ながらも、心配してしまった。
「貴方を見て、余計な記憶が思い出されただけ」
「じゃあ解説続けていい?」
「……どうぞご勝手に。って何よ、解説って」
「ここはグラスの多い場所。しかも山頂付近で風の力がかなり強い。魔力を含んだ山の風や光の魔法でカモフラージュしながら、私の風魔法で貴方の動きをこっそり縛っていたの」
ヴェーダは風の流れを読みながらメロディアに狙いをつけていた。ルメイユ山に吹く風はパワースポットということもあり、山頂付近では魔力を含む風が吹く。常に魔法の風が吹いていると言っても過言ではない。
「自然のものには適用されない結界で良かったわ」
結界というのはあくまでも、自分のいいように世界を設定するものであり、本人が詳細な設定していなければ、自然に影響を及ぼすことはない。
「なるほど。今後の参考にさせてもらう」
「勘の鋭い人間だったら分かったかもしれないけれど、その点貴方はまだまだ普通の人で良かったわ」
「馬鹿にされている気がするのだけれど」
「むしろ、私は貴方の事気に入ったわよ」
「嬉しくないわね」
先程までの勢いは消え失せ、メロディアは項垂れていた。結局自分は詰めが甘いのだ。そんなことだから、ルーンに追いつけない。中途半端なままになってしまう。
(嫌なことばかり思い出すわね。あの子はあの子で私よりも凄い魔術師だし。私はこんな所で何やっているのか……)
何年も会っていない妹の姿を思い出し、メロディアは深く溜息をついた。そんなメロディアの感情など意に介さず、ヴェーダは話を続けた。
「つーか魔法使いまくったから、バレたら面倒ね」
「それについては、私の結界内なのでご心配なく。でなければあんな術使ったりしないわ。気分がすぐれないし、今回はこれくらいにしておきましょう。私もまだまだね……修行するつもりは無いけれど」
「勿体ないわね。もっと極めればいいのに」
「最近は調べものをしている方が楽しいのよ」
「若い頃にしか出来ないことはたくさんあるのに――」
「説教はうんざりだわ……」
ヴェーダの長話が始まり、どうして自分の周りにはこうも面倒くさい人間ばかりよってくるのだろうと、メロディアは深くため息を吐いた。
その後、降ろされたメロディアは一直線にセゾンのほうへ向かっていった。ヴェーダの話を最後まで聞いた結果、機嫌が最高に悪くなったのであった。