「私の結界を堪能していただけたようで何よりよ」
「だ、誰なんですか!?」

 いきなり現れた存在にレイラは驚きを隠せなかった。突然湧いてきたのだから、仕方がない。どうやら、敵の中にいるようだったがルーンはそこまで動揺していない。むしろ、想定内といった様子である。

「……出不精の君が来るとは。しばらくぶりだね。メロディア」
「気安く呼ばないでくれる? その態度、相変わらずね。お前、何も変わっていない。あの日からずっと――」

 メロディアと呼ばれた女性は、あからさまにルーンへ敵対心を燃やしていた。何が何だか分からないレイラ達はひそひそと会話していた。

「ルーンは一体、あの人に何をしたのでしょうか?」
「見ればわかるでしょ。女が詰め寄っているのよ。もつれでなくて何だというの?」
「……うわぁ」

 ヴェーダはどこか楽しそうに一人で盛り上がり、ラパンは軽蔑の眼差しを向けていた。レイラは乾いた笑いしか出てこなかった。

「色々言われちゃってるねー」
「下賤な魔女の発想ね」

 メロディアはヴェーダを下賤な魔女と評した。その言葉を聞いたヴェーダは、一気に氷点下までテンションが下がったようで、メロディアを睨みつける。どうやら、癇に障ったようだ。

「言ってくれるじゃない。この私に風穴を開けた代償は重いわよ」
「油断している貴方が悪い」

 いつの間にかヴェーダはメロディアに向かい合っていた。一触即発といった空気が漂っている。

「ルーンが相手するのかと思いました」
「……誰でもいいから、さっさと終わんないかな」

 レイラとラパンは流れについていけず、ただ見守っていた。ヴェーダがやる気なので水を差すのは悪いと思い、二人で物陰に隠れた。

「いやー怖い怖い。女の人って怖いねー」

 ルーンはこっそりとメロディア達から離れて、避難してきたようだった。まったく悪びれる様子もない。

「いつの間に。一体、あなたは何をしたんですか……怒っているように見えましたけど」
「実際、怒っているんだろうね。悪いことをしたと思うよ。うん。彼女に面倒ごとを押し付けて逃げてきたんだよね。多分それじゃないかなー」

 反省しているようには見えない態度だった。どこまでも他人事のように語る。こういう時、レイラはルーンという存在が分からなくなる。そういうものだと思っても、納得がいかない。

「押し付けたとは? 具体的に説明してください」
「えーそれは、もう――」
「色々ありますが……自分を、ですかねー」
「へ?」

 レイラは突然降りかかった、見知らぬ声にびっくりして、気の抜けた声を出してしまった。

「って、誰っ!? って、あーーーーーーーー!」

 誰だろうと振り向いた瞬間、レイラは驚きの声を上げ、尻もちをついていた。

「どーもです。レイラ姫。覚えていますー?」
「あ、あなたは……セゾンではありませんか!」

 レイラを驚かせたのは、かつてレイラの遊び相手をしていたセゾンだった。まさか思いを馳せた途端に、こんな所で再会するとは夢にも思わなかった。

「正解でーす。いやー忘れられていたら、山から飛び降りてましたよー」
「心臓に悪いこと言わないでください……」

 冗談を言いながらも、セゾンはレイラと再会出来てどこか嬉しそうだった。五月蠅くなってきて、物陰に隠れているとは言えない状況になったが、メロディアとヴェーダの眼中には入っていないようだ。
 レイラがかつての知り合いに再会して喜びに浸っている中、途中で出会ったラパンは空気に馴染めず、ぼうっとしていた。ヴェーダ達がバトルを始めていたが、特に面白いものでもなかった。
 それよりも、ルーンの話の方が気になっていた。

「それで、何を押し付けたって?」
「そうでした。後ろから声が聞こえて脱線しましたが、どういうことですか?」

 脱線していた話をラパンが強引に戻した。ルーンとしてはそのままスルーしてくれたらよかったと思っていたので、少しため息を吐いた。あまり知られたくないことだったのだろう。

「自分この人の元で働いていたんですけどねー」

 セゾンはつらつらと語り始めた。元々セゾンとルーンは知り合いで、セゾンはルーンの元で働いていたが、ある日突然姿をくらました。セゾンは、置いてかれたというか、上司がいなくなったので、流れ流れでメロディアの元についた。
 メロディアはというと、元はヴィオレットで魔術指導する人間だった。
 しかし、ヴィオレット城にあるヴィオラ図書館の館長していたルーンが突然消えたので、その後釜として図書館の館長に据えられた。彼女としては、仕事が変わるのは構わなかったが、何も言わずにただ仕事を押し付けていったルーンに腹を立てている――という複雑な経緯があったようだ。

「……とりあえず、この魔法使いが屑ってこと?」
「そーですねーそれでいいと思いますー」

 自然に毒吐くセゾンを見て、レイラは時間の流れをひしひしと感じていた。
 しかし、しみじみするよりも、セゾンの話には聞き逃せない事実があった。

「ん? そうすると、ルーンは昔ヴィオレットで働いていたのですか?」
「そうだよ。姫様には言ってなかったけどね」
「どうして言わなかったのですか!! 結構、重要なことだと思うんですが!?」
「言ったら面倒だからー」
「面倒とは何ですか。何か不都合なことでもあるのですか」
「面倒は面倒なんだよね。説明がー」

 何が何でも言う気はなさそうだった。レイラはもちろん納得するはずがない。
 すると、横からセゾンが見かねたかのように説明してくれた。

「……ししょーが赴任したのはここ最近の話ですから、レイラ様とは会ってないと思いますよー図書館の仕事とかの内容面倒ですもんねー」
「そういえば、私封印されていたんでした……時差というものですかね」
「時間の流れって思ってるよりも、早いからねー」

 深くは気にするな、と言いたげである。まだ何かあるような気がしてならないのだが、レイラがこれ以上聞いたところで、答えるつもりはないだろう。今回のところは引き下がることにした。こんなことばっかりで、気が滅入りそうになるが諦めるつもりはなかった。

「そんで、あの魔女と魔術師……あれ続くの?」

 ラパンのつぶやきに、レイラはそういえば二人が戦っていることを思い出した。忘れているのもどうかと思うが、戦況は五分五分と言った様子である。

「メロディアの結界内だから、若干ヴェーダのほうが不利かもね」

 ルーン曰く、戦闘時に張る結界は自らの利になるようなものを用意するものだという。メロディアの結界にどういった効能があるのかは不明だが、相手の術中に嵌っているようなものなので、当然ヴェーダが不利になる。ヴェーダにそれを覆せるほどの力があるのかは、分からない。

「館長は別に殺さないと思いますよ。つーかレイン様の命令で邪魔しに来たんでー」
「えっ!?」

 レインの命令と聞いて、レイラは大きく反応した。どうやら、レインは何らかの意図があってレイラ達を殺さないでいるようだ。レイラ達の邪魔はするが、レイラは殺すな――矛盾はしていないかもしれないが、不可解な命令だった。フルールの言葉を借りるなら、さっぱり分からない! といったところか。レイラは頭を抱える。

「レイン様の考えならご本人以外、分からないと思いますよー」

 セゾンの言う通り、その人間が考えていることは当事者にしか分からないことだった。そのために、対話を試みているのに、相手は拒絶するばかり。最近、レイラはそういった相手とばかり接しているような気がしていた。

「殿下のことは考えても無駄さ。それよりも、メロディアに付いてきた君の方に驚いたよ」
「館長に強制連行されただけですよー僕は何もしませんよー本当に。でも、レイラ様に再会した今日は最高の日ですねーはっはっは」

 ニコニコ笑うセゾンに対して、ラパンは冷ややかな視線を送っていた。敵と思われるのに、暢気そうな態度に警戒しているように見える。

「……加勢しないんだ」
「するまでもないですしねー災厄の魔女相手に加勢したところで、勝てるわけないですよー」

 セゾンは良くも悪くも正直な性格であった。決してメロディアの事を弱いと思っているわけではない。
 むしろ魔術師としては尊敬している。それでも、災厄の魔女と呼ばれたヴェーダと勝負するには力不足であると見ていた。

「でも、見た感じ拮抗しているような気がしなくもないですけど……」
「災厄の魔女はあんなものじゃないでしょーそれに館長もめんどくさがりですからねー本気出さないと思いますよ」
「……面倒くさがり、か。かつての彼女とは大違いだね」

 ルーンが過去を懐かしむように呟いた。今と昔では大きく異なるとでもいうのだろうか。セゾンは興味津々でルーンへ問いかける。

「そんなに違うんですかー?」
「学校へ行っていたときのメロディアは、自分が一番だと思っていたんだ。最終的には僕が踏み台にしたけど……」

 どうやら、ルーンとメロディアの接点はヴィオレットどころか、魔法学院へ通っていたときにまで遡るようだ。メロディアは学年トップで、他の追随を許さなかった。彼女は熱心な努力家であったそうな。
 しかし、途中でルーンが転入してきて彼女の世界は一変する。

「彼女、元々は魔法使い志望だったんだけどね。魔術師に転向したんだよ」

 トップだったメロディアは二位に転落。ルーンに一位の座を取られたのだ。その後どうやっても追いつけない、同じ魔法使いを目指すもの。ショックを受けたメロディアはその後、魔術師を志すようになった。メロディアから直接語られたことではないが、彼女の態度はあまりにも分かりやすいものだったので、ほとんどのクラスメイトは心情を察して彼女を止めず、何も言わなかったそうだ。

「そういえば、館長の妹様も魔術師でしたっけー?」
「……そうだね」

 セゾンの問いかけに、一瞬だけルーンの表情が苦虫を噛み潰したようになった。

「何かあるの?」

 ラパンはルーンの表情の変化を見逃さなかったようで、疑問符を浮かべる。ルーンは煮え切らない態度をしており、セゾンはけらけら笑っていた。

「アレはですね……実際に会ってみないと分からないかもしれませんねー」
「どういうことなんですか?」
「とにかく面倒くさい姉妹なんだよ。関係が冷え切っているっていうか、メロディアは妹を完全にスルーしてる状態」
「妹様の方は図書館に来たことがありまして、仲はそれほど悪くなさそうなんですけど。なるほど、言われてみれば確かにほとんど口を聞いてませんでした。妹様が一方的に喋り続けてましたねー」
「はっきり言って苦手だし、あまり関わりたくない人種だよ」

 ルーンにここまで言わせるとはなかなかの曲者であることに違いない。会ってみたい気持ちがあるが、普段飄々としているルーンが苦手と言っている以上、少し恐怖もある。しかし、案外会ってみれば普通なのかもしれない。想像を膨らませるがやはり、会わないに越したことはなさそうだった。
 レイラはここで一旦、メロディアの妹について考えるのをやめてヴェーダ達へ視線を戻した。

「あれこれ言われていますが、こちらの会話はヴェーダ達に聞こえているんでしょうか」