「あーあ。怠かったぁ。最後の方、何か警報なってた気がしたけれど、気のせいよね」
「気のせいじゃないっての。こうなるだろうとは思ったよ。一目散に逃げて正解だ」
「もう、こりごりです……」
結局、行きと同じかそれ以上のダメージを負った気がした。レイラは、街外れのベンチに腰をかけていた。ヴェーダとルーンは、切り抜けた安心感から少し気が緩んでいるようだった。街中は人がまばらで、フロラルの祭りは三人が帰ってくる頃には終了していた。花弁の残骸が祭りの余韻を残している。祭りの後のフロラルは穏やかな時間が流れていた。
「お祭り終わってしまっているのですね……残念」
「ちょうど最終日だったみたい。運が悪かったわね」
「観光しに来たわけじゃないし、ジュース飲めただけでもいいだろう?」
「もっとパーって楽しみたかったわ。人間どもを混乱させたかったわ! 私ならもっと派手に祭りを盛り上げられたのに」
禄でもないことを言っているヴェーダの態度は、悪意たっぷりだった。警報を鳴らして、逃げて来たばかりなので、目立つようなことを言わないで欲しいところだ。
「こんなの世に放置していたら、迷惑極まりないね」
「……本当ですね」
高笑いするヴェーダを尻目に、レイラ達は肩をすくめた。
「それにしても、どうなることかと思いましたが、意外と何とかなりましたね」
「輝かしい破滅への一歩よ」
「そんな言い方をされると、少し不思議な気分になりますね」
破滅への一歩――何とも言えない表現だった。レイラ達は世界を壊そうとしているから、そこまで間違ってはいない。
けれども、二人は本当にそこまで世界を壊したがっているのか――未だに本音は分からない。
「後ろ向きに聞こえるしなぁ。もっと言い方ないの?」
「こういうのは気持ちよ。言い方なんて些末なこと」
「そもそも、そこまで喜ぶべきものなんでしょうか。ちなみに、ルーンは今、嬉しいですか?」
「え? まぁ……嬉しいことだと思うよ。うん」
突然振られたせいか、どこか他人事のように聞こえなくも無いが、突っ込むのも野暮かとレイラは思った。
「全身を使って表現しないと伝わらないわよ」
ヴェーダが思わぬ突っ込みを入れた。レイラはそこまで思ってはいなかったので、少し驚いた。何だか、少し酔っているようにも見える。何も飲んでいないのに、変なテンションだ。ルーンが鬱陶しそうにヴェーダを見やる。
「そんなの自分がやればいいだろ」
「しょうがないわねぇ。見本を見せてあげましょうか、せーの…………わーい!!! やったぁーーーーーーーッ!!」
ヴェーダは思い切り歓喜という名の奇声を上げながら駆けていった。幸いにも人はそれほどいなかったが、衝撃の光景にレイラは呆然としていた。
「何なんですか、あれ」
「……花を攻撃した際に、興奮作用のある粉でも吸ったんじゃない?」
ルーンは冷静に分析していた。どうやら、帰ってくる際にヴェーダはレイラ達を守るため、魔法を使って花を撃退していた。その際に、色のついた粉がたくさん舞っていた。攻撃に徹している分、防御がおろそかになっていたのだと、ルーンは言う。
居た堪れなくなったレイラは思わずヴェーダを止めに行こうとしたが、面白いのでこのまま放っておこうとルーンが悪戯っぽく笑うので、仕方なく再びベンチへ腰を下ろした。
「疲れたらそのうち、くたばるだろうから」
「いやいや、くたばったらダメでしょう」
ヴェーダはどこまでも走っていった。まるで、子どものようにはしゃいでいる。レイラもはしゃいでいたようだが、そこまでではないと思っていた。
しかし、傍から見れば似たようなものだろう。レイラにはヴェーダを注意する資格が無かった。
レイラは気持ちを切り替えようと、頬を軽く叩く。
「これから先も何かとあると思いますが。よろしくお願いしますね」
「いきなりどうしたのさ」
「言いたかっただけです。私、ルーンを信じていますから!」
夕陽に照らされ橙に染まる中、レイラは改めてルーンの願いを叶えると心に誓った。夢の花畑から帰るとき、ルーンに抱きかかえられた時を思い出す――気恥ずかしい気持ちはあったが、ルーンは乱暴に飛行せず、衝撃を与えないように優しく抱えてくれた。何より、ルーンの体温を少しでも感じられたことがよかった。何を考えているか分からないけれど、ちゃんと血の通った人間であるのだ。思いやりがないわけではない。何も無いなんてことはない――
「あぁ、僕も信じているよ。君のこと――」
ルーンは一体何を考えているのか――レイラにはまだ分からないが、向けられた笑みは優しく、きらきらと夕日に照らされていた。
時を同じくして、フロラル国上空。夕焼け空に浮かぶのは、魔物に乗った少女と少年。魔物は少女が操っているものである。
「結構なご身分ですこと。人がどれほど働いているかも知らずに……」
「クロエも結構、楽しんでた」
「そうね~とっても楽しかったぁ。み~んな道化みたいで笑えてくる。それに、ご当地スイーツも美味しかったから満足」
クロエと呼ばれた少女は意地の悪い笑みを浮かべ、隣にいた少年の額を強めに指で弾いた。少年は少し痛そうにしていたが、声一つ上げなかった。
クロエは満足した後、フロラルを眺望する。
「……この先どうなるんだろう」
少年は横で不安そうに呟く。クロエはその呟きを聞いて、不満そうに答える。
「そんなの、誰にも分からないっての」
クロエが魔物の体をつつくと、魔物は向きを変えフロラルから離れていく。
「あの魔女にも……魔法使いにも、誰にも分かりはしないよ」
フロラルには黄昏の光が広がっていき、誰もいなくなった空に物寂しさだけが残された。