11

 レイラが封印の宝珠に触れたとき、ヴェーダとルーンは一歩引いたところから眺めていた。宝珠が光を放ち、何が起きているのか分からない状態だったが、ルーンは冷静だった。そんな様子をみたヴェーダがルーンへ話しかける。

「これ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だよ。彼女には適性がある。魔法を使用しなかったから、というのもあるかもしれないね」
「それでも桁違いよ。大魔導士の血を濃く継いでいるのかしら。羨ましいものだわ」

 魔法や魔術は魔力を基に扱う。魔法は覚えるだけでも魔力を消費する。高度な魔法になると、要求されるスペックは高くなる。レイラの場合、魔力を持ちながらも、全く魔法を使わなかったため、かなり容量が余っていた。結果的に、災厄を完全に許容出来る力に繋がったと考えられる。

「私にもあれくらい力があったら、封印されずに済んだかもしれないと思うと――なんて思っても仕方わよね。むしろ、その結果予定より長生きしちゃったし。むしろ、感謝した方がいいかしら」
「感謝の言葉は腐らないからね。いいんじゃない?」

 ルーンは深く突っ込まずに苦笑する。
 しかし、ヴェーダはルーンの態度がお気に召さなかったようだった。

「当たり障りない反応でつまらないわよ」
「君の機嫌を取っても、メリット無いからね。不毛な争いだし、馬鹿馬鹿しいよ」

 ヴェーダとルーンは相性が悪い。しかし、ヴェーダの方はそこまでルーンを嫌っているわけではなかった。普通に話をする時点で、そこまで嫌悪している様子が無いことにルーンは気付いていた。敵意むき出しであればコントロールが楽だったが、そうではなかった。伊達に災厄の魔女をやっていたわけではないと、改めてルーンは思った。

「結構、言いたい放題じゃないの」
「何を言っても響かないなら、何を言ったって問題ないんだよ」
「道具は喋らないもの、ってことかしら」

 道具というのは自分のことを言っているのだろう、とルーンは分かっていた。何のとりとめのない会話をしているだけなのに、気が重くなる。真っ直ぐに追及してくるレイラとは違い、ヴェーダは遠回しに独り言のように呟く。反応しなければいいだけなのだが、それを止めてしまったら、二度と深い沼から戻れなくなりそうだった。

「どうだろうね。喋らないのに、感情は必要らしいよ。おかしな話だ」
「感情……心は魔法には無くてはならない要素よ。無ければ、何も始められないわ」
「あぁ、そうか。そうだった。願いを叶えるには必要なものだったね」

 自分の願い――レイラに問われてぼんやりと思い出していく。自分が何者で、どこへ向かおうとしているのか。きっとレイラは全てを知ったら、後悔するだろう――ルーンは霧のかかった先の見えない大樹を見ながら、考えていた。
 その様子を見ていた、ヴェーダは呆れた様子でルーンの肩に手をかける。ルーンはその手を払わなかった。

「辛気臭い。まだ、考える余地があるなら足掻いてみてもいいじゃない。貴方が何を思っているのかは知らないけれど、私は多少のことで諦めたりしない。魔法がある限り、人はどこまでも行けるわ」

 ヴェーダの赤い瞳は曇りなく、ルーンを見ていた。

「だから、譲れないものがあったとしても、私は引かないわよ」

 ヴェーダが正直、どこまで把握しているのかは分からない。彼女は、彼女で自身の願いがあるようだった。それが決して交わらないものなら、敵になるかもしれないが今のところはそうではない。
 ヴェーダは物事をはっきりと決めるタイプのようで、そういった意味ではルーンと相性は悪い。いつまで経っても、前に進めない自分とは大違いだった。たまに目を逸らしたくなる。こういうところが駄目だと分かっていも、耐えられなかった。

「……やっぱり、君のことは嫌いだなあ。感覚的に合わない」
「おい、人が励ましてやったのに何言ってんのよ。これじゃあ勝手に恥ずかしいこと言っただけじゃない!」
「元々、好き勝手言ってたじゃん――って、あ」
「レイラ!!」

 二人が話していると、光が消えていきレイラがふらっと倒れ込む寸前だった。ヴェーダがとっさに倒れそうになるレイラを支える。レイラは身体をゆっくりと起こした。意識はあるようで頭に手を当てていた。

「う、うぅ。まだ、頭が混乱する……」
「何があったのよ」
「私にも、分からないんです。何か映像が見えて、それで気付いたらこんな感じです……」

 レイラは何かを見たようだったが、いまいち要領を得ない。詳しく聞いて見ると、言い争っているような声が聞こえてきたという。肝心の映像はノイズ塗れ、それでも何を言っているかだけはニュアンスで感じ取れたようだった。

「記憶、かもしれないね。災厄の封印ってほら、色んな人間を生贄にしているわけだから」
「え? ここも生贄放り込んでいるの?」
「放り込んではいないけど、封印はすべて繋がっているから流れてきてもおかしくはない」
「私は一体、何の記憶を見たのでしょう……」
「分からないけど、別に重要なものでもないでしょ?」
「そう言われると、そうなんだけど。まぁ、副作用的なものだと思ってもらえれば」

 レイラは少し首を傾げていた。本当に気にしなくていいのかと言いたげだったが、レイラ以外は見ていないのでどうしようもなかった。ルーンは少しだけ心に留めていたが、あえて深くは聞かなかった。もう少し封印を解いてからでも遅くはないだろうと、考えていた。

「それにしても、またあの道を通らなければいけないのよね。あの小娘が荒らしていった道を」

 ヴェーダは忌々しそうに、来た道を睨んでいた。気持ちは分かるが、睨んでも仕方がない。

「そうだねぇ。姫様、立てる?」
「は、はい……でもまだ、くらくらします。休んでいられないのは分かっていますが、ちょっとしんどいです」
「箒にまたがるのも無理そうねぇ」
「じゃあ、僕が抱えるから、ヴェーダが道を作ってよ。その方が効率いい」

 ルーンがレイラを抱えて、ヴェーダが花の攻撃をどうにかしていく作戦だ。レイラは体力を消耗していて、飛行魔法も使えない。振り落とされないように箒へまたがる力もない。こうなったら落とさないように、誰かが運ぶしかない。レイラは心配そうにルーンを見る。

「大変じゃないですか?」
「抱えるぐらいはどうってことないよ。それに、僕は防御魔法に徹するから、花の対処はヴェーダに任せる。目的は達成したから、多少荒っぽくなっても問題ないよ」
「言質とったわよ。いいのね?」
「……ほどほどにねー」

 そう言うと、ヴェーダはにやりと笑みを浮かべる。花に復讐する気満々だった。先が思いやられるが、切り抜けないことには安心出来ない。ルーンはレイラを抱きかかえる。レイラの顔を見ると、少しだけ赤っぽくなっているような気がした。熱も出ているのかと聞いたら、そんなことはないと全力でレイラは首を振っていた。

「とっとと、この場からおさらばしようじゃないか」
「歯向かう花は燃やしてやるわよ!」
「……はぁ」

 ルーンの側で、レイラのため息がどこか重く聞こえたのだった。