「どうして、ここに」
レイラは驚きのあまり、口をぽかんと開けていた。フルールは悲痛な面持ちでレイラを見つめる。レイラはただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。張りつめた空気の中、先に口を開いたのはフルールだった。
「本当に、本当に生きていたのね。レインから聞いたときは、半信半疑だったけれどもよかった……一緒に帰りましょう!」
「フルール、私は……」
レイラは唇が震えて言葉を紡げなかった。フルールと一緒に戻ることなど出来るはずがない。彼女は一体、どこまで真実を知っているのか。そもそも、レインのせいで死にかけたということを知っているのか――帰ったところで、どんな顔して会えばいいのかも分からない。レイラの頭の中は色々な思考によってかき乱される。
「残念だけれど、それは無理な話ね。」
何も言えず、うろたえているレイラを庇うようにヴェーダがフルールの前に立った。フルールは警戒するように身構える。
「貴方は誰?」
「名乗るわけないでしょう。というか、邪魔だから帰ってちょうだい。雑魚の出る幕じゃないのよ」
「雑魚とは……随分なこと言ってくれるじゃない」
「今の貴方ではレイラを守れない。一緒に帰る理由もないわ」
フルールの表情は一瞬で変わった。ヴェーダの言葉に怒りを覚えたようだった。
「何を言っているの? レイラは一国の姫。私は彼女を守る剣だ!」
フルールはヴェーダに向かって突っ込んで行った。フルールは魔法剣士である。フルールが持っている剣には魔法の力が宿っていた。ヴェーダはフルールから目を逸らすことも無く、簡単に攻撃をいなした。
「守る剣なら最初から、封印されないように守りなさいよ」
「……っ!!」
ヴェーダの言葉にフルールは一瞬、怯んだ。ヴェーダはその隙を見逃さず、光の衝撃波のようなもので、フルールを吹き飛ばした。フルールは直前に受け身を取ったようで、バランスを崩すことなく着地した。
「くっ……大口をたたくだけのことはある。で、結局貴方は何者だ? ここで何をしようとしている?」
「私は災厄の――」
「あー君が前に出ると話が拗れるからちょっと引っ込んでてくれ」
ルーンは無理矢理ヴェーダをフルールの視界から押し出した。フルールは何が起こっているのか分かっていないようだった。それもそうだ。レイラも分かっていない。
「コケにされているのかしら……」
「とんでもない。君が腕の立つ魔法剣士だということは知っているさ。彼女は世間知らずの魔法使いなだけだから気を悪くしないでくれ」
「謝罪は別に求めていないわ。自分の実力が未熟なのは私自身がよく分かっている。って、いきなり割り込んできて貴方は何を言ってるの?」
「君がどこまで知っているのか分からないけどさ、そもそも姫様はレイン王子に封印されたんだよ。災厄の生贄としてね」
ルーンはさらっとフルールにレイラの事情を説明し始めた。レインを貶めるような発言なので、レイラはフルールが激昂するかと思ったが、フルールは静かに聞いていた。何か思う所でもあったのだろうか。
「災厄はバラまかれたけど、姫様は助かったんだよ。世界的には正しくないかもしれないけど……」
一人の命と、大勢の命どちらが大切なのか――割り切れない問題である。簡単に決められる者もいれば、そうでない者もいる。レインは前者であった。世界に必要なものを理解していた。だが、切り捨てられた方はたまったものではない――レイラはようやく口を開いた。
「私は、地獄のような場所に放り込まれました。そこは真っ暗で声がずっと響いているんです。泣き声がずっと聞こえてくるんです。絶え間なく、世界を呪う声が。あの場所にいたら、いずれ私も同じようになっていたそうです」
「レイラ……」
フルールは痛ましそうにレイラを見ていた。どうやら、フルールはルーンの言葉を信じている様子だった。フルールは元から知っていた科のように見える。
「そんな場所に落としたのは他でもない兄様だったんです。私は、今でも覚えています。兄様に魔縁の神殿へ連れていかれた日からヴィオレットの姫である私の生は終わった」
全ての始まりであり、全てが狂っていった日。未だに、レインの真意は分からない。憎い気持ちもあるが、それでも複雑な胸中であることは変わらない。
「私は、戻りません。やらなくてはいけないことがあるので!」
ヴィオレットに帰ったところで、レイラの居場所はない。何も知ることが出来ずに、再び地獄へ堕とされるかもしれない。ならば、ここで退路を断つべきだろう。ヴィオレット国や世界に対して決別し、ルーンの願いを叶える。
たとえ、それが節理に反していたとしても――
「というわけなんで、引いてくれるかしら。貴方の出る幕では無いのよ」
ヴェーダがとどめの一言を言い放つ。フルールは険しい顔で剣を構えていたが、やがて剣を静かに下ろした。
「……本来なら、引くべきところではないけれど、ここには個人的に来たのから、そろそろ帰るわ。長居も出来ないし」
フロラルで問題を起こせば外交問題に発展しかねない。ここで揉め事を大きくしても、ヴぃおれっとにめいわくをかけるだけである。そう言った意味では、フルールは冷静だった。
「フルール……」
「私がここに来た理由は、レイラが生きているという情報を得たから来ただけ。正直、会えるとは思ってなかったわ。どうしてこんな場所にいるのか、って思ったわよ。夢の花畑ではちょっとミスって花に魔法当てちゃって、一気に暴れ出して大変だったし……収穫があったからよかったけど」
「ちょっと!? 道中の花が暴れたのは貴方のせいだったね。酷い目に合ったじゃない!」
どうやら、花畑の花が荒れ狂っていたのはフルールが刺激したせいらしい。その後を、レイラ達が通っていったので巻き込まれる形になったのだった。
「仕方ないじゃない。こんな場所来たこと無いんだから!」
「来なくてもよかったのに」
「それじゃ、分かんないままだったでしょ! 本当に心配したんだから……突然行方不明って言われて、レインを問い詰めてもあの人は何も言わないし。もう何が何だかさっぱりだわ!」
「とりあえず、貴方は自国へ戻ってレイン殿下に話を聞いた方が良いんじゃないの?」
「言われなくてもそうするつもりよ! って、ところで貴方は結局誰なのよ」
「ヴェーダよ。覚えておきなさい」
「ヴェーダって。災厄の魔女と同じ名前なのね」
「そりゃ災厄の魔女だし」
「え、……ちょっと嘘」
フルールは驚きというよりも困惑していた。恐怖といった様子でもなく、珍獣を見るような目をしていた。
「よくよく考えたら、災厄の魔女を封印していた場所だからいてもおかしくないのか。本当にいたのね。架空の話かと思ってたわ」
フルールの反応に不服そうなヴェーダが少し機嫌を悪くしたようだった。
「失礼な娘ね。もっと恐れおののきなさいよ」
「だって、そう言われても人でしょ? 怖くも何ともないわよ!」
フルールは嘲るように笑った。確かに、今のヴェーダの姿はどこにも恐れる様子はない。そもそも、異形の者というわけではなさそうなので、人型以外にはなれないだろう。
「……まぁ、それもそうね」
「つーかいつまで喋っているんだよ。フルール、君は城での仕事すっぽかして来てるんだろ? 大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないでしょう。お咎め上等よ」
「無事に帰ってくださいね……」
フルールは魔法騎士の割には向こう見ずなところがあった。魔法が使えるのに、魔物へタックルすることもある。レイラが魔物に襲われそうになった時も真っ先に魔物へ突っ込んで行った。レイラは真っ直ぐなところがフルールのいいところだと思っている。
「今日のところは引き上げるけど、今後はどうなるか分からないからね! レイラを頼んだわよ!」
そう言いながら、フルールは来た道を引き返していく。嵐が過ぎ去ったかのような感覚だった。
「また植物が暴れている中、帰るのね。最悪」
「フルールが初手でしくじった以上、一度暴れた植物は夜まで踊り狂ってるだろうさ」
「大丈夫なんですかね。フルールも私達も……」
「彼女はそれなりに強いと思うよ。なんせヴィオレットの魔法騎士だし」
「そういえば、ルーンはフルールのことを知っているんですか?」
「封印の管理があるから、城に出入りしていたんだよ。彼女と最初に会ったときは、不審者扱いされて大変だったけどさー」
何となく姿が想像出来る。それにしても、ルーンが割と身近にいたものだと思った。レイラはヴィオレットにいたのに、ルーンに会ったことは無かった。城に出入りしているのなら、一度くらい姿を見てもいいはずだ。不思議なこともあるものだ――レイラは自然と思うのだった。