実際に夢の花畑へ足を踏み入れると最初は「綺麗だなぁ」と観光客気分でいたが、頬に何らかの液体が頬をかすめた途端、たまらずレイラは悲鳴を上げた。植物達はどうやら、すこぶる機嫌が悪いようだ。
「遠く感じます……遥か遠く」
「近くに合ったら、こんな苦労していないわよ」
封印の祭壇がある大樹は見えるものの、実際には遥か先にあった。通り道を埋め尽くす、おびただしいほどの植物。口のように開いた花は飛んで火にいる夏の虫を待っているかのようであった。祭壇まで辿り着くには、小手先の魔法では役に立たない。ましてや空を飛ぶことを覚えたての小鳥など論外である。それでも順調に事を運べているのは、ヴェーダとルーンの実力が本物という証だろう。
「街中でも思ったのですが、この箒は本当に二人乗っても大丈夫な設計になっているのですか?」
「問題ないわよ――って言いたいけれど、ギリギリなのよ。自分の体も魔力で創っているから、そこへさらに容量を割かないといけないから」
「……何だか申し訳ないです」
「申し訳ないと思っているのなら、結果で示すのよ!」
本来ならばレイラが飛行魔法を使うべきだが花を刺激させたくないのと、魔法を覚えたてのレイラが少しでも飛行を失敗したら、大惨事になりかねないのでヴェーダの箒に再び乗ることになった。
「いい匂いもするけれど、色々混じって臭い時もあるし、下でうねうねしているし、何より落ちたら最悪すぎ! 気色悪いわぁ~」
「たくさんの人間を捕食しているんだ。怖い怖い」
「もっと愛らしい見た目ならいいのですが。あ、夜でもないのに光っている花があります。不思議……」
レイラはヴェーダの後ろにしがみ付きながら花畑を観察していた。二度と来ることは無さそうなので、出来れば目に焼き付けておきたかったのだ。観光しに来ているわけではないのは分かっているが、気になるものは気になる。花の攻撃が当たらないように体勢は気を付けていた。
「ちょっと、ちょっと。観光しに来てるんじゃないのよ?」
レイラの心の中は分かりやすいようで、ヴェーダに見透かされていた。レイラは慌てて弁解する。
「わ、分かってますって。でも、目がついつい……」
「見たら死ぬ花があったらどうするのよ」
「そんな花があるんですか!?」
「知らないわ。適当に言っただけ」
「花自体はそれほどでもない。問題は封印の――」
と、ルーンが言いかけた瞬間、あたりにいつの間にか靄のようなものが出てきた。ピンクや紫、赤色など毒々しい色が素早く広がっていく。ヴェーダとルーンは咄嗟に靄から離れたが、靄は一気に広がっていく。
「これ毒じゃないの!? さすがに不味いでしょ。さっさと抜けないと!」
「霧で前が見えません。このまま真っ直ぐでいいのでしょうか……」
靄と霧が入り混じって、視界は最悪なことになっていた。方角を間違えてしまえば大幅に時間を食うことになる。そうなれば、状況は悪くなる可能性が高い。ルーンは少し間をとってからレイラ達の方へ声をかけた。
「行くしかない。いつの間にか触手みたいなものも来てるし、萎えるなぁ。花が反応している。気休めにかけた気配を消す魔法も効いてないし」
どうやら、ルーンは気配を消す魔法をかけていたらしいが、そこまで無かったようだった。
三人は口元を抑えながら突き進んでいく。ヴェーダは迅速に防御魔法をかけ、ルーンは冷静に人間を捕えようとしている、植物の蔦を風の魔法で切り落としていった。敵と認識されている以上、もはや花に気を遣う必要などない、と言った様子だ。とはいっても、派手に動けば警報が発動しかねない。視界は最悪で防御魔法をかけていても、貫通して少しずつ体を蝕んでいく毒もあると言われている。早めに抜けないと、そのうち体に影響が出てくるだろう。
「はぁ~一体何なのよ。なんで植物のくせにこんな凶暴なの? 運が悪いどころじゃないでしょ」
「……これは少し想定外かなー」
どうやら、ルーンにとっては想定外の暴れっぷりらしい。刺激さえしなければ安全に進めるられるようだが、どういうわけか最初から植物が殺気立っているような気がした。
まるで、誰かが荒らしていった後を通っているかのような――レイラがそう思ったとき、ヴェーダが声を上げた。
「やったわ! 霧を抜けそうよ!」
「ふぅ。何とかなったか……」
「ここまで来るのにすごい体力削れてますよ。死ぬかと、思いました」
レイラ達は死に至るほどの致命的なダメージは負わなかったものの、すでに満身創痍であった。花が暴れるだけで、こんなに体力や気力を消耗するなど夢にも思わなかった。
「とりあえず回復魔法をかけないと……」
「ありがとうございます。これじゃあ先が思いやられますね」
ヴェーダはげっそりしながらレイラと自分に回復魔法をかけた。ルーンはというと、それほど傷を負っていないようだった。あの中でも、正確に避けられるのはすごいとレイラは思った。
「着いたのはいいけれど、これちょっと歩く感じ?」
「当然。大樹まで近づかないと」
「そんなぁ……」
三人は疲れを癒す間もなく、大樹の方へ向かって歩いていく。レイラの足取りは重く、息遣いも荒かった。ひたすら無言で歩き続けていたが、途中でヴェーダが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、ここの植物はいつもあんな感じなの? 入った瞬間から暴れるものなの?」
「刺激さえしなければ大人しい、刺激さえしなければね」
何やら含みのある言い方だった。ルーン曰く、刺激さえしなければ植物は向かってこないようだが、植物は最初から暴れていた。ルーンの言葉を聞いた、ヴェーダは深いため息をついた。
「面倒なことになりそうね……」
どうやら、何が起きているのかルーンとヴェーダは把握しているようだった。レイラだけが分かっていない状態である
「何かあるのですか?」
「大ありね。覚悟しておいたほうがいいわよ」
「えぇ? それって――」
レイラが言いかけた瞬間、ヴェーダとレイラの間を風のようなものがすり抜けていった。ルーンの方にも飛んできたが、一直線に向かってきたため難なく避けられた。大樹は目と鼻の先であるのに、人の姿は見えない。
「お出ましってとこかしら」
「手厚い歓迎だね。余計なことしかしてないけど」
「な、何が起こっているんですか」
レイラはヴェーダにしがみついていて、辺りをきょろきょろ見渡していた。周りには何の姿も見えなかった。動物すら見かけない場所だ。こんな所に住んでいる人間などいるのかとレイラは思ったが、ヴェーダとルーンは警戒していた。
「出てきなよ、分かってるからさ」
ルーンが大樹の方を向いて呼びかけると、木の枝から何者かが降りてくる影が見えた。そこには澄ました表情で剣を携えた女性が凛とした姿で立っていた。柔らかな金髪がふわりと揺れる。
「お見通しってわけね。封印を解くだけのことはあるみたいね」
「思っていたよりも早かったな。ここへは自分の意思出来たのかな?」
「貴方のことはどうでもいい。捕まえるのは私の仕事ではないから。私の目的は――」
金髪の女性はルーンとの話を打ち切ると、レイラ達の方をまっすぐ見つめてきた。鋭い瞳は曇りなく、闇を照らす光のようだった。レイラはその面影に見覚えがあった。姉のような存在で今より小さい頃から仲良くしていた。レイラはこのような形で再会するなど夢にも思っていなかった――
「フルール……?」