ルーンの願いは“世界の破壊”である。それを如何にして実行するのか、未だに具体的な話はされていなかった。一番は本当に世界を壊すつもりなのか――ヴェーダは気になっていた。

「いくら、レイラがグラスの力を持ったとしても、世界を破壊するほどの力を出せるとは思えないけれど」
「……言ってなかったけど、ここに封印されている力はほんの一部だ。災厄の封印は五か所に分かれている。この封印を全て解いたとき、本来の力を発揮するんだよ。それこそ、この世界を丸ごと飲み込む災厄がね……」
「へぇー」

 流れるようなルーンの説明にレイラは、相槌を打つしかなかった。理解はしていなかった。一方でヴェーダはルーンの言葉に、かぶりつくように反応した。明らかにおかしいことを言っているのだ。

「ちょっと。さっき全部って言ってなかったかしら!? アンタ普通に失敗してたら災厄に飲まれてるって!」
「あーそんなこと言ったっけか。あはは。まぁ、そういうことなんで」
「つーか、いつの間にそんなことになっていたの!?」
「君が封印された後、補強のために増やしたんだろうよ。今も残っているから、正常に稼働していると考えていい」
「あの、私も聞いたことがありません。その封印本当にあるんですか?」

 レイラもヴェーダと同じように疑問に思っていた。レイラがいた頃、そんな話は一度も聞いたことが無かったのだ。

「封印管理はヴィオレット王国がやっているんだけどね。姫様は……子どもだったからかな。かなりの機密情報だから、普通の人間は知らないんだ。仕方ないね」
「私は一般人と変わりないということですか。ははっ」
「そこにショックを受けるんだ」
「これでも姫ですよ? 教えてくれてもよかったと思います」

 自分の知らないことを知るのはいいが、周りが隠していたとなると、少し複雑な思いが芽生える。レイラが成長すれば教えてくれたのかもしれないが、もしもの話だ。考えるだけ虚しくなるだけだった。きっともう、教えてもらう機会はないだろうから。

「まとめると、災厄の力をフルで使うには残り五か所の封印を解かなくてはいけないんだ」
「とてつもなく面倒な話ね。で、その封印は簡単に解けるの?」
「ここの封印が解かれた今なら、同じ災厄の力を持った姫様が触れたら解けると思う。単純だけど、災厄の力に匹敵する魔力がないと解けない魔法さ」

 一見すると簡単そうな条件に思えるが、様々な条件が整わないと、封印を解くことが出来ない仕組みになっている。まず、災厄の力に匹敵する魔力を持つ人間は、普通に暮らしていれば生まれることはない。人が許容出来る魔力には限界がある。災厄の力などもってのほかである。
 しかし、レイラは災厄と共に封印されても、力を受け入れられる許容量があったため、こうして生きている。それに加え、災厄の力も宿している。封印を解く条件を満たしていた。

「そう説明されると、神殿の封印はそこまででも無かったのね。それでも、脱出は出来なかったけれど……」
「あそこは原初の封印だから、他とはちょっと違うのかな」
「へぇ……」

 ヴェーダは訝しむような目を向けたが、ルーンはそれ以上語らなかった。何が気になったのかレイラは分からなかったが、とりあえず話を進めることにした。

「それで、残りの封印はどこにあるのですか?」
「魔力――グラスの溜まりやすいパワースポットに封印はある。そんで、大体面倒な場所にある。現代の大陸の説明は必要?」
「現代人ですが、一応お願いします」
「私は……聞くまでも無いわね。手短に説明なさい!」
「何で君はそんなに偉そうなんだよ……」

 悪態をつきつつも、ルーンは地図を机の上に広げた。
 この世界は“サランド大陸”と“メジア大陸”の二つに大きく分かれている。サランド大陸は様々な人間を受け入れてきた。魔法の使えない者、使える者も等しく暮らせるように技術や法整備など整えてきた。いくつかの国に分かれているのもサランドの特徴である。
 対してメジア大陸は魔法使いとしての強さを至上とし、カーストが出来上がっている。魔法の使えない人間は見下される傾向にあった。強い力を持った魔法使いがそれぞれ領地を構え、統治していると言われている。サランドに住む人間からは、魔法使いの多さから『魔女の箱庭』と呼ばれている。
 魔法や魔術への探求心が強い者は、サランドでは出来ないような研究をするためにメジアへ移り住むこともある。メジアでは自由や発展を目的として、魔法や魔術の制限は無い。サランドでは禁じられていても、メジアでは可能といった魔法や魔術が多く存在する。
 一説では魔法の使えない人間がサランドの方に住処を移し、独自の発展を遂げたと言われている。安定して暮らしたいならサランド。魔法使いとしてのびのび暮らしたいのであれば、メジアといったように分かれている。
 互いの関係は今のところ良好で、境を超えるのに許可はいらない。
 しかし、何が起きても干渉しないといった不文律はある。メジアで非人道的な研究をやっていたとしても、サランドの人間が咎めることは出来ないし、逆にサランドが画期的な技術を開発したとしても、メジアはその恩恵を受けることが出来ないのである。
 
「結論から言えば、両者共それぞれ良いところがあるってことでー」
「雑なまとめですね」
「情勢も地形も昔とそれほど変わりないわね。もっと地殻変動とか起きているのかと思ったわ」
「五百年前もこんな感じだったんですか?」
「メジアの魔法至上主義は変わらないわね。同じ魔法使い同士でも、嫉妬とかそういうのも混じって滅茶苦茶よ。強い者が正義みたいな世界だし。サランドはそんなにいなかったから知らないわ」

 ヴェーダは昔を懐かしんでいた。五百年前とあまり変わらない部分も含めて、世界はちっぽけなものだと改めて思ったのだ。

「で、今いる場所が、ここ。サランドのはずれで神殿の近く、リュンヌの森。で、フロラルにある封印が一つ。ルメイユ山、メジア側のレーヴ森林、ディユー島、そして最後にヴィオレット……」
「……え? 今なんて?」

 レイラは思わず聞き返していた。魔縁の神殿の場所以外にレイラは心当たりがなかったのだ。

「一部の人間しか知らないと思うよ。五か所の封印は全て秘匿されている。それに、ヴィオレットは特別な国だからね」

 特別という言葉にレイラは首を傾げたが、ヴェーダはうーんと唸っていた。

「そういえば、レイラ。貴方はお姫様らしいけど、話から推察するとヴィオレットの姫ってこと?」
「言ってませんでしたっけ? そうですよ。もう、過去の話ですけれど」
「過去なのは別にいいんだけど。それじゃあ、つまり魔導士ヴィオレットの血を継いでいるってこと?」
「分かりません。ヴィオレットは知っていますが……血を継いでいるかなんて、気にしたことありませんから」
「レイラがヴィオレットの血を継いでいるのならあり得なくはない……うぅむ」

 元々ヴィオレット王国という名前は伝説の魔導士“ヴィオレット”の名前からとられている。大昔に世界各地で起きていた争いを止め、その後一つの国を創ったとされている。それがヴィオレット王国の始まりだと言われている。ヴィオレットの物語は世界的に有名で絵本にもなっている。

「気になるんですか?」
「貴方の魔力が強いのも、そういった要因があるかもしれないわね。血を濃く継いでいるとか。先祖返りって言うのかしら」
「そうですか。考えたこともありませんでした」
「話が逸れてるけど、戻していいかな」
「ごめんなさい。続けてちょうだい」

 ヴェーダが珍しく謝っていた。ルーンはその様子が少し気になったようだが、茶化すことはしなかった。

「順当に侵入しやすい場所から解いていくのがいいんだけど、どこも当たり前だけど警備が厳しい」

 封印は五か所あり、それぞれグラスの力が溜まりやすい場所にある。そういった場所は魔力の力にあてられて、凶暴な魔物や植物がいることも多く立ち入り禁止になっている場合が多いらしい。

「城にはいくつか、立ち入り禁止の場所があったような気がします」
「ここからだとヴィオレットが近くない? 行くならここからでしょ」
「ヴィオレットだと、逆に建物内にあるから警備が厳しいんだよ。城の警備も含めると面倒だから、他の所から回った方がいい」
「だとしたら、次に近いのは――」
「フロラルになりますね」
「私がいたころには無かった国ね。どんな国なのかしら?」
「簡単に言うと花の国さ。花に囲まれた国。花畑には区画があって、春に咲く花や夏に咲く花が同時に見られるんだ。観光名所として有名だ。今の時期だと丁度祭りをやっていた気がするけど」
「お祭りですか!?」
「参加しないよ?」
 
 レイラの目は一瞬にして輝きを失う。自分の身を考えれば当然のことであった。暢気に参加出来るわけがなかった。

「お祭りはいいとして、封印はどこよ」
「花畑の一つ“夢の花畑”と呼ばれている所さ」
「……聞いたことが無いですね。ひょっとしてあまり知られていないとか?」
「そういうわけじゃないんだけど、一般人立ち入り禁止区域ではある。封印場所だからというより、単純に危険だからさ」
「危険ってただの花畑でしょ? ヤバいのでもいるっていうの?」
「食人植物とか、幻覚を見せる植物とかがいる。魔術の材料の宝庫ではあるけど、その分危険が多い。国から許可が出た魔法使いや魔術師しか通れないんだ。なかなか、素敵な花畑だろ?」

 レイラの顔は思わず引きつっていた。流石のヴェーダも人を食う植物と聞いて嫌そうな表情を浮かべていた。

「食人って人を食べるってことですか!?」
「植物如きに食われて死にたくないわね。やられる前にやるわよ」
「採取で命を落とす魔法使いもたくさんいる。ちなみに、花畑は貴重な植物もあるから、むやみに魔法を使えないんだよね。だから、ヘマするとあっという間に地獄行きさ」

 高度な魔法や魔術を持っていても、魔法が効かない植物がいたりする。炎などを放つのは環境保護上禁止されているので、使える魔法はかなり限られてくる。そのような条件下において、無傷で目的を果たすのはかなり困難であると言える。

「そんな場所へ簡単に入れるの?」
「許可証はある。これさえあれば大抵の場所はオッケーだ。付き添いも自由。ただし、命の保証はナシ」
「……生きて帰れますかね?」
「ささっと行って、ささっと帰ってくれば問題ないさ。植物をあまり刺激しないのがポイントかな」
「不安要素しかありません!」

 出だしから難易度の高い旅になりそうだった。そもそも世界を壊すという時点で測定不能な難易度である。それに封印を全て解いたところで、本当に世界を壊せるのか――思っていても、レイラは口に出せなかった。約束を守ると言ったのはレイラである。自分がやるべきことをやるしかない。
 ヴェーダはレイラの不安を知ってか知らずか、励ますように肩を叩いた。

「大丈夫大丈夫。このヴェーダ様がいるのよ!」
「全部被害を請け負ってくれるらしいから。存分に頼るといいよ」
「そこまで言っていないし! というかレイラ死んだら、私も消えるのだけれど!?」
「はは……」

 レイラはまだ出発もしていないのに、重い疲労を感じていたのだった。