計画を決めてから、まず三人は最初の目的地である、フロラル国の中に入り込んだ。レイラは一応ヴィオレット王国の姫だったので、バレないようにローブを着込んでいる。ヴェーダはというと、彼女の姿は誰も知らないだろうということで、隠そうともせず堂々と練り歩いていた。
「華やかな街ね。花の国だけに」
「流石だよ。ここまで反応に困る感想が出てくるとは」
「……花弁が綺麗ですね」
ヴェーダが辺りを見渡しながら、街の雰囲気を楽しんでいた。フロラルは今、祭事の真っ只中で賑わっていた。色とりどりの花びらが絶え間なく舞っている。鮮やかな色彩が広がっていた。ただ、祭りが終わった後の後始末が大変そうだな、とレイラは思ったのだった。
「このジュース美味しいわね。現代まで生きていてよかったわぁ」
「フルフルという花をすり潰したものでしたっけ。甘くて、香りもすごい良いです」
「……僕らは何をしているんだろうね」
三人は国の中へ入り、目的地へ速やかに向かうはずだったのだが、レイラとヴェーダが、お祭りの雰囲気に当てられ寄り道をしていた。ルーンは相手にするつもりはなかったが、根負けして比較的安価なジュースを、自腹で買ってきてくれたのだった。買ってきたのはフロラルで採れる“フルフル”という花をふんだんに使ったジュースである。レイラとヴェーダは人気のない路地裏でひっそりと飲んでいたが、ルーンは酷く呆れた様子で眺めていた。
「ちょっとくらい楽しんでも、罰は当たらないわよ。自分の金じゃないし更においしく感じるわ」
「奢ってくれるとは、思ってもいませんでした。ありがとうございます」
「あれだけ露骨にアピールされたら、ウザいしヴェーダが特にウザいし鬱陶しい。ていうか、君は祭り興味無さそうな態度してただろ」
「そうだったかしら?」
「……はぁ」
ルーンの表情は笑っているように見えるが言葉の端々から、刺が感じられた。特にヴェーダに対する風当たりはかなり強い。当たり前だった。
「くどいわね。せっかく外の空気を吸えたのだから、楽しめるものは楽しむわよ。こういう時は多少、悪戯してもバレないからね。最高よ」
「理由が最低ですね」
「浮かれた人間に悪戯するのは快感だったわ……反省はしていないけれど、今はやる気ないわよ」
反省をしていないという部分が引っかかるが、果たして組んで大丈夫なのか――再び、不安を覚えるのだった。
ルーンはというと、ヴェーダの話を聞いて小馬鹿にした感じで笑っていた。
「それにしても、魔女と呼ばれたわりには、やっていることのスケールの低さが何とも言えないね」
「そもそも、ただの魔法使いだったのでは? 魔女というのは後世で付けられたわけですし」
「魔女じゃなかったらただの年季の入ったおばさ……」
ルーンがぼそっと呟いた言葉をヴェーダは聞き逃さなかった。ぎろりと、ヴェーダは睨む。
「おい、お前。死にたいのか?」
「あの、口調が大変なことになっていますよー……」
レイラは気後れしてしまい、やんわりと止めることしか出来なかった。それでも、一定の効果はあったようで、ヴェーダは落ち着きを取り戻していた。
「あら、失礼取り乱してしまいましたわ……じゃなくて、年齢の話は禁止! 時の流れは魔法でも止められないから嫌いなのよね」
「向き合わないといけない日が来るかもしれないよ?」
「うるさいわね。あんたも大概じゃないの」
「え……?」
ヴェーダはジュースを飲みながら呟く。レイラは一瞬何を言っているのか分からず、ぽかんとしてしまった。
「こいつ、見た目通りの年齢じゃな――!?」
「はいはい、さっさと飲んでねー」
ルーンはいきなりジュースをヴェーダの口元へ勢いよく押し付けた。流れるような動きだった。
「……深く聞かない方がいい話ですかね」
「姫様はどこぞの魔女と違って空気を読んでくれるからから有難いねー」
都合の良い人間だと評価されているようで、あまり喜ばしくはない誉め言葉だった。ルーンが見た目通りの年齢ではないというのは、何となく感じていた。どこか浮世離れした雰囲気もそういうところから来ているのかもしれない。
しかし、ジュースを思いっきり流し込まれたヴェーダを見たら、何も言えなかった。ちなみに、ヴェーダはというと大層お怒りであった。
「おい、ルーン。ふざけんなよ! 零れちゃったじゃない!!」
「変なことを言うからだろ。ホント、人が不幸になるような話しかしないよね」
「自ら振っておいて、理不尽が過ぎるわ!」
結局、ヴェーダの怒りが収まらなかったので、ルーンはジュースに加え屋台の食べ物も買ってくれた。食べ物で怒りが収まるなら安いものだ――とルーンは言っていた。舐められているような気もするが、ヴェーダが気にしていないのなら黙っておくべきだろう。レイラは何も言わず、ルーンが奢ってくれた綿あめを食べた。甘さの中に少しだけ塩気を感じる、不思議な綿あめだった。
ひとしきり祭りを楽しんだ三人は、今度こそ目的地に向かおうとしていた。
しかし、地上には祭りで人が闊歩しており、動きづらい状況にあった。そこでルーンは、人が少ない空を選ぶことにした。空を飛んで一直線に花畑へ向かうルートである。
「ちょっと目立つかもしれないけど、人混みを縫うよりは手っ取り早い。幸いここは魔法使いもそれなりにいるから、怪しまれないと思う」
「最初から突っ切っていれば寄り道しなかったのに」
「とても、そうは思えなかったけどね」
二人が宙に浮いて空を飛ぶ中、レイラだけはぼけっと立ち尽くしていた。
「置いていかないでくださーい!! どうやって飛ぶのよーーーー!!」
魔法の使えないレイラから、魂の叫びが飛び出していった。
――それから数分後
「……全くどうなることかと思いました」
「そういえば姫様、全く魔法が使えないんだっけね。忘れてた」
「私の見立ては間違いなかったわね。素質ありありね」
レイラはあの直後、簡易的に浮遊魔法を教えてもらい無事に空を飛んでいた。教えてから数分ぐらいで、普通に宙に浮くことに成功した。それから自在に飛ぶのはあっという間であった。
「やっぱり私は魔法使いになるべきだったと思いますよ!」
「浮かれているわね。放っておいて大丈夫なの? あれ」
「祭りに浮かれた子どもに擬態出来ているから大丈夫だと思うよ」
「……いや、そういう意味じゃないのだけれど」
思わず真面目にヴェーダはツッコミを入れた。あまりにも、レイラがはしゃいでいるので、ヴェーダはヒヤヒヤしていた。ヴィオレットの姫だとバレたら終わりだと言うのに、そんなことも忘れてはしゃいでいた。
ルーンは特に気にしている様子は無かった。むしろ、微笑ましく見ているように思える。
「分かってるって。でも、楽しそうだし。あまり水は差したくないんだ」
「あの浮かれっぷり、見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ」
「魔法っていうのは、人によっては奇跡みたいなものだからね。今は楽しめばいいさ」
ルーンは面白半分で放置しているようだった。目的を果たしてほしいと言いつつも、多少なりとも恩情はあるようだ。もっとも、これから待つ未来を考えると、今楽しんでいた方が良いのかもしれないが。
「少し思ったのだけれど、貴方ってレイラに甘いわよね」
「そう? まぁ、そうかもしれないね」
「後ろめたさでもあるのかしら」
「……君にとってはどうでもいい話だろ?」
ルーンはそう言いながら目を伏せた。明らかに話題を避けているようだった。ヴェーダは言葉を濁すルーンに対して釘を刺した。
「爆弾が爆発されたら嫌なだけよ。言っておくけれど……世界の破壊に関しては好きにすればいい。ただし、私は私の目的を果たす。邪魔するようなら容赦しない」
「僕としては君の目的とやらが分からないから、何とも言えないよねー」
ヴェーダの直感だが、ルーンは世界の破壊を望んでいるようには思えなかった。もっと、別の目的があるとヴェーダは考えていた。それが何なのかは今は不明だが、目的の障害になるようなら排除しなくてはいけない。
二人の間に冷たい空気が流れていた――
「あははははっ……って、ふぎゃああああああ!?」
「レイラ!? 何ごと!?」
冷たい空気はレイラの悲鳴によって一瞬にしてに消えてなくなった。レイラが周りをよく見ずに動いていたので、たくさんの花の塊に盛大にぶつかっていった。誰かが悪戯で仕掛けたものであった。まんまと引っかかったレイラは情けない悲鳴を上げる。
花弁がふんわり優雅に舞い散る。何かのパフォーマンスかと人々が空を見上げる。地上や周りを飛んでいた子どもたちは、レイラの滑稽な姿を見てけらけらと笑っていた。
「花にぶつかるなんて、ねぇ」
ヴェーダは頭を抱えながら、呆れた様子で宙を漂うレイラを見ていた。
「浮かれすぎて標的にされたね」
「目立たないようにローブを着せたのに台無しじゃない。バレたらどうするのよ」
「封印が解かれていることは、向こう側もさすがに把握していると思うよ。でも、国はその事実を公には出来ない。したら、世界は大混乱だ。まぁ、何してこないってことは無いだろうけど」
封印が解かれたということが広まってしまったら、世界はパニックに陥るだろう。それを避ける為に、国側は極秘に動く必要が出てくるので、街中で思いっきり暴れるということはない。封印の内容を考慮すればレイラを奪い返しに来るかもしれない。もしものことを考えるとやる事が山積みだった。
「追手がそれほど強くなければいいのだけれど」
「どうにかなるでしょ。だって、災厄の魔女もいるし」
「言い方がいちいち嫌味くさいわよね。貴方」
ヴェーダたちは花吹雪の中を進んでいく。時折、花弁が顔にかかるのでそれが煩わしく感じることもあった。ヴェーダは花が嫌いなわけではない。しかし、これだけ大量に舞っていると少し煩わしさも感じてくる。お祭りなので仕方のないことだが、落ち着かない。
「これだけ花が舞っていると、いつでもお祭り気分になれそうね」
「ここも今は華やかだけど、災厄が漏れていた時期は花畑が枯れていたらしいよ」
「その分、街を盛り上げたいのか。感謝祭みたいなものかしら」
「僕は正直、祭りがあまり好きじゃないから、さっさと抜けたいねー」
ヴェーダは彼にも嫌いなものがあるのだと少し驚いた。見ている限り何事にも関心がなさそうだったが、実際のところどうなのかは誰にも分からない。祭りが好きではないと言いつつも、舞い散る花弁を手に取り、淡々と語るルーンを横目でヴェーダは観察していた。
(祭りに嫌な思い出でもあるのかしらね? 本当にただ嫌いなだけかもしれないけれど……)
見た目通りの年齢ではない上、隠し事が多いルーンのことなので何も無いわけないだろう、とヴェーダは思っていたが自分も触れられたくない過去があるので深入りはしなかった。きっと、隠していたツケは回ってくるだろうが、覚悟は出来ていた。
ルーンはというと、辺りをきょろきょろ見渡していた。
「あれ。そういえばいつの間にか姫様を置いてきちゃった? 花にぶつかってから放置しっぱなしだっけ」
「あぁ……それなら、後ろ。へろへろしながらついてきてるわよ」
ヴェーダが視線を向けた方向には、力尽きかけている虫のように空を跳ぶレイラの姿があった。レイラはふらふらしながらも懸命についてきていた。さきほど、盛大にぶつかったせいか体力を奪われたようだ。
「何ですかアレは!? 花なので柔らかいと思ったらすごい衝撃でした。全く、誰ですか。あんなものを仕掛けたのは……」
「町の子どもじゃないの? 楽しそうに飛んでたから、標的にされたんだろうね」
「だからといって、狙っていいわけないでしょう。祭りだからって何でも許されると思わないで欲しいです!」
「調子に乗るからよ。もう、面倒くさいからレイラは私の箒に乗りなさい。魔力で形作ったものだけれど、強度は十分だから」
「乗るってどうやって? 箒の上に立つのですか?」
「そんなことやったら、バランス悪くなるわ!」
ひと悶着あったものの、レイラはヴェーダの好意に甘えて箒にまたがった。ヴェーダの腰に抱き着きながら、走行していく。ヴェーダは後ろに人を乗せるのは初めてだったので、不思議な気分になった。人と関わるのも、何百年ぶりか――少し感傷的になってしまったが、後ろの声が現実へ引き戻してくれた。
「これはこれで楽しいですね! さらに魔法使いっぽくなった気がします!」
レイラは一気に上機嫌になって、先程までの疲れも吹き飛んだようだった。ヴェーダはまたまた、浮かれた様子のレイラを見て苦笑する。
「貴方も大概、良い性格しているわよね……」