その昔、世界は天変地異に悩まされていた。いつ起きるかも分からない、天の怒りに震えながら人々は生きてきた。この怒りを鎮めるにはどうすればよいのか。ただ、終わりの来ない祈りを捧げる日々が続いていた。
しかし、災厄の恐怖は突如終わることになる。
それが約五百年前、天変地異の元凶である災厄を封印することに成功したという伝承。その当時、封印に参加した名のある魔法使いや、魔術師は後世にまで名を残すことになる。こうして人々は、平和な世界を手に入れることが出来ました――めでたし、めでたし。
「……この話を補足するなら、封印したのは魔力の源であるグラスの一部。それは神の力にも等しいものだった。完全に封じた伝えられているが、封印は完全なものではなく、定期的に生贄が必要な魔法であった、とさ」
大昔に施された封印は完全なものではなかった。定期的に魔力を必要とし、燃料切れになればあっという間に災厄は世に放たれてしまう。何百年もため込んだ災厄の力が一気に放たれたら、世界はあっという間に飲み込まれるだろう。
「んで、災厄の力は全部レイラの中にあるのよね?」
「正直、自分ではよく分からないんですよね。力が溢れてくるというわけでもないですし」
「失敗してたら、災厄で混乱してるだろうし。大丈夫さ」
そう言われると、確かにそうだった。溜まっていた災厄が一気に解き放たれていたら、世界各地で天変地異が起きるはずだ。今のところそういった兆候は見られない。
「それにしても、かなり詳しいのですね。あの場所に立ち入れる時点で、普通の人間ではないのでしょうけれど」
「僕は元々、神殿の管理を任されているからね。色々と話は聞くんだよ」
「管理って……まさか」
「聞かないほうがいいと思うわ。あの場所がどういうところか、嫌というほど分かっているでしょう?」
ヴェーダ首を横に振り、レイラを止めた。神殿は災厄を封じている場所だ。そこで行う仕事など決まっている。ルーンはレイラとヴェーダから視線を逸らした。
「……軽蔑してくれても構わないよ。それに、あの場所で姫様を封印するための術を施したのは僕だし」
「そうだったのですね。でも、私が封印された時あなたの姿は無かった気がするのですが……」
「封印は対象者が来たときに発動するようにしていたから、僕自身がいなくても発動はするようになっていたはずだよ。全部――レイン殿下の言う通りにね」
ルーンの口から出た名は、レイラを一気に崖から谷底へ突き落すような衝撃だった。レインはレイラの実の兄で、ヴィオレットの王子であり、ヴィオレットを守る魔法騎士でもあった。
だからこそ、レイラはショックを隠せなかった。
「そんな、兄様……」
「僕は、殿下が何を考えていたのかは知らないよ」
レインがレイラを魔縁の神殿へ連れて行き、闇の中へ陥れたのは紛れもない事実だ。何かの間違いであって欲しかった――という願いは跡形もなく砕け散った。レインは自らの意思でレイラを生贄に捧げ封印したのだ。それでも、レイラは諦めきれなかった。
「どうしてあんなことをしたのか。何か理由があるはずです! 私は兄様に直接問いただしたい!」
「そう言われてもね、かなり難しいよ。姫様は封印されていたんだから、会ったところでまともに取り合ってもらえないよ」
レイラは本来ならば、封印されているはずの存在である。それが今、地上に出ている状態だ。レインの計画は間違いなく狂ってしまったことだろう。どのような狙いがあったのかは定かではないが、レインと再会したところで、レイラの存在を快く思っていないかもしれない。
「はー面倒ねぇ。それよりも、貴方の方はどうなのよ。王子が命令した封印を勝手に解いて、無事では済まされないレベルだと思うのだけれど」
「そんなの分かってるっての。どうせ、向こうも大事にしたくないだろうから、そこまで大きな動きはしないと思うよ」
「確かに災厄の封印が解かれたなんて、口が裂けても言えないでしょうけれど……」
災厄の封印が解かれたと広まれば、世界はたちまち混乱してしまうだろう。かと言って、追いかけるにしてもそれなりに信頼のおける人物でないといけない。向こうがどのような追手を差し向けるのかは不明だが、もしかするとレイン自身が来るかもしれない。
「兄様と直接対面出来たりしませんか?」
「僕としては姫様の願いは叶えてあげたいけどね。僕との約束忘れてもらっちゃ困るよー」
そう言われて、レイラはルーンの願いを思い出していた。ルーンの願いは世界の破壊。きっと、レインとは対立する立場になるだろう。悠長に話を聞くどころではない。
「あぁ、そうそう。レイラは気付いてないだろうけれど、私がかけたのと別の契約魔術がかけられているから、勝手な行動が出来ないわよ」
「え?」
うなだれているレイラに対して、ヴェーダから恐ろしい情報が入ってきた。寝耳に水である。レイラはルーンの方へ顔を向けると、ルーンはやれやれといった様子で、肩をすくめていた。
「……あのさ。今それ言っちゃう? バカみたいに空気が読めないから封印されるんだよ」
「辛辣ねぇ。痛いところ突かれちゃったワケ? あはは! 貴方が最初から言っていれば私が言わなくても済んだのに。小賢しい真似するからよ」
苦笑しつつも若干声が引きつっているルーンに対して、ヴェーダは反対に何が面白いのか高笑いをしていた。レイラ本人は何を言われているのか、全く理解出来ていなかった。ヴェーダは楽しそうに説明をしてくれた。
「レイラの行動を制限するための契約魔術ね。内容は……位置情報と行動制限とかが含まれているっぽいわね。恐らく、災厄を制御出来なかった場合と、レイラが抵抗したときの保険ってところかしら。そうでなくとも、勝手に行動されるのを防ぐ目的もありそうねぇ」
「……大体合ってるよ」
ヴェーダの説明を肯定しつつも、ため息を吐いていた。不意打ちでバラされたせいか、ため息にはヴェーダへの嫌味も込められているようだった。レイラはレイラで、怒りを通り越して幾分か冷静になっていた。
「私もため息を吐きたいですよ。ヴェーダの表現が正しいなら、私には自由は無いってことですよね」
「災厄の暴走の可能性もあったからね。ちなみに、僕がかけた術じゃないから僕じゃ解けないんだ。仲介者……この術を行った者にしか解けないんだよねーごめんねー」
「魔術の嫌な所ね。魔術じゃ私にも解けないし、可哀想だけれどそのままね」
ヴェーダは哀れむような視線をレイラに向けた。ここで反旗を翻したとしても何も変わらないだろうし、これ以上何を言っても無駄だと思ったレイラは、渋々受け入れることにした。
「……後出しにはちょっと不満ですが従いますよ。そういう約束ですから」
「言うことを聞いてほしい時に、聞いてくれたらそれでいいよ。あーそうそう……契約術が術者にしか解けなくても、行動は縛ることが出来るからね」
優しく言っているように聞こえるが、余計なことをしたらどうなるか分からないと暗に言っているようなものだった。災厄の封印を解くような人物なのでそこまで信用はしていなかったが、第一印象はとっつきやすくフレンドリーな感じだったので、少し安心していたところがあった。だが、魔法使いならこういうものだろうと割り切った。
ヴェーダはというと、ねちねちとルーンを責めていた。
「ずっと隠すつもりだったんでしょう? 何も知らないことをいいことに、最低ね」
「頃合いを見て話そうと思っていたんだけどね。誰かさんが勝手に言うから、変な空気になっちゃった」
「怪しいわぁ、怪しいわぁ。そういって意のままに操ろうとしたんでしょ?」
「……うるさいなー」
ヴェーダとルーンはとにかく反りが合わないようだった。ヴェーダがケンカ腰なのもあるし、ルーンがそれに対して嫌味のように答えるから諍いが起きるのだろう。レイラは自身のことよりも二人の方が心配になるのだった。このまま放っておけば延々と続くかもしれない。
レイラが自分から話を進めたいと思う時が来るとは――これはこれで、新鮮だった。
「あの。早く本題に入りませんか?」