縺れる定め

 宵闇の森――上空には二人の魔法使いがいた。風は穏やかだが、肌寒さはあった。
 ヴェーダは箒に跨って、ログハウス付近に停滞していた。ルーンはというと、ヴェーダとは目を合わさず屋根の上でぼんやりと月を見上げていた。互いにと、何を考えているのか全く分からない状態である。

「君は寝ないの?」
「一晩中ドライブしたい気分。久しぶりに自由を謳歌したいからねぇ」
「暢気だなぁ」
「別にいいじゃない。それよりも貴方、しれっとレイラと契約しているじゃない。あの子に言わないの?」

 どうやら、ヴェーダはルーンが事前にレイラへ施していた魔術を見抜いているようだった。ルーンは特に驚いた様子もなく、むしろ分かっていたような反応だった。

「いつかはバレると思ったけど、早かったな。さすがは魔女様って言えばいい?」
「超すごい魔女だし。当たり前でしょ――って、まぁ種明かしをすると、私には魔力を感じ取れる能力があるの。復活したばかりの時だとあまり分からなかったけれど、身体を手に入れた今なら分かるのよ」
「……姫様にはそのうち言うよ。さて、僕は用事があるから――」
「一つだけ忠告しておくけど」

 あからさまに話を切り上げ立ち去ろうとするルーンに対して、ヴェーダは声のワントーンを下げた。

「お前、最初から“災厄”と“魔女”を分けて話していたわね。正直、この場所の封印を解く時点で、馬鹿か狂っている奴かの二択なんだけれど。それ以上にこの私は景品扱い」
「そんなにおまけ扱いが嫌だったのか。悪かったねー」
「……本気で言っているの? いや、罠ってこともあるかしら」

 ヴェーダと初めて対面した時に、ルーンはヴェーダのことを「魔女の方か」と言った。災厄の力を目的として封印を解けばおのずとそうなるだろう。
 しかし、後世へ伝えられている歴史は『災厄の魔女が世界を混沌に陥れた』というものだ。“災厄”と“魔女”はそれぞれ別だと伝わってはいないのだ。レイラの話を聞く限り、ヴェーダはそう考えていた。
 ルーンはというと、へらへらと笑っていた。まるで、ヴェーダがおかしなことを言っているかのようだった。
 
「罠、か。そこまで考察してくれて悪いんだけど、実際は特に意味ないんだよね。強いて言うなら補整だよ。君が僕を嫌うよう僕も君を嫌う。僕にはどうしようも出来ない部分さ。偉そうだなぁとは思ったけど、僕としては君なんかどうでもいいんだ。あの人が勝手に執着しているだけだし? あー言っちゃった。てへ」

 ルーン自身はヴェーダのことをどうも思っていないが、問題は別のところにあるようだった。
 
「要は貴方の飼い主に問題があるってことね。教育が失敗しているとしか思えないわ」
「自分で言うのも何だけど、そこは同意するよ」

 ヴェーダはルーンの言葉に呆れるしかなかった。ここまであからさまな態度だと、きっぱり信用しないでいられる。

「今の所はレイラのこともあるし見逃してあげるけれど、出来る事なら余計な手間をかけさせないで欲しいわ」

 その刹那、森がざわつくように風が吹き抜けていく。闇夜にぎらつく赤目は魔法使いを仇敵のように睨み付ける。

「物騒だね。誰に向けているのやら」

 魔法使いは振り返らずそのまま彼方へ飛び去った。先ほどの憎しみに満ちた表情から一変、残されたヴェーダは一人ため息を吐いた。

「……まだ生きているのね。って人のこと言えないけれど」

 空を飛んでいたルーンに感じた微かな魔力――ルーンは明言しなかったが、存在は匂わせていった。苦い過去を思い出さずにはいられない。災厄の魔女として彼女が封印された理由と共に記憶が蘇る。
 
「どこまで私の邪魔するつもりなのかしら。今度は邪魔させないけれど……!」

 ヴェーダは箒に乗ったまま世界を照らす月を見上げていた。それからしばらくして、己の中に走る不快さを取り除くため、闇の世界を翔けていった。
 

 
 穏やかに時間は流れていくが、動き出した針が止まることはない。無慈悲に容赦なく進んでいく。
 
「……最悪な気分だよ。ホント、何でこんなことになったんだろうな。まぁ、こんなこと言う資格は無いんだけどさ」

 月明り照らす空の下、空っぽの魔法使いは一人あてどなく夜を泳ぐ。空の上では自由なはずなのに、何故か縛られている感覚が抜けなかった。ルーンには一生、取り除けないものだと分かっていた。だからこそ、全てを諦めたのだ。誰に何と言われようが、定められた道を進むしかない。
 それでも、今だけは少しでも自由を感じていたかった――空には誰もいない。
 
 上さえ、見なければ――運命など気にすることは無い。