「私にあのような知り合いはいませんよ」
レイラが答えると女は不服そうな表情をした。レイラには本当に覚えがないので、困惑していた。
「クソみたいな場所で、話し相手になってあげたのに酷くない!? 私のこと、ちょっとは思い出してくれてもいいじゃない」
「ま、待って。えっと……ウソでしょ!?」
「あっはは。本当に死んだと思われてたみたいねぇ」
ふんわりとした金髪をなびかせて、女は愉快そうに笑いながら宙に浮いていた。暗闇の中だと姿は見えなかったので、誰か分からなかったが、声を聞いてようやく理解した。理解したうえで、レイラは驚きを隠せなかった。
「生きていたのですね。ヴェーダ……」
「魂の消費を少しでも遅らせるために、途中から姿を見せなかったの。貴方の呼びかけは聞こえていたわ。応えられなくて申し訳なかったわね」
「い、いえ。その、私の方もてっきり消えてしまったのかと思っていたので……」
無駄に喋るよりは、黙っていたほうが体力の消耗を抑えられるようだ。そうなると、封印も解かれずにずっと独り言を呟いていたら、消えていたのかもしれない。その分、今の状況に心底安堵していた。
「で、結局誰だよ」
しばらく様子見をしていたルーンに突っ込みを入れられて、レイラはルーンの問いを放置していたことを思い出した。レイラが喋ろうとするが、ヴェーダが制止した。どうやら、自分で説明したかったようだ。
「……おほん。私は魔女ヴェーダ。あの封印を解くほどの魔法使いなら、知っているでしょうけれど」
「あぁ。“魔女”の方か。そういえば災厄と一緒に封印されていたんだっけ。災厄の封印を解いたときに、一緒についてきたのか。おまけみたいなものだね。ははっ」
ルーンは名前を聞いた瞬間、誰なのかを理解し、せせら笑った。ヴェーダは災厄の魔女として、悪名高く広められている。名前を聞いて知らないものはまずいない。
そして、良い印象を抱いている者も少ないだろう。それにしても、ルーンの態度はヴェーダを小馬鹿にしているようだった。
「この私をおまけ扱いだなんて、いい度胸してるじゃない」
「いやぁ、思ったよりもすごそうなオーラ感じないからさぁ。僕は褒めるのが苦手なんで」
ヴェーダは訝しむようにルーンを見つめる。
「……貴方とどこかで会ったかしら?」
「それはないでしょ。年代違いすぎるしー」
「そう……」
探る様にヴェーダは問いかけたが、ルーンはさらっと否定した。ルーンに否定されてもヴェーダの怪しむ視線は解けなかった。ヴェーダは大昔の人間で、ルーンとは面識がないはずだ。ただ相性が悪いだけだろう。二人の間に流れる、不穏な空気を感じ取ったレイラは、さっと話題を変えた。
「そ、そういえばヴェーダは封印されていたとき、魂だけの存在で姿は見えませんでした。今、私が見えているのは本来の姿何ですか?」
「レイラの身体を借りて出てきたのよ。心から感謝するわ! この私が感謝することなんて滅多にないのよ。おほほほほ!」
どうやらヴェーダは封印が解かれた時、どさくさに紛れてレイラの体に入り、一緒に出てきたようだ。レイラには期待するなと言っておきながらも、自分は来たるべき瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。ある意味執念の勝利と言える。今のヴェーダはレイラの魔力を使って姿を現している。質量をもたない幽霊のようなものだ。
「いつの間にそんなことを……」
「さて、本題に入らせてもらうわね。今はこうやっていられるけど、そのうち消えてしまうかもしれない。私にはやらなければいけないことがあるの」
ヴェーダはこれまでの態度と打って変わって、真剣な眼差しだった。
「レイラ、貴方と契約したい」
「契約、ですか?」
先程も似たような話をしたのだが、ヴェーダがあまりにも真面目に言うので、話を聞くしかなかった。
「ざっくり説明すると、今の状態は緊急処置。私がこの世に留まり続けるには、器が必要なの。出来れば魔力が強い人間が好ましい。その人間にレイラがぴったりなの。乗っ取るわけじゃないから安心しなさい」
「聞いている限り物騒なのですが、本当に大丈夫なのですか?」
「心配ないって。私は嘘をつかないわ。なぜなら嘘が嫌いだから!」
今のヴェーダは依り代もなく、時間がたてば消えてしまう煙のような存在である。完全に留まるには契約を介して、相手に憑りつくしかない。彼女がやろうとしていることは憑依に近い。魔力さえあれば、自由に質量を持って姿形を保てるのでヴェーダはそれを望んでいた。
「……そう言われても。私にそこまでの力があるのでしょうか。私も正直、自分の身が惜しいですし」
「納得できればいいってことね。はい、そこの魔法使い! レイラが封印されてから何年経った?」
ヴェーダはいきなりびしっとルーンを指さした。
「大体十年くらいかな」
「じゅ、じゅうねん!?」
ルーンの回答に一番驚いたのはレイラだった。気の遠くなる時間を過ごしたとはいえ、そこまで時間が経っているとは思っていなかった。あの空間は、時間が止まっているのかと思っていたが、外の時間はしっかりと流れていたのだった。
「長いようで、短い時間だね。対して世界は変わってないから安心しなよ」
実際の時間と、体感する時間には大きな差があることを身をもって知った以上、何の慰めにもならない言葉だった。
「とにかくねぇ。あの空間で、約十年も姿を保てる者はほとんどいない。それでも、貴方はずっと姿形を保っていた。魂の度合いもあるだろうけれど檻が吸い取るのは魔力。私の見立ては間違いではなかったのよ」
「その分、体の成長は止まってるみたいだけどね」
「え、本当ですか? ヤバくないですか?」
「鏡がそこにあるから見てみなよ」
ベッドから離れ、鏡台の前に立つと十年前と変わらない自分の姿があった。身長もそれほどというか、全く伸びていない。封印された頃から時間が止まっており、そのまま出てきたような状態だった。
「体の成長は止まっても、魔力は衰えていない十分ね! むしろ、若ければ若い方がいい」
「問題ありますって。大丈夫なんですかコレ!?」
「魔力で姿を保っていた分、生命力を奪われていたって所かしら。副作用的なものでしょ。気にしなくてもいいわ。ぶっちゃけ私もあんまり変わってないし」
ヴェーダもそれほど変わっていないらしい。それを聞いて少しだけレイラは安心した。もっとも、安心していいものかは分からなかったが。
「こう言ったらアレだけど、死ぬ前提の生贄が姿形を保っているのって、かなり奇跡的だと思うよ。そこの魔女の言う通り、大半は姿どころか魂ごと消えて無くなるから」
ルーンもヴェーダの言うこと肯定しているようだった。さり気なく恐ろしいことを言っているが、気にしないことにした。二人の言う通り、レイラは奇跡的な状態にあるようで、魔力も十分にあると考えられている。
「契約すれば、貴方の言うことは聞いてあげるわよ。このヴェーダを使い魔みたいに出来るのよ? 魅力的じゃない」
「……はぁ」
魅力的と言われても、レイラはそもそも魔法が使えないのだ。ヴェーダを扱うことに、どれほどの価値があるのか全く分からない。正直言えば、すでに契約状態にあるグラスがすごい存在なので霞んでしまう。深く悩んでいるレイラを救ったのはルーンだった。
「契約の話は一旦おいて、さっきの話の続きをしてもいいかな?」
「えぇ。私は構いませんが」
「貴方の話も興味あるから、聞いてあげるわよ。私も世界を壊すって話、気になってたのよねぇ」
「……へぇ」
ルーンは面白そうなものを見る目をしていた。ヴェーダが、話に乗るとは思っていなかったのかもしれない。
「私を地獄に落とした世界を滅茶苦茶にしてやりたいの! 本物の魔女として!」
ヴェーダは先程の話を聞いていたようで、世界の破壊についてノリノリだった。やる気満々なヴェーダの態度を見る限り裏はなさそうに見えた。
しかし、彼女は本当に世界を憎んでいるのか――レイラにはどうも、心の底から憎んでいるようには見えず、何か他の意図があるように思えた。何かあるとしたら、やはりヴェーダの過去にまで遡ることになるのだろう。それこそ彼女が封印された理由に触れることになる。レイラはあまり事を荒立てたくはなかったので黙っていた。
「協力してくれるならありがたいな。で、姫様はどうする? しつこいようだけど途中でやめられても困るし」
「分かれ道は迷うかもしれませんが、一度決めたら引き返したりしませんよ。それに封印を解いて、私を救ってくれましたから。ルーンが望むなら私はいくらでも力を貸します」
「僕は、目的に必要だから助けたわけで――」
ルーンはどこか気まずそうな表情をしており、レイラから視線を逸らしていた。付け込んでいる負い目でもあるのだろう。それでも、レイラは気にせず微笑みを向けた。
「どんな理由であれ、あの場所に死ぬことを免れただけで、感謝していますから」
「そっか。じゃあ決まりってことで」
戻るべき道もないけれど、進むべき未来もない。どんな道であれ、誰かがレールを敷いてくれるのなら、その上を歩いた方が楽だった。常識からどんどん遠のいているのを感じる。
「さて、話もまとまったことだし契約を――」
「承諾していませんが」
「世界破壊する前に死んじゃうのよ!? 可哀想に思わないの!?」
「可哀想っていうか……そもそも、契約ってどんなことをするんですか?」
「このスケスケ魔女の体を安定させるって考えればいいと思うよ」
ルーンの腕がヴェーダに触れると、腕がヴェーダの身体を貫通していた。かなり不気味な光景だった。
「遊んでいないで、私の言うとおりに魔法陣を描きなさいよ」
承諾はしていないが、話は進んでいく。レイラは話し続けるのは無駄だと思い、流れに身を任せることにした。なるようにしかならないだろう。契約が失敗したらどうなるのかという不安は残るが、任せるしかない。
「とりあえずこの小屋の中じゃ狭いし、外に出るわよ」
「私も出たほうがいいのでしょうか?」
「そうだね。で、どういう方法でやるのさ?」
「主権はレイラにあげるわ。貴方には仲介役を頼む」
「一体、何の話をしてるんですか?」
魔術と魔法に関しての知識が乏しいレイラには、二人が何をやろうとしているのか理解出来なかった。黙って従ってもよかったが自分にかけられるとなると、やはり気にせずにはいられなかった。そんなレイラを置いて、二人はどんどん話を進めていった。魔法使いは自分勝手だなぁ、とレイラはため息を吐きながら思うのであった。
「第三者を介して契約するの? 契約魔法はほとんどやったことないから、保証はしないよ」
「この私の知識があれば問題ないわ」
ルーンはヴェーダの指示通りに地面に書いていく。
先程ヴェーダは「主権をレイラにあげる」と言っていた。だとすると、レイラは上の立場になる。ヴェーダが言っていた、自分を使い魔のように出来るということに繋がるのだろう。ヴェーダを使い魔にするつもりはさらさらないが、この契約が今後にどう響いていくのかは気になるところだ。
レイラが一生懸命、考えているのを尻目に二人の作業はかなり進んでいた。
「ちょっとアレンジしていい?」
「上手くいけば構わないわ」
「だからー分からないって」
「じゃあ、やりやすいようにやって」
ヴェーダは完全にルーン任せにするようだった。レイラは考えながらも、結局行き詰ってしまう。手持無沙汰になってしまい、ルーンの側に立っているヴェーダに尋ねた。
「私は何かやることありますか?」
「作業が終わったら、書いた魔法陣のとこに立てばいいわ」
聞いてみるも、やはり終わるまで用無しのようだ。レイラは近くに生えていた大木に寄りかかった。
「暇……」
「暇なら、今回の魔法について教えてあげるわよ」
レイラがぼんやりとため息をつくと、上からヴェーダがにゅっと飛び出してきた。
「魔法……って、あなたはあっちにいなくていいのですか?」
「基礎だけは教えてきたから」
「基礎?」
「私の契約魔法の基礎よ。魔法と魔術の違いは分かる? 大まかに説明すると魔術は職人技のような、細やかな技術を扱う感じね。それに対して魔法は、単純に力を放つ。その分融通が利きづらいっていうのかしら」
「そういえば、魔法で魔法陣を描いているなんて、珍しいですね」
「いくつか指定したいことがあれば描くこともあるわよ。魔術に比べると半端になるけれど」
魔法は魔法陣を作れば、簡易的に魔術のようなことも出来るが、魔術ほど細かい指定は出来ないためあまり使われることはない。他にも魔法陣は、面倒なので使われることは少ない。
今回の契約魔法は、レイラとヴェーダの契約がルーンを介して行われるものである。ヴェーダが指定したのは、主従関係である。レイラの方が上位になるようにしてあった。魔力を持つのがレイラなので、当然のことらしい。主従関係とは言っても、ある程度、ヴェーダも自由が利くようになっていた。元々、ヴェーダが生きながらえるためにやる魔法なので、自身に都合が良いようにするのは理に適っていると言える。説明してくれた以上、レイラは内容自体に不満は無かった。
「魔法も魔術もどっちも素敵です。私にも使えたらよかったのですが」
「魔力は十分だし、使えると思うわよ。ただ、災厄の力を持っているから、バーンって辺り一帯吹き飛ばすかもしれないわね。ちょっと見てみたいけれど」
「大変じゃないですか! 確かにちょっと憧れはしますが……」
昔のレイラは魔法への憧れが強かった。
しかし、習うことは叶わなかった。大変なうえに危険だからと、禄に教えてもらえなかった。一番は才能がないからだと言われ、そう思い込んでいた。結局のところ、才能が無いというのはでたらめだったようだが、この地に戻ってきてもレイラは完全に信じられなかった。
(中に入ったグラスは何も答えてくれません。災厄の力をどう使えというのでしょう)
レイラに力をやる、と言ったグラスの核は黙したままだった。魔法が使えない以上、本当に災厄の力を持っているのかも、いまだに分からずじまいである。グラスは何のためにレイラへ力を託したのだろうか――そもそも災厄などと言われているものを、むやみに振るおうなど思わないが。
「描けたよ。準備はいい?」
「それじゃやるわよ。レイラ、そこに立ちなさい」
「はい」
魔法陣は光を放ち、レイラとヴェーダは光の中に飲まれていく。果たしてどうなることか――レイラは不安を覚えながらも、魔法に身を委ねた。