最期の希望

「……ミュオソティス、本当に消えるとはね。あれだけ空魔を滅ぼそうと躍起になっていたのに、こうしてみると、あっという間だったなぁ」

 散々振り回された挙句、満足そうに消えるミュオソティスの姿を見て、竜胆は苦笑する。憎しみよりも、全て終わった安心感の方が上回っていた。ほんの少しやるせなさもあるが、概ね願いは叶ったといえるだろう。

「終わりは、いつだってそうです。人間の一生とそう変わらないのです」

 ミュオソティスとミオネは統合した。ミュオソティスは抵抗することも無く、ミオネと一つになった。その横顔はどこか、吹っ切れたように見える。ミュオソティスと統合する前からミオネは穏やかそうだったが、今はどちらかというと神々しさも感じられる。

「さて、残るは貴方と私……」

 この世界に残されたのは竜胆とミオネだけだった。そのような状況でも、静まり返った世界には光が差していた。
 竜胆はミュオソティスが消えた今、放っておいても消える運命にある。現に自らの力が失われていくのを感じていた。

「本音を言えば、自分で終わらせたかったよ。全て。こんな丸ごと世界ごと終わるなんて思っても無かったよ」
「もともと世界の話ですから、当然です」
「僕はそんなつもりなかったんだけど……」

 ただ、平穏を手に入れたかったというのが竜胆の本音だった。ミュオソティスを消せば解決すると思っていた。
 しかし、事は水面に描かれた小さな波紋が大きくなっていくように、誰も予想出来ない未来を描いていった。

「君はこれからどこへ行くんだ」
「どこへ行くも何も無いですよ。私はどこにでもいるような存在ですから」
「結局、君の正体は何?」

 ミオネは考え込むような仕草をしてから呟いた。

「生まれた時は、誰もが持っているけれど、いずれ失ってしまうようなもの……あえて言うなら、そうですね。人が抱いた夢そのもの……願い、感情。世界の心というべきでしょうか」

 形の無い、定義されない思い。何にでもなれる可能性を持つモノ。それがミオネの正体だった。本来、誰にでもあるが、時が進むにつれて、失ってしまうこともあるという。俗に夢や希望と呼ばれるものらしい。人々の宿す心が、彼女を構成するものである以上、人間とは切っても切れない縁で繋がっている。
 簡単に定義は出来ないが、ミオネは常に世界に寄り添っているモノだという。

「ふわふわしてるねぇ」
「九割くらいふわふわしていますから」
「残りの一割は何なのさ」
「そこには、ご自分の好きな言葉を入れておいてください」

 すました表情で、ミオネは呟いた。冗談でもなく、本当にそう思っているようだった。

「一から十まで決められるよりは、人間らしくて良いでしょう?」
「……それもそうか」

 ミオネが夢や心そのものだというのなら、確かにその通りだった。最初から決められているものに意味など無い。自分で考えてこそ、人間らしさと言える。人間らしさ――ミュオソティスに運命を狂わされてから、竜胆がずっと追い求めていたものでもあった。
 ミュオソティスは人の心を操れると、勘違いしがちだが、本来ミオネという存在は人の心そのものである。人の意思を尊重する存在だ。ミオネとほぼ同一の存在であるミュオソティスも結局は、存在しない感情は作れないように、彼女たちは世界に住まう者たちが持つ、心によって左右されるといえる。

「……他に言うことは無いのかい?」
「ありませんよ。だって、終わってしまうのですから。この世界であった出来事は全て無かったことになる。あれこれ言おうが、誰の目にも留まらないのですよ」
「そんなものだよねぇ。みんな他人の人生とか、気にして生きてないし」

 この世界は数ある可能性の一つでしかない。可能性が消えれば、世界は消滅する。消えてしまった世界を観測する術は、どこの世界にも存在しないだろう。
 だが、竜胆は一つだけ確かめたいことがあった。

「この世界は、誰の記憶に残らないって言ったけどさ……少なくとも、君は覚えているんだろう?」

 人々の心そのものというミオネなら、忘れることは無いのでは――と竜胆は考えた。
 ミオネは人々が持つ心や思い、世界そのものである。この世界は消えてしまうが、ミオネは消えない。
 ならば、この世界が忘れさられてしまったとしても、彼女はずっと記憶しているはずだ。

「誰の目にも留まらなかったものを、掬い上げることが、君の役目じゃないかな、って。今、考えたんだけど……」

 ミュオソティスへの慰めでもなく、竜胆は研究者として思ったことを言っただけだった。だが、ミオネは竜胆の言葉に少し驚いている様子が目に映る。
 それから、過去を懐かしむように呟いた。

「……あの人と、似たようなことを言うのですね」
「え――」

 ミオネの口から漏れた言葉の意味を、竜胆はすぐに理解出来なかった。竜胆が考える間もなく、体は消えかかっており、聞き返そうにも声が出ない。竜胆が手を伸ばした先で、ミオネは柔らかな笑みを湛えながら、手を振っていた。