静寂な世界を切り裂く、紫苑の願い。
「……この世界で最後まで生きていくのも、って最初に言ったけどそれじゃあ、結局引き延ばしているだけでしょ。だったら、いっそのこと、さっさと終わらせた方がいいと思って」
「潔いね。でも、ここで死んだら紫苑の願いは叶わなくなるよ」
「馬鹿だなぁ、柘榴」
「……?」
柘榴は首を傾げる。紫苑の考えていることが分からないようだった。心を見れば分かるだろうに――そう思いながら紫苑は一歩踏み出す。
「貴方がいてくれた――それだけで私は救われた。私の願いはね、とっくに叶っているんだよ……これ以上、何もいらないよ。たくさん、貰いすぎたくらいだよ」
紫苑はそう言って、静かに柘榴を抱きしめた。これまでの苦しみから、解き放つような優しい抱擁だった。紫苑の願いの象徴である柘榴は何が起きているのか、分からないのか固まっていた。そんな柘榴に対して、紫苑は穏やかに問いかける。
「……柘榴の核は、私だよね?」
柘榴との会話の中で、自然に辿り着いた答え。紫苑の願いのために、やらなくてはいけないこと。
「私が死ねば、柘榴も死ぬ……元より一蓮托生なんでしょう。この世界に来たときから」
「……よく気づいたねって思ったけど、消去法的にそうなるか」
「どんくさい私でも、さすがに分かったよ」
この世界を本当に終わらせるために必要なことだった。空魔に飲み込まれてしまうだけでは駄目だ。終わってしまうにしても、悔いなく正しい終わりへ導くのが紫苑の願いだった。
「ほら、柘榴言ってたじゃない『僕は君』とかワケ分かんないこと。あれって、そういうことだったんじゃないの?」
「覚えてたんだ。半分くらいノリだったけど」
「うっそ。ノリなの!? 私、恥ずかしいこと言った!?」
「間違っていないからいいよ。無意識とかそんなレベルだし。あはッ」
そもそも柘榴の方が言った言葉なのに、紫苑が羞恥心を覚えるのがおかしい。堂々としていればいいのだが、言葉を覚えていたというのも、何だか今になって恥ずかしくなってきたのだった。
「さて、時間も少ないし、どんどん名残惜しくなってくるからなぁ。覚悟してよね」
柘榴は抱擁を解いて、紫苑を突き飛ばした。柘榴の帽子から伸びた黒い影は、綺麗な直線を描いて紫苑の心臓を貫通していた。
「いきなりッ!?」
「早い方が良いと思って」
紫苑は咄嗟の出来事に、すぐに倒れることすら出来なかった。エンプティでの努力の成果なのかもしれない。
「心臓に悪いわ。って、心臓貫かれるけど、倒れないものね……滅茶苦茶痛いけど」
「そりゃ、僕が頑張って操作してるから」
「どういうこと……?」
「心身操作さ。身体は紫苑限定で操作出来る、素敵な能力だ」
「……私からしたら素敵でも何でもないけど」
そう言いながら、柘榴は紫苑の胸元から影を引っこ抜いた。努力も何も関係なく、ただ柘榴の力で起こされているだけだった。紫苑は少しだけ、不満そうな表情を見せた。
「くらくらする。ちゃんと逃げないで止まっててよね。あと、操作しないでよ。私の手で終わらせてやるんだから」
「少し怒ってる?」
「怒ってないよ。ふふ、ふふふ」
「……あはは」
紫苑と柘榴は笑っていた。
だが、確実に温度差はあった。紫苑は躊躇なく鎌を振り下ろし、十字架のように柘榴の心臓付近へ突き立てた。まるで、墓標のようだった。
「豪快、だね」
「首跳ねないだけマシでしょ。生首を見たくないっていうのも、あるけど……」
紫苑は柘榴の胸から、鎌を引き抜いた。そのままにしておくのは、やはり気が引けた。砂の色はいつの間にか、血の色に染まっていた。何とも海辺に似つかわしくない光景だろうか。柘榴はというと、そのまま大の字で倒れこんでいた。あまり痛くなさそうに見える。
「あー……やっと終わる。でも、終わりになると、寂しいなぁ」
「祭りの後、みたい」
紫苑はふらりと倒れこんだ。どうやら、限界が近づいているようだった。視界は霞んでいて、光が遠のいていくのを感じていた。
「分かるなぁ。まだ、遊んでいたいっていうかさぁ……もっと続くかなぁとか思っちゃったよ。夢はいつか終わるって言ったのは、自分なのに」
「だったら……また、見れば、いいでしょ。夢を……見ちゃいけないとか、決まって、ないし」
「……随分と、成長したね」
柘榴は大の字から起き上がっていた。いつになったら死ぬんだろうと、思っていたがそもそも、柘榴の方が後に刺されたうえ、空魔だから余裕があるのは、当然かと紫苑は納得していた。
「そんなことない。後悔してること、たくさん……ある。あぁしていれば、こうしていれば――なんて、夢のような、ハナシ……」
もしもの話など、この世界では無駄なことだった。何を考えたって、ここで起きたことはもうすぐ無くなってしまうのだ。一時の夢で全て片付いてしまう。
だが――
「傍から見れば、今までの出来事が茶番にしか見えない。でも、ね」
もしも叶うのなら、全てを無かったことにしてやり直したい――後悔や失敗した人間なら、一度は思うだろう。紫苑が願ったのはこの世界を終わらせて、自ら消えること。リセットボタンを押したような気分だった。
もしかすると、次は上手くいくかもしれないという希望。そんな世界があるのかは分からない。そもそも、リセットしたら、自分という存在はここで消えてしまう。意味の無いことかもしれない。
だが、そこにいるのが自分ではなくても、誰も悪くない世界を――誰もが幸せな世界を望むのだった。
「物語は、ハッピー……な、方がいい、でしょ……ねぇ……」
紫苑は無意識に手を伸ばしていた。その手に、誰かが触れるのを感じた。温かくて、優しい手。紫苑の意識は向かうべき場所へ沈んでいく。
願いを追い求めた少女は幸せを謡いながら、二度と覚めない世界へ旅立っていった。