どうせならさっさと、息の根を止めてくれたらよかったのに――葵は柘榴へ不満があった。柘榴は葵の胸を貫いたが、すぐに死ぬということは無かった。急所を見事に外して、じわじわと息絶える姿を見届けることにしたようだった。本当に、自分のことが嫌いなんだなぁ、と呆れ返るしかなかった。柘榴が離れ、代わりに寄ってきたのは、上司にして父親の竜胆。紫苑も側にいたが、一歩引いているようだった。
だが、うっすらと涙を浮かべているように見える。感情を失ってなどいなかったのだと、葵はどこかホッとしていた。こう思うと、やはり失くしていいものではないのだ。失って良いことなど無い。羨望を抱いた自分が恥ずかしくなる。
「気分はどう?」
葵の気持ちを知ってか知らずか、竜胆は悼む様子もなく、気軽に声をかけてきた。
「……この期に及んで、それしか言うことねぇのかよ」
「何だろうね。しんみりするのも柄じゃないし。でも、何も思い浮かばなかった。許して欲しいのさ」
「うっせぇな……無理しなくて、いいよ。もう、終わるんだ。すべて……」
視界はもう掠れていた。喋れば、喋るほど血が出てくる。助からないのは分かっている。だったら、もう放っておいて欲しかった。それなのに、どうして竜胆はここにいるんだ。そう思っていると、竜胆は腰を低くして、葵の頭をそっと撫でた。
「……ごめんな葵。葵が辛い思いをしていたのは知っていた。玲菜に怒られても、文句言えないよ」
今更、何を考えているのだ。葵の思考はかき乱される。そんな言葉はいらない。欲しかったものはそんなものではない。
「はっ……、何、で、」
「玲菜には言えなかったからさ。せめて伝えておこうと思って」
走馬灯が流れてくる。幸せだった頃の記憶が、針のように刺さる。痛いのに、温かくて、苦しいのに、失いたくなかったもの。
「愛してる――って」
葵には竜胆の表情はもう見えなかった。だが、言葉ははっきりと聞こえた。
父親の言葉と共に、葵の意識は遠のいていった。
希望の光なのか、絶望の闇の中か。人々は一体どこへ行くのだろうか。ミオネは各々の様子を見守っていた。この世界の終わり――そして始まりを見届けるために。
「葵……何も出来なくて、ごめんなさい」
「手を出すなって言ったのは、葵だし。君は悪くないよ」
竜胆はぽんと、紫苑の肩を叩いた。竜胆は泣いていなかったが、少し声のトーンが落ちていた。
「やっぱ、泣いてる方が紫苑らしいや」
葵の死に思うところが無い柘榴は、暢気に紫苑を観察していた。
「お前は本当に変わらんな」
はぁ、とミュオソティスは呆れてため息をついていた。少し哀れんでいるようにも聞こえるが、柘榴は気に留めなかった。もはや、ミュオソティスのことなど眼中にないようだ。
「泣いているところ、悪いけど未来の話をしたいな」
残された時間は少ない。このまま進めば、この世界は跡形もなく消えてしまう。誰の記憶にも残らないまま、砂塵の一つと化す。
「夢の中だけで生きられたら良かったのに、って未だに思うよ。今がとても苦しい」
それがまがい物だったとしても、間違いなく幸せはあったのだろう。
「……君は現実を選んだ。苦しみ、痛みを伴う真実が待っている、現実にね」
真実を選んだとしても、紫苑が感じたことは心の中に残っている。感情は作り物ではない。誰によって、作られるものでもない。
「答えは決まったの?」
「うん。でも、その前に二人だけで話がしたい。どうしても、伝えたいことがあるの。決着付けないと……いけないから」
紫苑は決意を固め、柘榴はその決意を静かに受け入れた。不安を覚えながらも、紫苑は奮い立たせるように、空を仰いだ。
「あ……」
ミオネは紫苑につられて、空を見上げた。空はいつの間にか、永遠を象徴していた夕焼けの橙から、闇を照らすような朝焼けの色に変わっているような気がしたのだった。