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 この状況には紫苑も驚いていたが、それ以上にミュオソティスも、信じられないものを見ているようだった。一方で、竜胆やミオネはこうなることが分かっていたかのように、静観していた。紫苑の目の前では葵と柘榴が対峙している。柘榴は薄気味悪く笑っているのに対して、葵は怒りを見せているかと思ったが、悲痛さも感じられる。
 それにしても、柘榴は一体何を考えているのだろうか。元より殺すつもりなら、茉莉花たちのように、まとめて殺せばいいはずだ。にもかかわらず、柘榴はやらなかった。紫苑は柘榴がわざと葵を煽っているように思えた。

「……絶対に殺す」
「真実を知りながらも、見て見ぬ振りをしてきたヤツに何が出来るか、見てみたいね」

 どうしてこんなにも二人は険悪なのだろう。葵が元々、柘榴のことを良く思っていないのは分かっていた。ただ相性が悪い程度にしか思っていなかった。葵の父が竜胆で、空魔に関する事情を知っていたことについては、全く気にしていないと言えばウソになるが、そこまで重要な問題ではないと紫苑は思っていた。
 というよりも、この場合は柘榴の葵へ対する、感情の方が気になっていた。紫苑と葵が組んで、会っていたときは特に気にしていなかったはずだ。柘榴がそんな紫苑の疑問を感じ取ったのか、呟く。

「だって、こいつ紫苑の側にいたくせに、何もしないからさ。精神操作してたことも、空魔だって気付いても紫苑に言わなかったんだよ」
「ちっ。やっぱ操作していたか。お前の存在は違和感しかないのに、受け入れているんだ。お前がいなくなった後は、いつも妙な不快感があった」
「ミュオソティスほどの力は無いから、そうなっちゃうんだよな。それでも戦いを避けるには十分だったよ」

 紫苑がエンプティとして活動していたとき、交戦するつもりなかったようだが、念のために心身操作をしていたという。こうしてみると、葵が抱いていた違和感は正しかったのだ。問題なのは、気付いた葵が何も言わなかったということ。ずっと、紫苑に隠してきたのだ。きっと、言ってしまったらあらぬ疑いをかけられ、竜胆の関係などが周囲にバレてしまうからだろう。紫苑はここまで来ると、ほとんど気にしていなかった。それよりも紫苑は、葵の抱えている秘密に気づかない、自分のどうしようもなさが一番堪えた。

「気づかなかった私が馬鹿みたい。いや、実際馬鹿なんだけど……」
「あれこれ仰っていますが、ずっと貴方の近くにいた彼が気に入らないだけですよ」
「そうなの?」
「ほら、空魔という存在を思い出してください。アレらは基本的に本能に従って動く怪物です。多少特殊な事例ではありますが、あの黒猫も例外ではありません」

 ミオネが紫苑の横で冷静に解説してくれた。単純に相手が気に食わない――それだけのことだと。改めて言われても、紫苑にはピンとこない。そもそも、紫苑としては葵に特別な感情を抱いた覚えは無かった。そして、柘榴が気にすることでもない、と紫苑は思っていた。

「……葵のことはミオネたちから聞くまで、全然知らなかったよ」

 葵のことは普通に空魔退治の良いパートナーだと思っていた。無茶な要求にも応えてくれるし、悪いところは指摘してくれる。口うるさいと思うところはたまにあったが、決して嫌いではなかった。
 むしろ、こんな自分を見捨てないで、付き合ってくれたことに感謝までしたいくらいだ。

「葵が何を思っていても、気にしないよ。私なんてすごい迷惑かけたし……」
「だってさ。良かったね。気にしないらしいから、この際吐いちゃいなよ」
「っ……お前。それ以上、喋るな。黙れ!」

 うすら笑いを浮かべる柘榴。対照的に初めて動揺を見せた葵は柘榴に切りかかっていた。柘榴は葵の攻撃など物ともせず、ひらりと交わす。柘榴の含みを持たせた言い方は、開けてはいけない扉へ続いているような気がした。あくまで、紫苑は気にしないというだけの話で、葵がどう思っていたのか――葵しか知らないはずの真実だ。
 しかし、空魔の前では全てが白日の下にさらされる。

「紫苑は、葵が欲しかったものを持っていた。最初から羨ましくて……良く思っていなかったんだよ。知らなかったでしょ」

 葵が欲しかったもの――紫苑は知る由も無かった。当たり前だ。葵は自分のことを何一つ話さなかったのだ。葵は誰からも慕われていて、疎まれていた紫苑とわざわざペアを組んでくれた。真面目で少し怒りっぽいところもあるが、それが葵の良いところで、魅力の一つだと思っていた。

「それだったら、何で葵は私の相棒になったの」
「……目の前で母親が殺される様を見て平気なヤツなんて、そうそういない。母を失った悲しみ……空魔への憎しみはさぞ苦しかっただろうね」
「あ――」

 紫苑の中で、何かが繋がった気がした。柘榴が指し示すのは、紫苑が昔日に忌避していた感情だった。

「あまりの苦しみに、記憶を……感情を消してしまいたいと、願ったんじゃない?」

 忘れたくて、忘れなかった苦しみの記憶がよみがえる。感情を消してしまいたいと願った、あの日を思い出す。悲しみと、怒りと、絶望に壊されてしまった心――柘榴の口調は問いかけているようだったが、明らかに分かっている素振りだった。葵はもはや、何も言わなくなっていた。代わりに黒く染まったハーツを構えていた。

「どうせ、終わるんだから最期くらい本音を言ったって、誰も怒らないよ。アハハっ!」
「どいつもこいつも……人の心を土足で踏み荒らしやがって!」