9

 思えば、ミオネはミュオソティスに対して好意的ではなかった。同じ人物だから好意も何も無いだろうけど、それを抜きにしても、あたりが強かったと思う。ミュオソティスはミオネの欠片。人間への憧憬から生まれたモノ。ミオネの一部である。
 しかし、ミオネの役目は心を束ね、未来を描くこと。ミュオソティスの行動は、ミオネの役目からあまりにもかけ離れている。それが原因だろうか――人間に仇なすことが許せないのか。

「私はミュオソティスが何をしようが構いません。ほぼ別個体に等しいですし。ただ……」

 一瞬だけぞっとするくらい鋭い視線を、ミュオソティスに向けた。それは嫌悪に近いもののように思えた。

「被害者面しているのが気に入らないだけです。人を導くどころか、破滅に追い込んでおいて、身勝手だとは思いませんか?」

 笑みを見せながらも、言っていることはかなり強烈だった。ミュオソティスは俯いたままだ。

「ミュオソティス、貴方が本当に悔やんでいるのなら取るべき選択肢は一つ。貴方がこの世界から静かに消える。それだけですよ」

 ミオネは残酷な選択を突き付ける。自分自身で傷つけている自覚はあるのだろうか。別個体と言っている時点でもう、何も感じないのか。

「……私は」
「この世界は死に過ぎた。ミュオソティスの思いから生まれた空魔は文字通り、このままでは全てを飲み込んでしまうでしょう。永遠に満たされないから。ミュオソティスが諦めてしまったから」
「ミオネ、貴方は何がしたいの」
「私は心を束ね、可能性を創るモノ。月宮紫苑――貴方が望めば、世界は変わる」

 世界は変わる――どういった意味で? そもそも何で。

「どうして、私なの」
「貴方がきっかけだからです。本当なら、一人に入れ込むことは無いのですが、人間風に言うなら恩返しです」
「答えになっていないけど」
「私の探しものを見つけてくれたからですよ」

 そう言ったミオネの視線はミュオソティスを見ていた。ミオネの探しもの――ミオネは失った欠片を探していたんだ。失くした感情を――

「見つけた喜びよりも、虚しさの方が強かった。私が失ったものはこんなものだったのか――って」

 ミオネがミュオソティスを嫌っているのは、思っていたものではなかったから――憧憬といっても、あるのは醜い羨望だ。ミオネの中で、人間はもっと輝かしい存在だという認識があったのかもしれない。私の考えが正しいのかは分からない。ミオネは心が読めるはずだが、何も言わない。

「私はただ、クロに生きていて欲しかっただけなのに。話が大きくなってる……」
「そんなものですよ。この世界が安定していたら、ずっと一緒に居られたのでしょうね」
「クロと一緒に……って、あれ柘榴は?」
「……そういえば、見かけませんねぇ。ふふっ」

 ミオネは面白がっているようだった。少し気になるけど、まぁいい。ここに連れてきておいて随分と勝手だな。大方、話に飽きてどっか行ってしまったのだろう。相変わらず気まぐれなのは変わらないのか。そのうち戻ってくるだろうな。猫みたいなものだし。

「この世界の景色、正直嫌いじゃない」
「おや、まぁ意外」

 最初は不気味だと思っていたけど、ずっと見てきたせいか、だんだんと馴染んできている。私はずっとこの世界にいたいと思っているのか――自分でもよく分からなかった。最初はこの世界が私の願いを叶えてくれる、そう思っていたけど、この世界はどうやら有限らしい。他の世界にいけば、まだ可能性は残っている。ミオネにはその力がある。
 けど、じゃあクロ――柘榴はどうなってしまうんだろう。私の身勝手な願いでこんな場所に連れてきて、そのままハイ、さよならなんて虫が良すぎるんじゃないか。
 私はどうしたいんだろう。私は何をしたらいいんだろう。最初に願ったのは――

「そもそも、本当ならあの時、終わっていたんだよね」
「そうですね」
「変えた結果、今も生きている。それでも、まだ変えられるって言うの?」
「貴方が望めば――それか……先ほども言いましたが、この世界で停滞し続けるのも、また一つの選択肢です」

 この世界に留まり続け、終末を迎えるこの場所で終わりを待つ。それもまた、いいのかもしれない。何もかも疲れてしまった。考えるのも辛い。黄昏色に染まった世界は、未だ様々な感情が渦巻いているように見えた――世界が遠くなっていく。

「紫苑!! 何ボーっとしてんの!」
「えっ……?」

 遠ざかっていく、私の心を現実に引き戻したのは、聞覚えのある力強い声だった。