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「は……?」
「正確に言えば、空魔のいない世界での柴陽はね。いる世界ではちゃんと僕を殺している――って、言い方も変だけどね。ははっ」

 いや、そういう問題ではない。柘榴は笑いながら言うし、何なの?殺していないって、しかも、私の世界でのあいつが? そんなのが本当だったら……真実なら私は――

「嘘、じゃないんだよ……ね」
「本当の話だよ。そもそも、僕は通り魔に殺されただけ。紫陽がその場に落ちていたナイフを拾った。そこに紫苑が現れて……後は言わずもがな」

 クロは紫陽が殺したと、私が思い込んだ。紫陽が何を言おうと、私は話を聞かなかった。聞く前に殺してしまった。
 でも、あの時の紫陽は何か言っていたかな。思い返してみれば、容易いことだった。

「……あいつ、何も言ってなかった。言い訳しなかった」
「言っても、聞かないだろうし。諦めていたんだよ」

 諦め――紫陽も同じように思っていたんだ。私が紫陽との対話を諦めたように、紫陽もまた閉ざしてしまったんだ。濡れ衣の紫陽を殺したという事実に、そこまで悲しみも感じない。悲しみよりも勝る、纏わりつく虚無感。

「何もかも、遅すぎたよ。って、言ったらいいのかな」

 決して何も感じないわけではない。昔の自分なら耐えられなかっただろう。一度失った感情を取り戻したとしても、以前のように動くとは限らない。

「びっくりしたけど、それ以上は無いよ。自分でも少し驚いてる」
「……そっか」
「だけどね、もう少し素直になっていれば、って思うよ。私が悪いのは分かってたから……」

 最初から気付いていたよ。壁を作ってたのは自分の方だって。父さんと母さんも、差をつけることなく、接していてくれていた。私は十分すぎるくらい、愛されていた。私が全て、拒んだ。見ない振りをしたんだ。私が勝手に被害者ぶっていただけ。もっと素直になれたら、あんなぎくしゃくした関係にはなっていなかったもしれない。

「……へぇ、意外。これまでの紫苑なら絶対言わなかっただろうな」
「そういや、心が見えるんだったっけ」
「そーだよ。だから、今紫苑がどう思っているのかも分かる」

 悲しみも何も感じないけど、罪悪感はあった。目の前にいるのは、紫陽の記憶を継いでいるというか、紫陽に近い存在。複雑な思いがある。一体、柘榴は何を思っているんだろう。こんな私を恨んでいたりするんだろうか。人のことが分からないからって、散々なことをしたから、恨まれても仕方ないんだけど。

「……構造的半々。紫陽でもあるし、クロでもある。だけど、同時に紫陽でもないし、クロでもない。僕は空魔だ。人の思いに縋る残骸でしかない。そんな中途半端な僕の言葉を、どう受け取るかは紫苑次第だけど……」

 一筋の風が吹き抜け、勿忘草の畑を揺らす。夕焼けに照らされた、柘榴の表情はよく見えなかった。

「別に気にしなくてもいい。紫苑が行きたい道を進んでよ。どんな道でも僕はついていく。紫苑の行く先が、僕の希望だから」

 どうして、私なんかのために――聞いたところで、上手い具合にはぐらかされるだろう。紫陽が好きだったから、柘榴も思いを引き継いでいるといえば、説明がつかなくはない。
 けど、本当にそれだけなんだろうか。いやそれよりも、私はこれからどうするべきか、真剣に考えるべきだろう。私が選んだ道に、柘榴はついて来ようとしているのだから。

「……お前は最初から、そういう心算だったんだな。譲れない思い、か。どこまで保てるか――」

 ずっと黙り込んでいた、ミュオソティスが口を開いた。すっかり存在感が薄れてしまっていたが、未だに不遜な態度は崩さないようだった。

「この期に及んでも、まだ余裕そうだね。僕よりも、君の方が絶望的だと思うけど」
「…………お前は私の何を知っている心算だ。空魔如きが、私の力も無ければ生きながらえることも出来無い駒風情が」

 ミュオソティスはあからさまに柘榴へ不快感を示していた。柘榴はというと、ミュオソティスを煽っているようにも見える。二人の間には何があるんだ。

「いきなりキレるなよ。無駄に長く生きたせいか? 面白いといえば、面白いんだけど……でも、いい加減飽きたから、こいつに現実を教えてあげなよ」

 誰に語っているのか――そう思った瞬間、私の頭上から声が聞こえてくる。どこかで聞いたことがある声だった。確か、謎の空間に飛ばされた時だ。

「この世界か、別世界か……心の天秤というものは厄介です」

 ミュオソティスとそっくりな少女――ミオネがその場に顕現する。彼女は黄昏の中でも、一段と輝いて見える。

「ミュオ……いや、ミオネね?」
「はい。どうもしばらくぶりです」

 今この場に私と柘榴、ミュオソティスのほかにミオネが出現した。ミュオソティスはミオネの姿を見て、顔が真っ青になっていた。信じられないものを見る目だった。そんなに衝撃的なことなのか。というか、ミュオソティスはミオネの存在を知らなかったんだ。そっちの方が驚きだよ。

「私は心の数だけ、道を指し示す。希望の道」

 鈴の音のような声でミオネは語る。彼女の周りだけ、別の空気が流れているようだった。清廉というより、混じりけの無い純粋な力を感じる。それこそ、異物を許さないような瞳でミュオソティスを冷たい目で見据えた。

「ですが――ミュオソティス、貴方はその輪の中に入れない。なぜなら、貴方は私の一部でしかないのだから」