季節は巡りやがて、冬がやってくる。寒さが厳しくなり、雪がちらつくようになってきた。受験が迫ってきているが、私にはどうでもよかった。どこへ行ったって変わらないし。頑張る理由も無い。私にはクロがいればいい。他に何もいらなかった。
「紫苑、最近どっか出かけてるけど、どこへ行ってるの?」
「あんたには関係無いでしょ」
「そーだけどさ。勉強しなくて、いいの?」
「…………」
私は紫陽の言葉を無視して出ていった。
言われなくとも分かっている。別に勉強をほったらかしているわけじゃない。最低限のことはやっている。本当に最低限だけど。
「あーあ、明日も明後日も、どうでもいい。あーこんな世界じゃなければなー」
もしも〇〇だったら――とか考えたところで、そんなことは起きないし無駄だった。現実って厳しいよ、ホント。クロを見ながら、自分が猫だったらと思うと、さらに生きづらそうだなと、思った。目の前にいるクロは恐らく捨て猫だ。人間はそうでもないけど、動物はわりと簡単に捨てられる。こんな目に合ったら私は嫌だ。何のために生まれて来たんだろう、って思うよ。クロ見ていると落ち着くのはきっと、自分がクロの境遇よりマシだと思っているからだ。淀んで濁った黒い感情を、クロに押し付けているだけだ。クロはそんなことも知らないだろうな。知らないで、にゃあにゃあ鳴いているんだ。世の中には、知らない方が幸せなこともあるってことで。
どうせ、クロには何言っても分かんないから。
「私、何してるんだろうな……」
時はさらに流れ、勉強はおろそかだったものの、志望校には無事受かった。両親は普通に祝ってくれた。紫陽も喜んでいた。それを見ても、何も感じなかった。喜ぶところなんだろうけど、どうでもよかった。
そんなことよりも、クロの方が大事だった。私の居場所はここしかないから。そうやっていつものように、クロに会いに行ったある日――私は見てしまった。
雪が溶け、春が近づいてきたかと思ったら、季節外れの寒さが襲ってきた日――その日の空は、悲しいくらいに赤く染まっていた。
クロに会おうとしたのに、そこにいたのは私にとって一番憎いけど、消すことの出来ない存在。目を逸らせない繋がりを持った――
「柴……陽?」
柴陽はただぼうっと、立っていた。私に気づいていないのか。柴陽の姿を観察すると、手に何か持っているのを見つけた。手に握られていたものを見て、私は思わず柴陽に詰め寄っていた。
「ちょっと!? それって……」
柴陽の手に握られていたのは、朱色を纏った刃物。気付いたら、何もかも見えなくなって――悲しく染まる夕焼けの下、立っていたのは私だけだった。
私は泣き叫んでいた。自分で何をしたのか、理解したくなくて、認められなくて、許されたくなくて、消えたくなった――その時。
私は見た。勿忘草の色に染まった少女を――そして少女は私に優しく問いかける。
――このまま、ここに居たいですか?
私は首を横に振った。こんな世界に一秒たりとも居たくなかった。
――貴方の弱さを認めてくれる、世界があるとすれば?
行きたい。ここじゃなければいい。クロが、クロが、クロが助かるなら、どんな世界ダッテ構わなイから。だってこの子、何もしてないのに。どうして、こんな目に合わないといけないの。私、何も、してないのに――
「……私は紫陽を殺して、元の世界を捨てた」
「そうさ。君は逃げた」
一番知りたくなかったことだった。思い出した記憶の中で、紫陽に関する記憶が一番辛かったから。
だからこそ、柘榴は封じてくれたんだろう。捨てずに、ずっと私の痛みや苦しみを引き受けてくれた。
「そして、この話には続きがある」
柘榴はそっと胸に手を当てた。
まるで、そこに誰かがいるような手つきで――
「僕の中にはね、クロとしての記憶ともう一人……紫陽の記憶がある」
「……っ!?」
私は驚きを隠せなかった。もう、消えてしまったのかと思っていたのに。柘榴の中には紫陽とクロの記憶が混在している――言われてみれば、思うところはある。柘榴の人格は柴陽に由来するものなんだろう。私が感じていた懐かしさは、あながち間違いでもなかったんだ。なんとも皮肉な話。一体、紫陽はどんな思いを抱いていたんだろう。
「驚いているところ悪いけど、話を続けさせてもらうよ。紫陽はね……」
ここまで来たら、どんな話が来ても驚くことは無いはず。それこそ前提がひっくり返るレベルでなければ――
「僕を殺していないんだよ」