防戦一方。手出しが出来ずに時間だけが過ぎていく。
「ちょっと、普通に強くない!?」
「そりゃ空魔ボスの右腕的な存在だしね」
「なんか情報持ってねぇのかよ。無いなら、盾ぐらいになれよ。死なねぇんだから」
柊はそう言いながら、竜胆をどついた。茉莉花もちょうど同じようなことを思っていたが言わなかった。柊が全て言いたいことを言ってくれたからだ。打開策が見つからない以上は、そうしてもらった方が有難いのは事実だ。
「所長とは思えない扱いさ……まぁいいけど。うーん、情報と言っても、特に何も無いんだよ。ホント。だって彼女は純粋な空魔だからさ。核を壊せば死ぬだろうけどさ」
そう言っている間にもアヤメの攻撃は続く。いつでもひねりつぶせる余裕からか、遊んでいるようにも見えた。基本的に黒い影が主に攻撃を仕掛けてくる形だ。攻撃自体は単純で軌道も読みやすいが、その出力がこれまでの空魔とは比較できないレベルだった。他の空魔とは明らかに一線を画す。
「言っておくけど。私を倒しても、まだ残っている空魔はいるわよ」
「あ……」
茉莉花は柘榴の存在を思い出していた。確かアレも人型空魔だったはずだ。
「正直、私個人としてはね……ここで倒されてもいいのよ。でもね、ただ倒されるだけじゃ、さすがにミュオに悪いし……それに、貴方達には私の仲間がお世話になったからッ」
「がぁ、ッ」
「いったぁ……ッ」
アヤメの攻撃が葵と茉莉花にクリーンヒットした。二人は勢いよく吹き飛ばされる。何とか攻撃を喰らう直前に、防御したので致命傷は免れたが、それでも威力は馬鹿にならない。
「大丈夫か!?」
「平気……つーか、あの空魔、強すぎでしょ……」
「何とか切り抜けるしかないだろうな。核の場所は分からないが……」
アヤメは小細工無しの力技で押してくる。一撃が重い。必死に避けているが、当たったらひとたまりも無かった。力の差が圧倒的過ぎて、近寄るにも危険が伴う。影は自由自在に動き際限なく広がっていく。
「とにかく、二手に別れるぞ。分散させる」
「え、えぇ」
アヤメ挟み込む形で展開するが全く近づけない。攻撃のパターンも様々で、決まった形が無いのも、動きづらさに拍車をかける。そこら辺の空魔とは段違いだった。そもそも茉莉花がまともに相対した空魔はクロユリと桔梗ぐらいだ。蘇芳はほぼ自害に近かったので何の参考にもならない。
「あまりスマートじゃないから、ほとんど攻撃とかはしないけど、久しぶりやると止まらないものね」
黒い影は不規則に動いて、茉莉花たちを襲う。攻撃を薙ぎ払うので精いっぱいで、良い案が思いつかない。
「あーもう。どうしろってのよ。所長! どうにかしてよ!」
「ちっ……」
堪らず、茉莉花は竜胆へ叫んだ。葵も一旦引いて、竜胆たちの側にやってきた。竜胆は考え込む仕草をしていたが、切り抜けるのは難しいようだった。
「葵たちのハーツを考えると、一発デカいのを当てることに集中するしかないね。隙を作れたらいいんだけど」
「攻撃を当てるのは茉莉花の方が良いだろう。恐らく、そこまで頑丈ではないはずだ」
柊の言う通り、単純に攻撃した場合、威力が出るのは茉莉花のハーツだ。攻撃を当てるという段階で、少しでも感触があれば良い。
「だったら、こういう感じでどうだ」
葵は作戦を提案した。内容はかなりシンプルなものだった。一発勝負だが、やるしかないだろう。どんな攻撃も当たらなければ意味が無い。
「上手くいくといいんだがな……」
「やると決めたら、やるのよ」
そう言って、葵はハーツから炎を発生させた。こんな事も出来るのかと、茉莉花は横で感心してしまった。そんなことをしている場合ではない。こっちはこっちで、やらなくてはいけない大仕事があるのだ。
「散れ!!」
「あら、やるじゃない。でもこんなものじゃ倒せないわよ」
葵がハーツから炎出して、攪乱しているが焼け石に水といったところだ。アヤメの本体に当たっても何のダメージも無い。
「この炎には特殊な効果がある。対空魔用ってところだ。クロユリには結構効いたんだがな」
「彼女が人形だったからでしょうね。燃やされたこともあったみたいだから。それにしても、鬱陶しいわね!」
炎はアヤメに纏わりついて離れない。燃えているのに、肌もただれることは無い。彼女の特異性がさらに浮き出る。炎はあっという間にアヤメを包む。
今の視界はどうなっているのだろうか――茉莉花はそう思いながら、息をひそめアヤメの懐まで潜り込んで、自分が出せる限りの威力でフルスイングした。
「はぁッッ!!」
「!! ちっ」
アヤメが気づいた時には遅く、放物線を描くように遠くへ吹っ飛んでいった。綺麗に決めた茉莉花は喜びを表すように跳ねた。
「場外ホームランよっ」
「ふぅ」
葵は一仕事を終えたように、ため息をついた。その側に茉莉花が寄って来る。
「正直、上手くいくとは思わなかったわ。炎に突っ込むのは怖かったけど」
葵のハーツから出る炎は人間には効果が無い。徹底的に空魔を殺すためのものだった。
「空魔に効果あるから、ちょっと期待してたが、あまり効かなかったな……」
クロユリの場合は相性が良かったのがかなりダメージを与えられたが、アヤメはそうでもなかった。葵は少し残念そうだったが、作戦は成功したのだ。
二人はそのまま柊たちが避難しているところまで来ていた。柊は酷く感心している様子だった。
「よくやったな! つーかハーツの威力が増してるな」
「経験を積んだから、当然よ」
喜んでいる中で、竜胆だけはアヤメが飛ばされた方を見ていた。その様子が気になった茉莉花は不服そうに尋ねる。
「どうしたのよ、所長。浮かない顔して」
「……当たったけど。一体、アヤメはどこへ落ちたのかな」
「え」
「核、壊してないのさ。彼女、消えなかっただろ」
「あ……」
そうだ。アヤメは飛ばされたのだ。”消えず”に遠くへ飛ばされたのだ。核を壊せば空魔は消えるはずだが、彼女は消えなかった。遠くへ飛ばされる様子を全員見ていたのだ。嫌な予感がする。予感を振り払おうと、茉莉花は竜胆へ確認する。
「でも、手応えはあったし? 核も一緒にぶっ壊れてたりしない?」
「そうなんだけどさ。彼女って、ほら原初の空魔だろう。僕に受け継がれている記憶の中でちらっと見たけど、確か彼女の本来の姿ってさ……」
その瞬間、とてつもない轟音が響き、地面を大きく揺らした。最初に吹き飛ばされた時とは比べ物にならないほどの規模だった。巨大な地震かと思ったが、違うようだった。
「山よりも大きかった覚えがあるんだよね。ちょうどあんな風にさ」
竜胆が指差した先には、眠気も吹き飛ぶほどの情景が広がっていた。人どころか町をも飲み込むほどの巨大な影がこちらに向かっている――まるで地獄のような現実が迫ってきていた。