「本当に大切なら別れた方が、良かったのに。そうすれば彼女も死ぬことは無かった」
別れていたら、玲菜は死なずに済んだ。取り返しのつかないことにはならなかったと、アヤメは言の葉を竜胆へ突き付ける。
しかし、竜胆は微塵も動揺していなかった。
「それ、ミュオソティスの本音ってことでいいのかな?」
「お好きに解釈して結構よ」
「彼女に届いてる前提で、言わせてもらうけど」
竜胆の目は笑っていなかった。どこまでも冷たく拒絶するような瞳でアヤメを見ている。
「……よくさ。あぁしたらとか、こうすれば良かったとか言うけどね。僕個人としては、たらとかればとか、好きじゃないんだよ。チャンスは一度しかないと思ってる。“僕”という存在は僕以外にいない」
もしも〇〇だったらという可能性……自分が選ばなかった道はたくさんあるだろう。
しかし、その全て掴めるような優しい世界は存在しない。必ず一つ、選ばなくてはいけない。
「別れたら、玲菜は死なずに幸せに生きられたかもしれない。けどさ、何でそのために、僕の心を捨てなくちゃいけないんだよ」
傍から見れば、自分勝手な言い分に聞こえるかもしれないが、言いたいことは分からなくも無かった。何故、人のために自分が幸せになることを我慢しなくてはいけないのか――誰だって、幸せになる権利はあるのに。我慢した結果、祀莉はあんなふうになってしまったのを思うと、茉莉花は一概に否定出来なかった。
「誰だって、欲しいものは、手に入れたいだろ。手放すわけない。僕にとっての真実は玲菜しかないんだ。反実仮想なんて意味無いんだよ。一緒じゃないと、意味が無い」
もしもなどくそくらえと、言いたげだった。身を引くなどあり得ないと。その先に彼女が生きている未来があったとしても、きっと竜胆は選ばないのだろう。
「所長があんなこというなんて意外……」
「空魔の研究もそうだが、執念深いのは確実だな」
「あの人、空魔研究を牽引してたからな、本当に必死だったんだろうよ」
「何しているのか分かんないけど、色々やってたんだっけ」
周りに理解されなくとも、一人で研究をしてきたと言われていたか。自身の記憶をよすがに、ここまで来たと思うと感心せざるを得ない。
「人って強欲ね。だからこそ、空魔がいなくなることはないんだけれど」
「そもそも、作り出したのがミュオソティスじゃないか。彼女も元はといえば人間だ。空魔の数が最近多くなっているのは、ミュオソティスの感情が不安定だからだろう」
「…………そうね」
空魔はミュオソティスの感情から作られていると竜胆は言っていた。アヤメもそれを肯定した。
しかし、肯定には少し間があるように思えた。
「何か思うところがあるのかな」
竜胆も同じように思っていたのか、アヤメを煽る。だが、彼女から出た言葉は思いもよらぬものだった。
「実はね、私もあの子のことがよく分からないのよ。ミュオがどこから生まれたのか――あの子は何も疑問に思っていないようだけれど」
「何だって?」
「貴方も知らないのね。ミュオと繋がっていても、そこは分からない。誰も知らない。あの子は忘れているだけなのかしら。それとも……」
「……君は一体、何がしたいのさ。自分の感情とミュオの感情がごっちゃになっているみたいだけど」
不穏なアヤメの様子に、さすがの竜胆も警戒しているようだった。どうしてこんなことになっているのか――アヤメも手に負えないといった様子である。
「優先順位は変わらないわよ。私が願うのはミュオの安寧。彼女が望むままに動くだけ」
「その割にはブレているようだけどね」
「……ッ」
アヤメの攻撃が大きく逸れていった。竜胆に指摘されたことが事実なのか、茉莉花には判断しかねる。隙を狙って茉莉花は突っ込んでいくが、さすがに防がれた。簡単には倒れてはくれない。アヤメの攻撃は竜胆の言葉が引き金になったのか、ますます激しくなる。
「死なないからって、安易に挑発するなよ」
「そもそも、狙われてんの葵たちだし?」
葵の説教は竜胆に響いていないようだった。自分には関係ないと言わんばかりの態度に茉莉花は思わずキレた。
「ちょっと酷くない!? やっぱ駄目よ、この人!」
少しは見直したかと思ったが、やはりどうも苦手だ。呪いがあっても無くても、相容れない人種だと茉莉花は思った。
茉莉花と葵は攻撃を避けつつ、アヤメと対峙する。後ろには竜胆と柊が待機しており、竜胆が声をかけてきた。
「大丈夫、フォローはするから。とにかく、アヤメは倒しとかないと面倒だからさ」
「当たり前だ。ここから先は、本気でいくぞ」
そうは言っても、アヤメは間違いなく強い。この先、どういった道筋を辿るのか――茉莉花には想像も出来なかった。